選んだ道の代償①
リリアンヌ視点
約束を――破ってしまった。
シルヴィアに、あれだけ白のちからを使ってはいけないと言われたのに。
『霊拝師にならないなら…あなたは、白の使い手であることを隠して生きることになるわ』
『そのちからを…咄嗟に、誰かのために使うことはできない』
『そのことが、いつか必ずあなたを苦しめる』
シルヴィアが言っていたのは、こういうことだ。
ステファンの時と、まったく同じだ。
何も理解していないまま頷いて、
いざその場に立たされて、ようやくその言葉の意味に気付く。
霊拝師にならないと決めたのは、自分だ。
分かっている。
それでも、我慢できなかった。
ボノ一家の行く末を考えると、
苦しくて、
胸が張り裂けそうで。
どうしても、耐えられなかった。
助けられるちからを持っているのに、見て見ぬふりをするなんてできなかった。
白のちからを使わないということを、どうしても選べなかった。
シルヴィアに対する、ひどい裏切りだ。
あれだけお世話になったのに、恩を仇で返すようなことをした。
でも、ボノ一家を助けたことは後悔していない。
だから、余計に苦しい。
大好きなシルヴィアと、考えが違ってしまったことが――
つらくて、仕方ない。
「お嬢様、おはようございます~!今日もいいお天気ですよぉ」
「…!」
カーテンから覗いた陽の光に、はっと目覚めた。
「もうすぐ、九時です。そろそろ起きましょうね」
「…えっ!もう、そんな時間なの…!?」
リリアンヌは、慌てて体を起こした。
いつもより、一時間以上遅い。
「昨日は久しぶりの登城で、気を張っていらっしゃいましたから。お疲れかと思って、遅めに起こしに来ました」
焦るリリアンヌをよそに、ニアは淡々とカーテンを開けていった。
「……」
「お嬢様、はい、お顔を拭いてください」
「…うん、ありがとう」
今日は、サムと約束をしていた日だ。
いつもこの時間には薬療院に着いていたのに、寝坊してしまった。
だけど…これで良かったのかもしれない。
このまま、もう薬療院には行かない方が――
「…今日は、腫れていらっしゃらないですね」
目の前に、ニアの顔が現れた。
「わっ…!びっくりした」
「目元が赤く腫れていた時は、驚きましたよ~」
「…もう何日も前のことでしょう?」
泣いて腫れた目は白のちからで治せないと、初めて知った。
「お嬢様は最近、元気がないですから心配で仕方ありません」
「…そうかな」
「何か、ご主人様に怒られてしまったのですか?」
「…え?どうして?」
「だってお嬢様に元気がないのは、ご主人様と食事をご一緒されてからですから」
ニアはさらりと言った。
「……」
そんなつもりはなかったけれど、
思っていた以上に顔に出ていたのだろうか。
「お顔を拭いたら、着替えましょうね」
「…うん」
リリアンヌは手拭いをニアに渡し、ベッドからゆっくりと降りた。
「お嬢様、知っていますか?今日は、第四王子のお披露目会が町で開かれるんです」
「…うん、知ってる。昨日、エレメア様がお話していたわ」
「奥様は今日も登城されていますし、なんとステファン様も、お仕事で町へ行かれているんです。ですから、エラドリオール邸には誰もいません」
「…?ニアたちはいるでしょう?」
それに、衛兵たちも巡回している。
「お嬢様をお叱りになる方が、いらっしゃらないということですよ」
ニアはそう言うと、リリアンヌにドレスを着付けていった。
膝丈までの長さの、動きやすそうなドレスだ。
「私はいつも通り気付かないふりをしますから、庭園で思いきり遊んでこられてはいかがですか?」
「…!」
リリアンヌは、はっと息を呑んだ。
まさか、気付いて――
「花壇の方まで行かれているのでしょう?それとも、また木登りの練習でも始めたのですか?」
「…あ、ええと」
「何をされているかは分かりませんが、土まみれになっている時のお嬢様の方が生き生きとしていて、私は好きですよ」
「…ニア」
「そうですね…今日は授業もないですし、一時に食事をお持ちします」
ニアは寝間着を手に持ち、そっと立ち上がった。
「それまでには、お部屋にいらしてくださいね」
「…うん」
「それでは、お嬢様。“お勉強”、頑張ってください」
ニアが扉を閉めて、部屋から出ていった。
「……」
リリアンヌは扉を見つめたまま、呆然と立ち尽くした。
どうしよう。
諦めかけていたのに、まさかの機会を貰ってしまった。
もう、九時だ。
今から行ったところで、誰も薬療院にいないかもしれない。
それに…ボノ一家に白のちからを使ってから、一度も行っていない。
だけど――
逃げるように、何も言わずにいなくなるなんて駄目だ。
こんな別れ方も、絶対に嫌だ。
ボノ一家の件は、シルヴィアに伝えた方がいいだろう。
怒られても、呆れられても――見限られても。
自分がしたことに、ちゃんと責任を持つべきだ。
「…よし!」
リリアンヌは机に向かうと、勢いよく一番下の引き出しを開けた。
積み上げた本を除けて、その下から、靴とマントを引っ張り出した。




