小さな冒険のおわり⑥
リリアンヌ視点
「…っ…ごめんなさい」
リリアンヌは、静かに嗚咽を上げた。
「迷惑をかけて…本当に、ごめんなさい」
「お前が迷惑をかけたのは、勝手にあの馬鹿どものもとへ飛び込んだことだ」
ギタンは歩きながら、静かに言った。
「それ以外のことは、謝るんじゃねぇ」
「ううん…私のせいで、カヤが怖い思いをしちゃった」
ひとりは怖いと泣いていた子に、さらに怖い思いをさせてしまった。
「私のせいで、孤児院がめちゃくちゃになっちゃった」
あんなに穏やかで長閑な場所が、襲われてしまった。
「私のせいで…サムを、苦しませちゃった」
あんな言葉を吐き出させるほど、サムを追い詰めてしまった。
「…私が、ここに来なければ――」
「サムは、死んでいたな」
「…え」
「お前が来なければ、サムたちもボノ一家も死んでいた。…俺も死んでいただろうな」
ギタンは前を見つめたまま、低い声で続けた。
「お前はたった半年で、死ぬ運命だった人間を大勢助けた。それを少しは、自分のためにも誇ってやれ」
「…っ」
胸の奥から涙がせり上がり、喉が熱くなった。
「分からない…」
ギタンのマントを、縋るように強く握りしめた。
「どうして、このちからを使っちゃいけないのか、分からない」
涙と一緒に、ぽろぽろと言葉が落ちた。
「どうして人を助けちゃいけないのか、分からない…っ」
白のちからを使って、人を助けたことを、
後悔していない。
したくなんて、ないのに。
「どうしてこんな苦しいのか、分かんないよ…!」
人を助けるたびに、胸に増えたのは――
罪悪感だけだった。
「この世は、理不尽なことばかりだ」
ギタンは、静かに口を開いた。
「お前が思うより、もっと悪い奴がいる。お前の善意を、簡単に踏みにじる奴がいる」
とん…とん…と、優しくリリアンヌの背中を叩いた。
「それを理解しない限り、お前は苦しいままだ」
「…っ…」
リリアンヌは、小さく喉を震わせた。
自分の世界は、まだまだ狭い。
まだ、この世の仕組みを理解していない。
理解していないまま外へ飛び出したから、こんなことになった。
「まずは、味方をつくれ」
低い声が、耳にそっと届いた。
「…味方?どうして?」
リリアンヌは目元を拭い、ゆっくりと顔を上げた。
「やりたいことをしたいなら、信用できる味方を増やせ」
「ええと…ギタンみたいな…?」
「ふっ…それは光栄だな」
ギタンが――初めて笑みをこぼした。
「だが、俺には力がねぇ」
「ギタンは、強いよ」
「そういうことじゃねぇ。強さじゃなくて、立場の話だ」
「…立場」
その言葉を、先ほど聞いたばかりだ。
「護衛でもいい。心から信頼できる人間をつくれ」
「そんな人…私にできるかな」
「お前なら、必ずできる」
ギタンの声は、力強かった。
「…心から信頼できる人」
その言葉が、静かに胸の奥へ落ちていった。
「お前は、まだ弱い」
「…うん。私は、弱い」
「これも、力の話じゃねぇぞ」
「うん…分かってる」
私は、弱い。
今回の件で、自分がいかにちっぽけな存在か、よく分かった。
しばらく黙ったまま、誰もいない森を進んでいった。
抜け道の大穴の前で、ギタンが足を止めた。
「…この道をひとりで使うのは、最後にしろ」
ギタンはリリアンヌをそっと地に下ろすと、その前に屈み込んだ。
「味方をつけたら、また薬療院に来い」
「…もう、行けない」
もう、会いたいとも思われていないだろう。
「いいか、リリィ。あいつらの本当の気持ちを知らないままだと、一生後悔するぞ」
「…?どういうこと?」
「お前が助けた命だろ」
ギタンは肘から先のない左腕で、とんと自分の心臓を叩いた。
「お前が何を救ったのか、最後まで見届けろ。逃げるんじゃねぇ」
「…!」
ギタンの言葉に、心が揺れた。
「お前の優しさは、俺たちにちゃんと伝わっている。それだけは忘れるな」
「…うん」
いつか――
いつか本当に、味方ができたら。
その時は必ず、みんなに謝りに行こう。
「ギタン…いろいろ、ありがとう」
「!」
「ギタンがいてくれて、本当に良かった」
リリアンヌは両手を伸ばし、屈むギタンを、ぎゅっと抱きしめた。
あの日、ギタンと出会わなければ――
自分の世界は、もっと狭いままだったはずだ。
「…この歳まで、いろいろ経験してきたつもりだったが」
ギタンは、右手でその背を優しく抱きしめ返した。
「お前ほど目の離せない奴に出会ったのは、初めてだ」
「…ごめんなさい」
「本当に、危機感を持てよ」
「…はい」
「どうしようもなくなったら、俺に会いに来い」
「うん」
そっと、ギタンから体を離した。
「しばらく会えないけど、元気でね」
「お前もな」
「うん。じゃあね」
リリアンヌは大穴の方へ体を向けると、流れるように中へ飛び降りた。
この穴を飛び降りるのも、もう何度目だろう。
もう、どこを経由して着地すればいいかも覚えたけれど――
しばらくは、お預けだ。
地面に着地すると、頭巾を外して天井を見上げた。
マントをかぶったままのギタンが、じっと見下ろしていた。
「…じゃあね」
リリアンヌは口の中で小さく呟き――
暗闇の中へ走り出した。
第一章・完




