はじまりの景色
リリアンヌ視点
「…はぁ」
リリアンヌは座り直すと、そのまま背もたれに身を沈めた。
疑われてしまっただろうか…
もう少し、質問を控えた方が良かったかもしれない。
明らかに、深入りするなという表情を何度か向けられた。
けれど――
ようやくこの世界について知る機会を得たのだから、前のめりにならない方が難しい。
「お嬢様ぁ~!入りますよぉ」
「!」
大きなノックの後、すぐに扉が開かれた。
「授業、お疲れ様でした…ああ、またそんな格好をして」
入ってきた侍女が、咎めるような声を上げた。
「今はニアしかいないのだから、許して」
「もうすぐ、ご主人様がエラドリオール邸にご到着されますよ」
「えっ、本当?お出迎えしないと」
リリアンヌは、勢いよく椅子から飛び降りた。
「数週間ぶりのご帰宅ですからね。お嬢様が出迎えてくれれば、ご主人様も大喜びでしょう」
「そんな、大袈裟だよ」
「いいえ、大袈裟ではありませんよ」
ニアは、得意げに胸を張った。
「なんといっても、お嬢様は、エラドリオール家の宝ですから!」
「もう…いいから、行こう」
リリアンヌはニアの背を押し、勉強部屋を後にした。
「お嬢様、お疲れ様です」
「行ってらっしゃいませ」
「!二人とも、ありがとう。行ってきます」
扉の外で控えていた屋敷女中たちに、リリアンヌは手を振って返した。
赤い絨毯が敷かれた豪奢な廊下を歩き、階段へと進んでいく。
頭上ではシャンデリアが煌めき、磨かれた手すりに光を落としていた。
「おや、お嬢様」
「足元に気を付けてくださいね」
階段の下からやって来た従者たちが、脇へと避けた。
「ありがとう、気を付けるね」
リリアンヌは従者たちに返すと、手すりを掴みながら大きな階段を下りた。
この屋敷――エラドリオール邸は、とても広い。
ニアは、王城の次に大きい屋敷だと言っていた。
たった四人の家族しか住んでいないのに、使用人は十倍以上いる。
しかも家族のうちのひとりは、今はほとんど屋敷に帰ってきていない。
「…!」
ふと窓の外の景色に目を引かれ、足を止めた。
西日が入り、眩しい。
窓の向こうには、ここより低い位置に広がる城下町が一望できた。
幾重にも連なる屋根、
遠くまで続く石畳の道、
町を囲う高い城壁――
そのすべてが夕陽に染まり、静かに輝いていた。
「…いいなぁ」
リリアンヌは、ぽつりと呟いた。
ここ王都レイセントは、多くの人が暮らす巨大な都市だ。
広大で、たくさんの人の営みが息づいている。
「…ニアは、城下町へ行ったことがある?」
「ええ、もちろんですよ」
後ろからニアが答えた。
「…楽しい?」
「楽しいですよぉ!なんでも揃っていますからね。町を見て回るだけでも、一日が終わってしまいます」
「羨ましい…」
まだ、町へ行ったことがない。
「ご主人様に相談なさってはいかがです?」
「お父様に?」
「そうです。町へ連れて行ってほしいと頼んだらいいではないですか」
「…駄目と言われて、終わりかな」
「そうですかねぇ。お嬢様の頼みなら、聞き入れてくださると思いますけれど」
「う~ん…それは、どうだろう」
リリアンヌは苦笑をこぼし、再び階段を進んだ。




