小さな冒険のおわり③
リリアンヌ視点
リリアンヌは――五人の若者の前に、静かに降り立った。
「ひっ…!」
「あ…!?ガキかよ!」
若者たちが、ぎくりと足を止めた。
「…なんだぁ、ガキ」
一番後ろから、ハックがぎろりとリリアンヌを睨みつけた。
「その子は、白の使い手じゃない」
リリアンヌは、全員に聞こえるよう、ゆっくりと言った。
「孤児院に、白の使い手なんていない」
「…ああ?」
「おい、ハック!言っただろ!お前、ニセ情報を掴まされやがって…!」
先頭に立つ男が、ぐるりと振り返った。
「お前な、突然現れたガキの言うこと信じんなよ」
ハックは、ぶはっと吹き出した。
「こいつは、あれだろ?孤児院のガキだ。オトモダチを取り戻しに来たんだな」
「うわっ、まさか、ひとりで取り返しに来たのか?」
「ケナゲで、泣けるね~!」
他の男たちが、ぎゃははっと笑い声を上げた。
「白の使い手じゃねぇなら、困るんだよ」
ハックは、にやりと下卑た笑みを浮かべた。
「違ったら、この子に八つ当たりしちゃうかもなぁ~?」
「…!」
リリアンヌは五人組に向かって、ぱっと右手を伸ばした。
ハックの抱える麻袋が――一瞬、白く光った。
「あっ…!?」
驚いたハックが、どさっと麻袋を落とした。
「…白の使い手は、私」
リリアンヌは右手を伸ばしたまま、ゆっくりと言った。
「私は、孤児院の子じゃない…っ」
ぎりっと左手を握りしめ、声を震わせながら張り上げた。
「孤児院なんかの子と、一緒にしないで…!」
その声が辺りに響き――
不気味なほど、静まり返った。
「おい…おいおいっ…!」
ハックが、ゆらりと前に躍り出た。
小路を、人影が素早く横切った。
ハックの落とした麻袋が――消えた。
「見ろよぉ!白のちから使える奴、いんじゃねぇかぁ!」
「嘘だろ…」
「なんで、こんなとこに…」
「んなことは、どうっでもいいんだよ!」
「あっ」
呆然とする若者の手から、ハックが木棒を奪い取った。
「あのガキを捕まえろ!そうすりゃオレたちは、底辺から抜け出せるぞ!」
「あ、おいっ、ハック!殴るのは――」
「白の使い手なら、自力でどうにかできんだろっ…!」
ハックは、ブォンッと木棒を振り下ろした。
それより早く――
リリアンヌは軽やかに跳ね、その攻撃を避けた。
「…あぁ!?」
「あなたたちなんかに、絶対、捕まらない」
「はあ…!?」
「このクソガキぃ…!」
「調子乗んじゃねぇぞ…」
若者たちが、じりっと前に迫った。
リリアンヌはその場から高く跳ね、屋根の上へ着地した。
「くっそ…!なんなんだ、あのガキ!」
「あれも、ちからじゃねぇのか!?」
「私は、二度とここには現れない」
慌てふためく五人組を、リリアンヌは屋根の上から見下ろした。
「…じゃあね」
「追いかけろ!」
「おい、屋根だ!聞こえたな!」
「急げ!逃がすな!」
騒ぐ声を背に、リリアンヌは屋根を跳び移り、その場を離れた。
サムが、カヤを取り返した。
もう、カヤは大丈夫だ。
良かった。
本当に良かった。
自分と孤児院の繋がりを、あれで断てただろうか。
私の言葉は、サムも聞いていただろう。
…最後まで傷つけてしまった。
「…っ」
こぼれそうになる涙を、きつく目を閉じて堪えた。
なんて、自分よがりだったのだろう。
自分にとってかけがえのなかった日々は、
サムたちにとっては、苦痛でしかなかったのかもしれない。
自分の都合ばかり考えて、孤児院の子たちの気持ちを考えもしなかった。
サムたちの心の声を、聞き逃してしまった。
なんて、愚かだったのだろう。
遠慮するななんて言われて、調子に乗って。
サムたちはそう言うしかないと、少し考えれば分かったことなのに。
どんな気持ちで、私を迎え入れていたのだろう。
どんな気持ちで…王族である自分を見てきたのだろう。
…だけど。
誰にも傷ついてほしくない。
命の価値が違うなんて、言ってほしくない。
たとえそれが、
この世界の現実だとしても――
いきなり――体に、激しく何かがぶつかった。
「!?あっ…!」
強い衝撃に体が弾かれ、
リリアンヌは屋根の縁から転げ落ちた。
地面に叩きつけられ、そのままごろごろと転がった。
「…いったぁ…」
全身が、じんじんする。
涙で滲む目をこすり、ぱっと顔を上げた。
「おい…オトナを舐めんなよ、ガキぃ」
目の前に、ふらりとハックが立ちはだかった。
「えっ…!?」
ハックの後ろから近づく若者たちが、先ほどより増えている。
屋根の上からも、何人もの若者たちがこちらを見下ろしていた。
どうやら、後ろから突き落されたらしい。
「だ~れが五人だけって、言ったかな」
ハックの引きずる木棒が、ガラ…ガラ…と地をこすった。
「…ん?おい、本当にお前、いいとこのガキかよ」
「…!」
リリアンヌは上体を起こし、マントの下から覗くドレスを隠した。
しまった。
今日に限って、靴しか兄のものに変えていない。
マントを脱ぐことなんてないと思っていたのに。
…早く逃げなきゃ。
どうにかして、ここから逃げ出さなければ。
後ろにも、ハックの仲間はいるのだろうか。
「何のオアソビか知らねぇけど…こんなとこに来たのが間違いだったなぁ」
迫る足が、じりっと一歩近づいた。
「オレと一緒に、行こうぜ。オ・ジョ・ウ・サ・マ」
ハックの手が、リリアンヌの頭巾に伸びた。
その瞬間――
――ドンッ…!
足元が揺れ、地面から土が一気にせり上がった。
「えっ…!?」
「あぁ!?」
リリアンヌとハックの間に、土の壁ができた。
「そこでじっとしてろ」
「…!」
頭の上を通り過ぎた声に――
安堵で、涙がこぼれ落ちた。




