小さな冒険のおわり①
リリアンヌ視点
どこに――
カヤは、どこ。
カヤは、何も知らない。
何も、関係ない。
白のちからを持っているのは、私だから。
お願い。
どうか、返して――
「…さっきの袋に入ってたの、ありゃ、孤児院の子だろ」
「多分、そうだろうな。可哀想に。あっちに連れてかれちまった」
「ったく…情報を売ったのは、どこのどいつだ。シルヴィアには、少なからず世話になってるだろうに」
「だがよ…本当に白の使い手なら、シルヴィアは、国を裏切ってることになる」
「お前、あの噂信じてるのか?」
「お前だって、実際にボノが元気になってんの、見たじゃねぇか」
「まあ、そうだけどよ…」
「……」
リリアンヌは屋根の上でそっと立ち上がると、その場から静かに離れた。
やっぱり、みんなこの小路のことを話している。
ということは、この道からカヤは連れて行かれた。
てっきり貧民区の誰かに連れて行かれたのかと思ったけれど、違ったようだ。
この小路の先は、まだ行ったことがない。
ギタンが言う通りなら、酒場や賭場があるはずだ。
リリアンヌは向かいの建物の屋根へ向かい、大きく跳ねた。
「お~い、姉ちゃん、酒追加!」
「ついでに、女追加~ぎゃはははっ!」
「お前、今イカサマしただろ!ああ!?」
「負けてるからって、変な因縁つけんじゃねぇ。殺すぞ」
通りが変わった途端――聞いたこともないような物騒な会話が、耳に入った。
「また元締めは、六塔んとこの奴とやりあったのかよ」
「この間、例の高級娼館が摘発されたから焦ってんだろ。あそこは、貴族のお得意さんもたっぷりいたってのになぁ」
「世知辛い世の中だなぁ。なーにが、祝いのパレードだ。こちとら、お国のせいでどんどん首が締まってるってのによ」
「おいおい、さすがにそれは不敬すぎるだろ」
「は…っ!こんなところに、王族なんか来るわけねぇよ」
「……」
ここではなさそうだ。
下に見える通りは、貧民区よりずっと人で溢れている。
どの酒場でも誰かしら飲んでいて、酒の匂いが屋根の上まで届いた。
リリアンヌは身を低くしたまま、また別の屋根へと移動した。
どこだろう。
どこを探せばいいのだろう。
どうしたらいい。
何か、手掛かりはないのだろうか。
「…落ち着け」
リリアンヌは、両頬をぱしんと強く叩いた。
カヤが攫われたと分かった瞬間、絶望で、何も考えられなくなった。
遅れて、今度は怒りが込み上げた。
たとえカヤが白の使い手だったとしても、こんな人攫いのようなこと、許されるはずがない。
一瞬――父に助けを求めることも頭によぎったけれど、今は、遥か遠くのパレードに参加中だ。
それに父に報告したら、結局、薬療院のみんなに迷惑がかかることになる。
自力でなんとかするしかない。
なにがなんでもカヤを見つけて、絶対に取り戻してみせる。
すぐに追いかけてきたから、まだそんなに時間は経っていないはずだ。
それなのに、ここでは誰かが連れて行かれたとか、そんな話はまったく聞こえてこない。
まだ、近くの建物にいるのかもしれない。
それとも、こういうことは日常茶飯事で、誰も気にも留めないのだろうか。
「お前、あの噂を知っているか?」
「ああ…貧民区に白の使い手のガキが現れたって話か?」
「!」
気になる会話が下から聞こえ、リリアンヌは足を止めた。
「だが、ありゃデマだろ?貧民区に白の使い手が現れたなら、金欲しさに、周りの人間がすぐ聖院に連れて行くはずだ」
「だけどよ、ハックどもが遊んでた貧民区の男、覚えてるか?」
「あ?…ああ、ボノだかモノだか」
「そうそう。そいつが今、ぴんぴんしてんだとよ。あいつらに殴られた顔の痣も消えたらしい」
「ははっ…そりゃ、まさしくデマだな。いくら白の使い手がいても、あんなゴミを治すかよ」
「でさ、貧民区の奴らが言うにゃ、ハックが捨てたゴミ野郎を、孤児院のガキが介抱していたらしいんだ」
「お前、やけに詳しいな」
「昨日、ハック自身がでかい声で話してたんだ」
「はっ…馬鹿かよ…デマでもなんでも、そんな話を言いふらすなよ」
「こっからがケッサクなんだけどよ。ハックは、白の使い手を捕まえてクアドラ様に献上するんだとか騒いでてな」
「はぁ…ほんっと、馬鹿だな。さすが貧民区出身だ」
「そうだよなぁ。クアドラ様に白の使い手を献上して、どうするってんだよなぁ」
「お前も、馬鹿だな。そこじゃねぇよ」
「あん?」
「孤児院は、国王がつくったはずだ。要は、王様のもんだ。そこのガキを攫ってみろ。一生、牢ん中か強制労働だ。下手したら、死刑かもな」
「…!」
リリアンヌは、はっと息を呑んだ。
そうだ。
薬療院も孤児院も、国王が建てたものだとシルヴィアが言っていた。
「へぇぇ…本当かよ。貧民区のガキを攫うだけでか?」
「そもそもこの平和なご時世に、誘拐も人身売買も重罪だけどな」
「お前、詳しいな」
「クアドラ様が話してただろ」
「知らねぇ。あの人の話は難しくって、あんま聞いてねぇ」
「はっ!そんなんじゃいつか、お前もハックの馬鹿みたいになるぞ」
「ハック…」
リリアンヌは小さく呟くと、そっとその場を離れた。
ハックが――犯人だ。
献上する…ということは、いつか、クアドラという人のもとへ連れて行かれてしまう。
その時にカヤが白の使い手じゃないと分かったら、どうなるのだろうか。
「……」
首を振り、悪い想像を頭から追い出した。
クアドラの家を張っていれば、見つけられるだろうか。
クアドラ…
その名を、どこかで…
「あ、そうだ…!」
リリアンヌはくるりと振り返ると、貧民区側の建物の上をめがけて大きく跳ねた。
ボノだ。
ハックたちに殴られていた時、その名を出していた。
ボノが、クアドラの居場所を知っている。
着地しようとした屋根の上に――
突然、人影が飛び出した。
「…!?あ、あぶなっ」
「えっ?…おわっ!」
「わぁぁ…っ!」
避けきれず、真正面からぶつかった。
リリアンヌはその人物ともつれ合うように、屋根の上をごろごろと転がった。




