選んだ道の代償②
リリアンヌ視点
「――頼むよ、ギタン…!」
「…!」
薬療院の中から聞こえてきた声に、
リリアンヌは把手にかけた手を、ぴたりと止めた。
「頼む、嬢ちゃんに会わせてくれよ…!」
「…あ」
その言葉に、リリアンヌの顔から血の気が引いた。
「オレたち、四人とも治ったんだ!信じられるか?びっこ引いてたオレの足まで治しちまった」
声の主は、ボノだった。
「あの嬢ちゃんは、白の使い手だった。しかも、凄腕だ。そうだろう!?」
「ここに、お前の言う嬢ちゃんはいねぇ」
くぐもったギタンの声が、ボノに答えた。
「何度来ても、無駄だ」
「いいや、そこに座ってたところをオレは見ている!…あ!それに、お前と一緒に飯を運んでくれたじゃねぇか」
「さあ、忘れたな」
「おい、ギタン!頼むよ…恩人なんだ!」
「恩人だと思うなら、忘れろ」
「礼も言わせてくれねぇのか!?」
「いない嬢ちゃんに、礼を言うことはできねぇな」
「…嬢ちゃんは、命の恩人だ。オレは、何があっても嬢ちゃんを売ったりしねぇ」
ボノの声が、ぐっと低くなった。
「だがな、オレたちが突然元気になったことを、不審に思っている奴が大勢いる」
「…っ」
リリアンヌは、ぱっと口を塞いだ。
「それに…元気になる直前に、オレが嬢ちゃんと歩いているのを何人にも見られてるんだ」
「顔を隠していなかったのか?」
「いやっ…嬢ちゃんは、しっかり頭まで隠してたよ!」
ギタンの鋭い声に、ボノは慌てて返した。
「だけどな、オレが殴られ…ええと、目立つところで、孤児院の嬢ちゃんって呼んじまったんだ」
「……」
「オレは、嬢ちゃんが心配なんだよ…あんな優しい子だ。いつか、悪い奴に騙されちまう」
「…ボノ、心配してくれるなら、二度とその嬢ちゃんの話を出さないでくれ」
「…そうだな。元気になったオレが何度もここに来てたら、勘づかれちまう」
ボノの声が、扉に近づいた。
「…!」
咄嗟に、建物の陰に隠れた。
「ギタン。もしその気になったら、オレの言葉を伝えてくれ」
扉の鐘が鳴り、ボノの声がはっきりと聞こえた。
「もっと嬢ちゃん自身のことを考えてくれ、ってな」
ざく、ざくと地を踏みしめる足音が離れていき――
やがて、聞こえなくなった。
「…入れ」
落としていた視線の先に、影が差した。
「…うん」
リリアンヌは建物の陰から離れ、ギタンに続いて扉をくぐった。
「そこに座れ」
「…シルヴィアは?」
中には、ギタンしかいなかった。
「子供らと町の方へ行ってる」
「…そっか」
リリアンヌは外した帽子を両手で握り、来客用の長椅子に浅く腰掛けた。
その前に、ギタンはゆっくりと膝をついた。
「お前が何をしたか、もう分かったな?」
「…ごめんなさい」
震える小さな声が、床に落ちていった。
ボノが殴られていた時――
貧民区の人たちが、周りの建物から覗いていた。
そのことに、気付いていた。
どうして誰も助けないのかと、腹を立てたのだから。
ボノ一家が病気だったことは、あの辺りの人たちは知っていたはずだ。
あれだけ体調の悪かった一家が突然元気になれば、
白の使い手が現れたに違いないと考えるだろう。
それが誰かとなれば、その直前にボノと一緒にいた自分に、容易に結びつく。
深くマントをかぶった姿も、炊き出しの時に多くの人に見られている。
何度も、目立つ行動をしてしまったのだから。
なんて、浅はか。
せめて次の日に…いや、夜にでも、秘密裏に訪れることもできたのに。
時間を空けるということを、考えもしなかった。
違う…
そういうことではない。
もっと、ずっと前からだ。
初めから――私は、考えが足りなかった。
「俺に謝っても仕方ねぇだろ」
ギタンの静かな声に、思考を止めた。
「…どうなるの?今、どうなっているの…?」
リリアンヌは、震える声で尋ねた。
「貧民区の人たちは、白のちからを欲しいと、ここへ来ているの…?」
「…あいつらも、シルヴィアに恩はある。表立って問い詰めに来るようなことはしねぇ」
「でも…ここに、白の使い手がいるかもと思っているのでしょう?」
「そうだな。だから、お前が危ない」
「私のことは、どうでもいい」
自分が蒔いた種だ。
自分の危険なんて、どうでもいい。
「……」
ギタンは、静かに眉を寄せた。
「そんなことより、どうすればいい…?どうすれば、ここに迷惑がかからないの?」
リリアンヌは、食い下がるように続けた。
「わ、私が、貧民区の人たち全員を治せば――」
「そんなこと、絶対にやめろ」
ギタンが鋭く遮った。
「そういうことじゃねぇ」
「じゃあ…どういうこと?危ないって、何?」
貧民区の人たちに、自分たちも治せと迫られることが危ないのではないのだろうか。
「…俺が、もっと早く言ってやれば良かったな。悪かった」
「だからっ…何を?白のちからを欲しい人が、狙うということを?」
「あいつらが欲しいのは――白のちからじゃねぇ。金だ」
「…っ」
ギタンの言葉に、リリアンヌはひゅっと息を呑んだ。




