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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第一章/踏み出した一歩
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小さな冒険のおわり②

リリアンヌ視点



ぶつかった相手は咄嗟にリリアンヌを抱き込み、屋根の縁で足を踏ん張った。



「あっ…ぶね!」



「えっ…サム!」


リリアンヌは閉じていた目を開け、はっと顔を上げた。


頭にかぶったマントが、ぱさりと外れた。



「…リリィ!」


落ちるのを防いでいたのは、サムだった。



「良かった…!」


サムは安堵の表情を浮かべると、そのままリリアンヌを抱きしめた。



「…!」



「お前…捕まってなかったんだな!良かった…!」



「良くない…!サム、良くないよ…!」

リリアンヌは、泣きそうな声で答えた。



「カヤは、連れ去られちゃったの!」



「…ああ、ハックの馬鹿野郎どもだな」


サムの声が、ひやりと低くなった。



「…!知ってたの?」



「あんな馬鹿なことをするのは、あいつらくらいしか知らねぇ」



「ハックは、クアドラという人のところにカヤを連れて行こうとしているの。その人のことは知ってる?」



「クアドラは、四塔の元締めの名だ」



「…!」


ひゅっと喉が鳴った。



「住処は、知ってる。ここから近いんだ」


サムはリリアンヌから体を離すと、すくっと立ち上がった。



「先回りして、カヤを取り返してくる」


右手には、木棒を握っている。



「私も行く」

リリアンヌもすぐに立ち上がった。



「絶対、駄目だ。お前は早く家に帰れ。十一時も、とっくに過ぎてるぞ」



「時間なんて、どうでもいい。カヤの方が、もっとずっと大事」



「あのな…あいつらの狙いは、お前なんだよ」

サムはリリアンヌの肩を掴むと、ぐっと顔を寄せた。



「自ら捕まりに行くような馬鹿が、どこにいるんだよ」



「カヤは、私のせいで連れて行かれた」

リリアンヌは、さらに顔を近づけた。



「白の使い手はカヤじゃないことを、ハックたちに言うの」



「…は?」



「私は孤児院の子じゃないと、はっきり言うの」


そうしたら、二度と孤児院を狙おうなんて思わないはずだ。



「ばっ…っ…」


サムは口を噤むと、堪えるように歯を食いしばった。



「…リリィ。そんなことしたら、お前はどうなる?」



「…?どうって?」



「捕まれば、二度と家に帰れなくなるかもしれない」



「ううん、捕まる気はないよ。逃げ足には、自信があるもの」



「ハックたちは、何をしてくるか分からない。捕まらないって保証は、どこにもないだろ」



「捕まったら、その時はその時」

リリアンヌは、迷いなく言った。



「カヤと代われるなら――」



「いい加減にしろよ…っ!」



「…!」


思わず、びくりと肩が震えた。



「お前とオレたちじゃ、立場が違うんだよ…!」


肩に置くサムの手に、力がこもった。



「…た、立場?」



「お前とっ…貴族のお前と孤児のオレたちじゃ、命の価値が違う…!捕まっても死んでも、誰も困らない!」



「…どうして、そんなこと言うの?」



「それが、現実だからだよ…!」


サムは、ぐっと唇を噛んだ。



「お願いだからっ…これ以上、オレを惨めにさせんな…!」


血の滲むような声が、重く胸に響いた。



「……」


…ああ。



私は――


何ひとつ、分かっていなかった。




「…っ、ごめん」


サムは、ぱっとリリアンヌの肩から手を離した。



「…オレが、必ずカヤを連れ帰るからさ」



「ごめんなさい」



「…え?」



「本当に、ごめんなさい」

リリアンヌはサムに向かい、深く頭を下げた。



「!…おい、リリィ」



「私、自分のことばっかりで…それが、誰かの迷惑にしかならなくて…」


俯くリリアンヌの声が、掠れた。



「ごめんなさい…もう、現れないから」



「!ちがっ…」



「でも…私にとって、サムやカヤたちは、本当に大切な人なの。…大切な、友達なの」



「…っ」



「だから…お願い」


ぽたっ…と、リリアンヌの足元に、水滴が落ちた。



「命の価値が違うなんて…言わないで…っ」



その言葉だけが、


静かな屋根の上に残った。




「――何か、声したか…?」



「…!」


サムとリリアンヌは、同時に屋根の下へ視線を向けた。



「…いや、いねぇよな。うん、この小路は大丈夫だ」


視線の先の小路に、五人組の若者が現れた。


この間、ボノを殴っていた者たちだ。



「はあ…おい、ハック。本当にそのガキ、白の使い手なんだろうな」



「間違いねぇって!炊き出しで顔隠してる女のガキって言ってたからな」

ハックは笑いながら、背負う麻袋をぱんっと叩いた。



麻袋が、もぞりと動いた。



「…っ」


あれは、カヤだ。


――見つけた。



「クアドラ様は、人身売買だけは手を出さないって言ってんのに連れて行くんだ。違ったら、冗談じゃ済まされねぇぞ」


先頭の男は、肩に太い木棒を担いでいる。



「なんだよ。昨日まで、お前らも乗り気だったじゃねぇか」



「なんか、うまく進みすぎてる気がすんだよ」



「分かる。たまたま目当てのガキが、たったひとりで孤児院にいるか?」



「確かに、嬢ちゃん、ではあるよな」


後ろを歩く男たちも、手に木棒を持ち、ガラガラと地面を引いていた。



「だぁから、他の奴らはパレードを見に行ってんだろ。だからこそ今日を狙ったんだ」

ハックが、乱暴に麻袋を肩に担ぎ直した。



「くそ、うぜぇな。動くなよ」




「…リリィ」


小さく囁く声が、張り詰めた空気に落ちた。



「オレが行くから、お前は――え?」


サムが、誰もいなくなった隣へ視線を移した。



リリアンヌは、サムから離れた場所で下を見つめていた。



「…やめろ、リリィ。無理だ」



「私が気を引くから、サムは、カヤを連れて逃げて」

リリアンヌは視線を下に向けたまま、頭からマントを深くかぶり直した。



「駄目だ。オレなら、あの五人くらいなんとかなる」



「カヤを人質にされたら、サムだって勝てない」



「あいつら絶対、他にも武器を持ってんだよ」



「逃げきるから、問題ない」



「だからっ…」



「…サム」


マントに隠れる瞳が、ゆっくりとサムへ向けられた。



「本当に…ごめんね」


その瞳が、じわりと滲んだ。




「まっ…!」


サムの伸ばした手が――宙を掠った。



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