父との和解②
リリアンヌ視点
「お前と手を繋ぐなんて、何年ぶりだろうな」
隣を歩く兄の声は、嬉しそうだった。
「お兄様が、騎士を目指す前のことですね」
「そうだな。だが、お前はまだ二歳だったはずだ。覚えているのか?」
「あっ…ええ、なんとなくですが…」
二歳で記憶があるのは、ぎりぎり許されるだろうか。
「その…お兄様は、変わられました」
「それは、そうだろう。まだ九歳だった」
サイラスはおかしそうに笑った。
「いいえ、そういう意味ではなく…お兄様は、会うたびにどんどん逞しくなられます」
言いながら、ちらりとサイラスを見上げた。
兄サイラスは、先月で十五歳となった。
身長も、八歳の自分より頭二つ分ほど高い。
一年半で数センチしか伸びていない自分とは、大違いだ。
「お前を護るためなら、どこまでも鍛えられる」
だけど顔は母似で、甘く爽やかなままだ。
優しく微笑む兄の顔は、驚くほど大人びて見えた。
「はぁ…早く、お前と一緒に住めたらな」
「えっ…どこに?」
「エラドリオール邸に決まっているだろう」
サイラスは、眉を寄せてリリアンヌを見下ろした。
「あと数年経てば、ここに戻ってくる」
「お兄様は、普段はどこに住んでいらっしゃるのですか?」
「ん?今は、騎士の塔だ」
「騎士の塔?騎士様が住まわれる塔があるのですか?」
「ああ…それは俗称で、実際に塔はない。騎士が生活する、騎士塔通りという区画が第二城壁内にあるんだ」
「ここも同じ第二城壁内にあるのに、お兄様は、騎士の塔に住まなくてはいけないのですか?」
「私は、従騎士だからな。常に、ナイジェル隊長…指導をしてくださる騎士の近くにいなくてはいけない」
「すごい…そんなことを、何年もされていらっしゃるのですね」
思わず、感心するような声が出た。
騎士になるまで、何年もかかるということは知っている。
王族だとしても、特別扱いはないのだろう。
「いや?騎士の塔に住み始めたのは、今年からだぞ」
「そうなのですか?では、その前は?」
「訓練生として、学院の寮に入っていた」
「へぇぇ、訓練生…ん?」
「どうした?」
「ええと…訓練生も、従騎士ですか?」
一年半前――
従騎士として働く兄に、貧民区で偶然出会い、見つかりそうになった。
あの時、兄は自分のことを、訓練生ではなく従騎士と呼んでいたはずだ。
「訓練期間は六年だが、訓練生と呼ばれるのは四年までだな。その後は従騎士として、現場に出ることもある」
サイラスがすぐに答えた。
「あ…そういうこと」
それなら、納得がいく。
「何が、そういうことだ?」
「そっ、それなら…お兄様は、もうすぐ騎士になられるのですね…っ」
リリアンヌは声を上擦らせながら、慌てて話題を逸らした。
「いや…騎士になるのは、いつになるか分からない」
サイラスは苦い顔を浮かべた。
「従騎士の期間は、決まっていない。私の場合は…まだ当分、許可を出してもらえないだろうな」
「そうなのですか…?」
許可を出すのは、指導をしている騎士なのだろうか。
あの、強そうな隊長なのだろうか。
「お前は、本当に騎士でも目指したいのか?」
サイラスは、困ったようにふっと笑った。
「…女性でも騎士になれるのですか?」
リリアンヌはそれとなく尋ねた。
「今はいないが、過去にいたことはあったらしい」
「へぇぇ…格好いい」
頭にすぐ、女騎士となった“リリアンヌ”の姿が思い浮かんだ。
「興味を持つのはいいが、まず、お前はなれないからな」
「えっ…どうしてですか?」
「言っただろう。お前には、剣すら持たせる気はない。それは、父上も同じ意見だ」
サイラスはそう言って、繋いだ手をゆっくりと離した。
「私は、ここまでだ」
気付けば、もう父の執務室の前だった。
「リリィ…騎士になりたいなど、間違っても父上に言うなよ?」
「…言いません」
自分が騎士を目指す姿は、まだ想像できない。
それに、想像もしたくない。
騎士を目指す時は、家族が全員死んでしまっているということだから。
「父上、リリィを連れてきました」
コンコンッと、サイラスが扉をノックした。
「入れ」
中から、くぐもった父の声が聞こえてきた。
「じゃあな、リリィ。また後で、食事の時にいろいろ話そう」
「はい。ここまで、ありがとうございました」
リリアンヌは扉を開けるサイラスに礼を言うと、執務室へ足を踏み入れた。




