地獄を生きる者①
アランフォース視点
※残酷な描写があります
目の前に――地獄が見えた。
真っ黒な雲が沈み込み、ひとつの村を闇に染めている。
闇の合間からは、赤黒い光が、脈を打つように漏れ出ていた。
村の大きさから、百人くらいは住んでいたのだろう。
家だったものが、焼け崩れている。
地面はひっくり返り、村の後ろに広がる畑は跡形もない。
肉が焦げたような、むせ返るほどの匂いが離れた場所にいる自分たちのところまで漂っている。
村中に、燃えて肉塊となった村人や家畜の死骸が転がっていた。
その村の中心で――巨大な人影が、ゆらゆらと揺らいでいる。
「フフフ…ゲギャギャギャ…ハハハ…」
不気味な笑い声を響かせながら、赤黒い炎の中心で揺れ動いている。
黒い靄を溢れ出させた巨人――
異形の存在だ。
いつ見ても、気味が悪い。
「気味が悪いな」
前に立つ男が、自分の代わりに呟いた。
「エドガー」
「はっ」
隣に並ぶ人物が、前に立つ男の横へ進み出た。
「状況は」
「今は拘束杭により、あの場に固定されています。ですが、すでに三度抜け、そのたびに反撃を繰り出しているようです」
エドガーは、異形の存在から目を離さずに答えた。
「今回の反撃は」
「灼熱。体内が発火し、数分で死に至ります。武具は常に熱で溶けるため、槍も盾も使用は不可能とのこと」
「村人は、全滅か」
「ええ。現地兵が辿り着く頃には、すでに焼き尽くされていたそうです」
「…ちっ、人の国で好き勝手しやがって」
前に立つ男は悪態をつくと、ゆっくりと振り返り、異形の存在に背を向けた。
「今回の異形の存在は、ありがたいことに、既に炎の使い手だと教えてくれている」
男のよく通る声は、並び立つ者たちに軽々と届いた。
「ここにいる大半は、異形の存在と対峙するのは初めてだな。だが、この日のためにお前たちは、血の滲むような訓練をこなしてきた」
並び立つ者たちは微動だにせず、男の声に集中している。
「異形の存在ごときに、死ぬなよ。――これ以上、絶対に被害を許すな」
男――国王は、鋭く光る紅い瞳を並び立つ者たちへ向けた。
「国王直属騎士団の名のもとに、跡形もなく異形の存在を消し去ってみせろ!」
「はっ!!」
黒い軍服に身を包む騎士たちが、地を震わせるように声を揃えた。
「アラン」
「はっ」
「お前はいつもの通り、最後の役だ。セクーが合図を送る。それまでは待機だ」
エドガーが素早く言った。
「分かりました」
「今回の相手は、肺を燃やす。拘束杭が持たず抜けたら、お前は退け。もう一度打ち直す」
「そうしたら、まだ被害が出ることになります」
アランフォースは、静かに首を振った。
「私が、無理やりにでもとどめを刺してみせます」
「…いつも危険な役を押し付けて、悪いな」
エドガーは、アランフォースの肩を軽く叩いた。
「だが、この役はお前しかできない」
「分かっています。問題ありません」
「頼んだぞ、アラン」
「ええ」
アランフォースは小さく頷くと、村の方へ足を向けた。
「討伐用弩砲準備!四基で、異形の存在を囲め」
「はっ!」
視線の先では、自分と同じ黒の軍服を着た男たちが、着々と準備を進めている。
「敵は、鉄をも溶かす!特殊加工された弩砲とはいえ、どうなるかは分からない」
討伐特化部隊長のセクーが、声を張り上げた。
「失敗は、許されない。勝負は一回きりだと思え!」
その声を聞きながら、アランフォースは淡々と歩みを進めた。
異形の存在――
突然現れ、甚大な被害をもたらす、天災のような存在。
その正体は分からず、判明していることは少ない。
分かっているのは、人智を超えたちからを振るうことだけだ。
「ゲギャギャギャ…フフフ…」
こちらが攻撃していない今、異形の存在は落ち着いているように見えた。
楽しげに、まるで歌うように、
不気味な声を響かせていた。
「はっ、はっ…ぜぇ、ぜぇっ…」
「んぐっ…あ、あちぃっ…!」
異形の存在を、何百人もの現地兵が囲んでいる。
必死で掴む鎖の先は、すべて、異形の存在の足へ突き刺さる拘束杭へ繋がっていた。
彼らの足元には、いくつも炭化した死体が転がっている。
三度の反撃で、燃やし尽くされた兵だろう。
「も、もう駄目だ…」
「どうせ…死ぬんだ」
「うぐっ…また吐きそうだ」
鎖を持つ兵たちは、誰もが絶望を滲ませていた。
「……」
アランフォースは、彼らの後ろで足を止めた。
「…フフフ…グギャギャギャギャギャ…」
異形の存在を覆う黒い靄は、瘴気と呼ばれるものだ。
瘴気に近づきすぎると、負の感情に心が支配され、いずれ精神を壊す。
そう言われているが――
自分には、いまいち分からない。
これだけ近づいても、何も感じない。
きっと、もともと前向きな感情がないからだろう。




