地獄を生きる者③
アランフォース視点
※残酷な描写があります
「……」
アランフォースは霊拝師たちから目を離し、ゆっくりと歩き出した。
「手の火傷は、どうする気だ」
「!」
「せめて、化膿を止めてもらえ」
国王が、死体の向こうから現れた。
「…これくらい、平気です」
アランフォースは、そっと両手を背後へ回した。
「それより、陛下。まだここは鎮火していません。危険です」
「もう、崩れるものもないだろ」
「足元はまだ、燻っています」
まだ残火で、地面が赤黒く光っている。
今にも地面が割れて、再び異形の存在が現れそうな気さえした。
「ああ、そうだな。随分と熱い」
国王は、異形の存在の消えた場所で足を止めた。
「エドガー。死体をすべて、この場に回収しろ」
「御意に。…ウェイバー!」
「はっ」
「儀衛部隊を使い、ここへ死体を集めろ」
「陛下は」
「弔いまで、この場にいる」
「分かりました」
ウェイバーは一礼すると、騎士たちのもとへ駆けていった。
「また大勢、人が死んだ」
その間、国王は異形の存在がいた場所をずっと見つめていた。
「まるで、増えすぎだとでも言っているようだな」
誰に聞かせるのでもないだろう。
返答も求めていないようだ。
「だが…いつまでも、お前らの好きなようにはさせねぇ」
「……」
アランフォースは、静かに国王の後ろ姿を見つめた。
金色の髪をなびかせるその背中からは、何の感情も読み取れなかった。
「アランフォース」
「…はっ」
「討伐、ご苦労だった」
国王は、ゆっくりと振り返った。
「お前のおかげで、被害が最小で済んだ」
「…恐縮です」
少なくとも、村人や兵士合わせ、百人は死んでいる。
村もひとつ、滅んだ。
これで――最小。
「王都に戻る頃には、ちょうど息子の誕生祭だな」
「…はい?」
思わず、眉をひそめた。
「…興味がおありでしたか」
アランフォースに代わり、エドガーが答えた。
「いや、ねぇ。だが、今回の討伐と合わせれば少しは町が活気づく。そうすれば経済も回るだろ」
国王は事もなげに言った。
「王太子の誕生日より、経済の方が大切ですか」
「当たり前だろ。分かりきったことを言うんじゃねぇ」
「…それは失礼しました」
エドガーは小さく肩をすくめた。
三人の前に、続々と死体が重ねられていった。
ほとんどが肉塊や炭化していて、体の一部しか残っていない。
子供なのか犬のものなのかも分からない、小さな骨まである。
これだけは、戦争の時と大きく違った。
異形の存在は、性別も年齢も関係なく、人間を襲う。
そうして毎度、死体の山ができる。
「…やるか」
積み上げられた死体の山の前に、国王が、一歩足を踏み出した。
「名も知らぬ民よ。お前たちが受けた苦しみは、引き受けよう」
手に持つ筒を逆さにし、山の上に液体を注いでいく。
炭化した死体に広がり、酒の匂いが鼻を掠めた。
「命を懸けて戦った兵よ。お前たちの雄姿を、決して忘れない」
死体に酒を注ぎ終わると、筒を静かに落とした。
「この地に生き、失われた命を――ここに刻む」
空になった筒が、地を転がり――乾いた音だけが響いた。
「アランフォース副団長、こちらを」
「…ああ」
国王の言葉が終わると同時に、騎士のひとりがアランフォースへ篝火を手渡した。
アランフォースは国王の横へ並ぶと、篝火を、死体の上へそっと投げ入れた。
酒で満たされた死体の山に――柔らかな炎が灯った。
何度、この弔いの炎を見てきただろう。
戦争と同じだ。
自分の前には、常に死体の山が築かれる。
明日は、自分がこの炎の中で弔われるかもしれない。
縁もない場所で、土に還ることになるかもしれない。
何も、湧かない。
達成感も、怒りも、悔いも、何もない。
ただ――胸の内に、空虚が広がるばかりだ。
「光が、足りねぇ」
国王が、ぽつりと言葉をこぼした。
「この国には、光が足りない」
誰に聞かせるでもなく、ただ、じっと燃え盛る炎を見つめていた。
「闇をすべて掻っ攫うような強烈な光が、早急に必要だ」
反射する炎で、紅い瞳がめらめらと揺れている。
その瞳にある感情は――
怒りか、憎悪か。
少なくとも、哀しみではないだろう。
「祈りの言葉など――使ってやるものか」
最後に吐き捨てる言葉は、誰にあてたものなのか。
いつも、分からなかった。




