序章Ⅰ(セスランディアという国について)②
リリアンヌ視点
「マルコ先生、何度もお話を遮ってしまって、ごめんなさい」
「いいえ、とんでもございません。ええ…精霊の話をしておりましたね。
精霊は見えませんが、代わりに目に見える形として、特別なちからが現在まで残っています。
過去に加護を授かった者の子孫の中から、同じちからを使える者が生まれるようになったのです」
マルコは、六歳相手とは思えないほど難しい言葉で続けた。
「リリアンヌお嬢様の従兄にあたるブライアン王太子殿下が、初代セスランディア王と同じちからをお持ちのことは、有名な話ですね」
「はい、光のちからですね。お父様から聞いたことがあります」
リリアンヌはすぐに答えた。
「初代セスランディア王は多くのちからを持っていましたが、中でも、光のちからを得意とされていたのです」
「光のちからとは、どういうことができるのでしょうか?」
「…それはわたくしが軽々しく申し上げるよりも、リリアンヌお嬢様からブライアン王太子殿下に直接お伺いした方がよろしいでしょう」
マルコは、曖昧に濁すように答えた。
「特別なちからを持つ者の話に戻りましょう。先ほど、彼らによってこの地は大きく発展を遂げたとお伝えしましたね」
「…はい」
少し間を置いて、リリアンヌは頷いた。
「ここ王都レイセントもまた、“特別なちからを持つ者”によって造られました。
特筆すべきは、王都を囲む城壁でしょう。
精霊の加護が込められ、強固に護られています。
初代セスランディア王の時に建立されてから約九百年、一度も破られたことはありません」
「王都も、過去に攻められたことがあったのでしょうか」
「ええ。ですがそのたびに、世界最強と言われる我がセスランディア王国軍が撃退しています」
マルコが、誇らしげに胸を張った。
「六年前に隣国タッセントと停戦して以来、セスランディアは現在、どことも戦争をしていません。
それは、圧倒的な軍事力を持つ我が国に、戦争を仕掛ける国などないからです」
「私が生まれた頃に、お父様が出陣していた戦争ですね」
「お嬢様のお父様は、王国軍を束ねる総長でございます。先の戦争でも、ロデオ大公の素晴らしい指揮によりセスランディアは勝利を収めています!」
マルコは、声を弾ませながら続けた。
「戦争のない今、我が国は大変平和な状態が続いています。これもレックス国王や、国王の弟君であられるロデオ大公のおかげなのです」
「でも…ゼノプーパは、この世界にも現れているのでしょう…?」
小さな声が、静かな部屋に落ちた。
「…今、なんと?」
マルコの笑顔が、わずかに強張った。
「…異形の存在は、人々を襲っているのでしょう?」
リリアンヌは、躊躇いながらもう一度尋ねた。
「…ああ、なるほど。お父様かお兄様から、その話を聞いたのですね」
マルコは、自分を納得させるように深く頷いた。
「異形の存在。突然現れては多くの被害を出す、天災のような存在のことです」
「どれくらいの頻度で、国内に現れているのでしょうか?」
「頻度を申し上げることは難しいですが、異形の存在は我が国が誇る騎士たちにより、必ず討伐されています」
「…ですが」
「お嬢様が心配されるような存在では、ありませんよ」
マルコは、にこりと笑って顔を寄せた。
「決して、お嬢様が目にすることはないでしょう」
「……」
「おっと…もう五時の鐘が鳴っておりますね」
外から聞こえてきた鐘の音に、マルコは顔を窓へ向けた。
「お嬢様は大変飲み込みが早いため、気を付けないと、いくらでも授業を進めてしまいます」
「…それは、授業がとても分かりやすいからです」
リリアンヌは、小さく微笑んで返した。
「いやはや…本当に、大変ご立派です。お嬢様ほど優秀な生徒を、わたくしは見たことがありません」
マルコは、ぱちぱちと拍手した。
「すべて、先生方のおかげです」
リリアンヌは椅子から立ち上がると、ドレスの裾を軽く摘まんでお辞儀した。
「本日も、ありがとうございました」
「ええ。それでは、また次回に」
マルコは一礼すると、扉の前で待つ従者と共に出ていった。
しんと、勉強部屋が静まり返った。




