サムの見ているもの③
サム視点
「良かったわ。ギタンは、すぐ院に戻ったのね。カヤをひとりにさせてしまうと思ったから、心配だったのよ」
「あ、ううん。ギタンなら、そのまま町に行ってる」
サムは首を振って答えた。
「…町に?」
「うん。町が騒がしいから、探るって言ってた」
「ギタンがそう言ったの…?」
シルヴィアの表情が、みるみる曇った。
「え…うん」
確かに、そう言っていた。
「……」
「シルヴィア、何か思い当たることでもあんの?」
「……」
「シルヴィア…!」
眉を寄せて、じっと考え込んでいる。
こんなシルヴィアを見るのは、初めてだ。
「…最短の道で帰るわ」
「えっ」
「私は、この道を通って帰るわ」
シルヴィアが指したのは、治安の悪い盛り場へ続く小路だった。
「あなたたちは、三塔から回って帰りなさい」
そう言うと、小路へ足を向けた。
「えっ…え?ちょっと待って、シルヴィア…!」
サムは、慌ててシルヴィアの腕を掴んだ。
「ギタンが、絶対に三塔から回って帰れって言ったんだって!」
「ええ、分かっているわ。だから、あなたたちはそちらから帰りなさい」
「ええ…」
こんな強引なシルヴィアも、初めてだ。
「私は大丈夫よ。危ない場所なんて、いくらでも歩いてきたわ」
「…じゃあ、オレも一緒に行く」
「サム、あなたは」
「モモ、悪い。ここまでだ」
「んん~…?わかったぁ」
モモはサムの背から降りると、すぐ後ろを歩くヌイたちの方へ駆け寄った。
「ヌイ、ワンス!オレとシルヴィアは、近道で帰るから」
「え?」
「三塔の方から帰んないの?」
ヌイとワンスが、きょとんと目を瞬いた。
「うん。ちょっと急ぎの用ができたから、先に戻る」
「兄ちゃん!オレも――」
「メル、お前は駄目だ。ヌイたちと帰れ」
「でもっ」
「リリィがいたら、待っていてもらうから」
サムはしがみつきそうな弟の頭を掴み、ヌイたちの方へ優しく押した。
「全員で、必ずまとまって帰れよ」
こうなったら、仕方ない。
今は、様子のおかしいシルヴィアが気がかりだ。
「おい、サム!」
「本当に?シルヴィアも行くの?」
「気を付けて帰れよ!」
まだ呆然とするヌイたちを置いて、サムは前を行くシルヴィアに続いた。
小路を進むと、すぐに酒臭い通りへ出た。
先ほどまでの見物人たちとは、人相も服装もまったく違う者ばかりだ。
店の前で立っている女の人たちは、はだけた服を着ている。
男たちはその様子を、にやにやといやらしい目つきで見ていた。
そんな道を、シルヴィアは躊躇いなく進んでいった。
「あー…?おいおい、ここは婆さんと孫が来るようなとこじゃねぇぞぉ」
酒場の前でたむろする男が、こちらに視線を向けた。
「ちげぇよ。ありゃ、貧民区の人間だ」
「あ?あれが?」
「ざけんなよ。通りが汚れるだろぉ」
「!」
サムはシルヴィアを庇うように、さっと横に立った。
男が投げた空のジョッキが、ガンッとサムの足元で跳ねた。
「ま、もともとこの通りは汚ぇけどな」
「んなこたぁ、知ってんだよ」
男はぎゃははっと笑うと、今度は酒瓶を手に構えた。
「当てたら、千ラークでどうだ」
「やめとけ、やめとけ。あの片腕がない男の関係者だ」
「あ?…ああ、あのじじぃの…」
「なら余計、許せねぇな」
「馬鹿、殺されかけといて何言ってんだ」
「…ちっ」
酒瓶を上げた男が、興味を失ったようにサムたちから目を逸らした。
「…あっ」
酒場へ目を向けている間にも、シルヴィアはどんどん進んでしまっていた。
「シルヴィア…!待ってよ」
「あなたまで付き合わせてしまって、ごめんなさいね」
シルヴィアは、前を見たまま返した。
「…何をそんなに焦ってんの?」
「気にしすぎかもしれないから、心配しないで」
「いや、気にするって…!何が不安なのか、教えてよ」
「本当に大丈夫だから」
「ねぇ、シルヴィア。オレって、まだ信用できない?」
「…?あなたを心から信用しているわ」
シルヴィアは、ゆっくりとサムに顔を向けた。
「そりゃまださ、シルヴィアから見たら、オレは子供だけど」
「ええ。あなたは、まだ子供よ。誰よりも早く、大人にならなくてはいけなかっただけ」
「そうじゃなくて…ああ、そうだ。オレを、頼りにできない?」
「誰よりも頼りになるお兄ちゃんよ」
「だからっ…そうじゃなくて」
サムは、もどかしそうに頭を掻いた。
「…リリィの件で、何かあったんだろ?」
「…!」
「ボノたちに…その、使っちゃったから。それで、リリィが危ない目に遭うかもって思ってる。違う?」
それくらい、分かる。
死にそうだったボノ一家が、急に元気になった。
あんなことをできるのは、白の使い手以外あり得ない。
炊き出しの時、見慣れないマントをかぶった子供がいたことも、みんな知っている。
しかも、その子供がギタンと一緒に、二度もボノを助けていた。
その二つを結びつける奴なんて、いくらでもいる。
そういう話は、すぐに金になる。
子供が歩いているだけで、人攫いに遭うような場所だ。
あんな綺麗な顔で、しかも白のちからを持っているなんて知られたら、無事でいられるはずがない。
「私が…余計なことを言ってしまったから」
震える声が、ぽつりと聞こえた。
「…え?」
「あんな小さな子に、私はひどいことを言ったのよ」
シルヴィアはそっと目を閉じ、苦しげに息を吐いた。
「…ひどいこと?」
シルヴィアがひどいことを言うなんて、想像もできない。
「僻み…だったのかもしれないわ。嫌ね。こんな歳になって、みっともない」
「…?よく分かんないけど…シルヴィアは、みっともなくなんかないよ」
「…ありがとう」
シルヴィアは悲しそうに微笑むと、貧民区に続く路地裏を進んでいった。
「…シルヴィアは、リリィがどこの子か知ってるの?」
サムは後ろから、小さな声で尋ねた。
「いいえ、知らないわ。ギタンも知らないはずよ」
「えっ…そうなんだ」
「本当に不思議な子よね。突然現れて、あなたたちを救った」
「…なんで霊拝師にならないんだろう」
「さあ、分からないわ…でもあの子には、霊拝師になれない理由があるのだと思う」
シルヴィアの背中は、どこか寂しそうだった。
「きっと…私たちが見えていない何かに気付いているのね」
「……」
見えていない、何か。
それは一体、何なのだろう。
「…あっ」
「シルヴィアが来たぞ…!」
貧民区に足を踏み入れるなり、そこら中から囁き声が聞こえてきた。
「…?」
シルヴィアは立ち止まり、不思議そうに辺りを見渡した。
「行こうぜ…」
「関わるなよ」
ひそひそと話す者たちが、避けるように建物の中へと消えていった。
「…シルヴィア、早く戻ろう」
自分まで、嫌な予感を覚えた。
「…ええ」
シルヴィアもサムも、自然と駆け足になった。




