リリアンヌの家族①
リリアンヌ視点
前庭へ出ると、すでに父が馬車から降りていた。
黒を基調とした軍装コートが、風に舞っている。
装飾的な肩章が揺れ、左腰に掛ける豪奢な剣の鞘が美しい。
首元まで詰まる立ち襟には、きらりと光るダイヤモンドが三つ並んでいた。
ロデオ・エラドリオール――
王弟にして、王国軍を束ねる総長。
軍服の上からでも、鍛え上げられた体格がよく分かる。
金色の髪を刈り上げ、厳つい顔を際立たせている。
自分と同じ紅い瞳が、周囲を鋭く見渡していた。
その瞳が――リリアンヌを捉えた。
「…リリィ!」
厳つい顔が、一瞬で和らいだ。
「お父様!」
「お前は!お前は、本当に可愛いな!」
ロデオは、駆け寄った娘を嬉しそうに抱き上げた。
「お父様、遠征お疲れ様でした」
「お前の顔を見ただけで、疲れが吹き飛んだ。元気だったか?」
「はい。今日は、ずっと屋敷にいられるのですか?」
「ああ、そうだ。今日はもう、お前から離れないぞ」
ロデオはリリアンヌを抱き寄せると、愛おしそうに額へキスをした。
「父上、それは困りますよ」
二人の後ろから、爽やかな声が割って入った。
「私にも、可愛い妹との時間を譲ってください」
「あれ…?お兄様!」
リリアンヌは、驚く顔をロデオの肩から覗かせた。
「リリィ、元気だったか?」
サイラス・エラドリオール――
七歳違いの実兄。
父と同じ金髪を肩の上まで伸ばし、さらりとなびかせている。
羽織る軍装コートは濃灰色で、父とは違うものだ。
「はい、元気です。お兄様、今日はどうしてこちらに?」
「父上の帰還に合わせ、休みを貰い戻ってきた」
「そうだったのですね。お兄様までいらっしゃると思わなかったから、とても嬉しいです」
「こういう機会がないと、お前に会えないからな」
サイラスは顔を近づけ、優しくリリアンヌの額にキスをした。
「会えなかった間、何をしていた?なぜ、またそんなに可愛くなった?ああ、話すことがたくさんあるな」
ロデオは両手で娘を抱え直すと、そのまま歩き出した。
綺麗に刈り込まれた生垣の間を、白い石畳の道がまっすぐ屋敷まで続いている。
その道を、三人はゆっくりと進んでいった。
「お帰りなさいませ。ご主人様、サイラス様」
入り口の前で、家令が出迎えた。
「扉をありがとう、ステファン」
「とんでもございません。お出迎えご苦労様でした、リリアンヌお嬢様」
ステファンは優しく微笑むと、入り口の扉をそっと開けた。
大きなシャンデリアの灯りが、玄関広間を柔らかく照らしている。
その奥にある中央の大階段から、ひとりの女性が優雅に下りてきた。
「あなた、サイラス。お帰りなさい」
アヴェリーン・エラドリオール――
我が母ながら、とても美しい。
自分と同じ黒髪を、片方にまとめて垂らしている。
深く裾の開いたドレスをまとい、美しい足を覗かせていた。
「アヴェリーン…!留守の間、屋敷を任せてしまったな。問題なかったか?」
「忙しない人ね。リリアンヌを下ろしてあげてくださいな」
アヴェリーンは笑みを浮かべ、ロデオのキスを頬に受け取った。
「いや、このまま食堂へ向かおう」
「…お父様、お着替えはしましょう?ステファンも困ってしまうわ」
リリアンヌは、サイラスの後ろに控える家令にちらりと視線を向けた。
「ありがとうございます、お嬢様。助かります」
ステファンは、微笑んだまま頷いた。
「…そうだな。すまない、久しぶりすぎて離れがたくなってしまった」
「私は、お母様と先に向かっています」
「そうしてくれ。すぐ行くからな」
ロデオは娘を下ろすと、サイラスとステファンと共に先に階段を上がっていった。
「…まったく。あなたのことになると、本当に落ち着きがなくなるのだから」
「お母様のことになると、です。お母様、食堂へ行きましょう」
リリアンヌは何気なく答えると、そっと母に並んだ。
「…あなたは、誰に似てそんなしっかりしたのかしら」
「えっ」
「少なくとも、父親ではないわね」
アヴェリーンはそう言うと、ゆっくり階段を進んでいった。
「わ、私は、お母様に似たいと思っているのですが」
慌てて、先を行く母を追いかけた。
「お母様みたいに、綺麗になりたいです」
母は、王族の見本のような女性だ。
色気があり、品格がある。
どうすればこんな綺麗になれるのか、さっぱり分からない。
「ま…リリアンヌったら。あなたはまだ、六歳だわ。これから学べばいいのよ」
アヴェリーンは口元を手で隠し、小さく笑った。
「先ほど、マルコ先生がお話くださったのよ」
「なっ、何をでしょうか」
「あなたのことを、今まで見たことがないほど優秀な生徒だと褒めていたわ」
「それは…大変光栄です」
「勉学を初めてから二週間経ったけれど、どう?嫌にはなっていない?」
「はい。興味深い話ばかりで、とても楽しいです」
「少なくとも、作法や音楽の授業よりは、楽しそうな顔をしているわね」
「い、いいえ…楽器の演奏も楽しいです」
「表情に出やすいところは、父親似ね」
アヴェリーンは、ふっと苦笑を漏らした。
「あなたがよければ、勉学の授業を週三度に増やそうと思うのだけれど、どうかしら」
「…!ぜひ、お願いします!」
リリアンヌは、一気に目を輝かせた。
「ふふっ…勉学を増やして喜ぶ子なんて、あなたくらいではないかしら」
「でも…この世界について学べるのは、本当に楽しいです」
「六歳で乳母付きの生活から離すのは早いかと思ったけれど、正解だったわね」
アヴェリーンは、満足そうに娘を見下ろした。
「あなたは、本当にしっかりしているわ」
「…ありがとうございます」
リリアンヌは、曖昧な笑顔を浮かべて返した。




