地獄を生きる者②
アランフォース視点
「…!おい、見ろ!」
鎖を持つ兵たちが、はっと振り返った。
「あの大剣はっ…」
「アランフォース様が来たぞ!」
「や、やっと…」
「黒の騎士たちが、臨戦態勢に入った…!」
「……」
アランフォースは異形の存在へ目を向けたまま、背に掛ける大剣を抜いた。
異形の存在に、大砲は効かない。
吹き飛ばすことはできないが、動きを止め、“引き裂く”ことができる。
「撃て!」
設置された弩砲から、四つの杭が、異形の存在へ向かって放たれた。
――ドドドドッ…!
全方位から放たれた杭が――異形の存在の胸元に突き刺さり、交差した。
「鎖を引け!」
「はっ!」
杭に繋がる鎖を、屈強な騎士たちが強く引く。
「ゲギャァァァァッ…!」
異形の存在の咆哮に合わせ、地面がボコボコと赤黒く染まった。
「…くっ!」
「ぐぁっ…!」
「あっ、あちぃっ…!」
拘束杭に繋がる鎖を持つ現地兵たちが悶え、手を緩めた。
「戦術部隊、現地兵に代われ!」
エドガーの命により、追加された騎士たちが死線へ踏み込んだ。
足裏から体中に熱が広がり、燃えている。
汗が、全身から噴き出した。
「ギギャァァァ…!アアアアア…!」
異形の存在が咆哮するたびに、大剣が熱を帯びる。
熱が手袋を貫通し、右手を焼け焦がしていた。
鎖を握る者たちも、同じ状況なのだろう。
「手がっ…手がっ!」
「あああっ…いてぇっ…!」
現地兵たちが、熱さに耐えられず鎖から手を離した。
「死んでも離すな!」
「鎖を引け!なんとしても食い止めろ!」
間髪入れず、追加された騎士たちが、その鎖を手に取った。
「ゲギャアアアアアア――…!」
異形の存在の胸元に放たれた杭の鎖は、四か所で騎士たちが引いている。
彼らもまた、熱さを感じていないかのように鎖から手を離さなかった。
「一気に展開させろ!一斉に巻け!」
セクーの号令に、騎士たちがさらに鎖を強く引いた。
胸元に食い込んだ四つの杭が、ミシッ…ミシッ…と、音を立てた。
異形の存在の胸元に入った亀裂が――少しずつ、広がった。
「ギィッ…ギギギギギィッ…ギィィィィ――ィッ…!」
この声が、一番不快だ。
これから自らがどうなるか分かっているかのように、甲高い声を放つ。
異形の存在の足元から、一気に炎が広がっていく。
転がる炭の死骸が灰になり、舞った。
…本当に。
ここは――地獄だ。
「ギィィィィッ…!」
裂かれた異形の存在の胸元から、淡い光が漏れ出た。
「…アランフォース!今だ!」
セクーの合図が聞こえると同時に――
アランフォースは右手を赤く光らせ、駆け出した。
――トンッ…
高く跳び――
大剣を、思いきり胸元の亀裂にねじ込んだ。
「ギィィィィィィィィ――…!」
淡く揺らいでいた胸元の光が、大剣に貫かれ、強烈な光を放った。
右手が焼ける感覚が走ったが、気にもしなかった。
さらに力を込め、大剣を押し込んだ。
――パリンッ…!
胸元の光が――音を立てて崩れた。
「ア…ア、ア、ア…リ…」
異形の存在が、意味のない言葉を残し――消えた。
村を覆う闇が消え、空が晴れ渡った。
「……」
アランフォースは、音もなく着地した。
前を見つめたまま、静かに大剣を背中へ戻した。
「…あ…え…?」
「き、消えた…」
「おわった…のか…?」
生き残った現地兵が、戸惑いの声を上げた。
「…エツィオ、鎮火が優先だ。無傷の兵を使え」
「はっ」
「ヤコブ、負傷兵をまとめろ。反応がある奴は、運んでやれ」
「御意に」
鎖を置いた騎士たちが、静かに動き出した。
「アランフォース副団長」
「……」
ゆっくりと振り返り、異形の存在が消えた場所から目を離した。
「討伐、お疲れ様でした」
声を掛けてきたのは、国一番の白の使い手だった。
「手を怪我されています」
まだ火の手の上がる死地において、
聖職者の格好をした彼女の姿は、あまりにも不釣り合いだ。
「白のちからを送りますね」
「いや…いい」
アランフォースは、静かに首を振った。
「それより、あなたの貴重なちからを重傷者のために使ってくれないか」
「…分かりました。では、失礼します」
「あ、アイラ様、待ってください…!」
「早い…っ」
アランフォースの前から立ち去ったアイラを、他の霊拝師が追いかけた。
さらにその後ろから、白い軍服の騎士たちが続く。
そのうちのひとりが、すれ違いざまにアランフォースをぎろりと睨みつけた。
「…血濡れが」
騎士の呟く口元を、
アランフォースは、はっきりと読み取った。




