仕置きの時間①
リリアンヌ視点
町の人たちの熱烈な歓迎とは裏腹に、家族の反応は手厳しかった。
「リリィ。まずお前は、エラドリオール邸へ行くぞ」
厩舎に着くなり、しばらく抱きしめていた父が、唐突に言った。
「えっ、でも、荷物が」
「ビッケ、お前が部屋へ運んでおいてくれるか」
「承知いたしました」
王城の部屋に戻れないまま、半ば連行されるように馬車へ押し込まれ、そのままエラドリオール邸へ向かった。
「この、お馬鹿さん。やって良いことと駄目なことがあるでしょう」
今度は、屋敷へ戻るなり、母に説教を食らった。
「王城中、大騒ぎだったのですよ。どれだけ皆が心配したことか」
義姉のガブリエルにまで小言を言われてしまった。
「だうう」
甥のシリウスにまで、なんだか怒られている気分だった。
「それで、王城を脱け出してからタッセントで何があったか。もちろん、私にすべて話してくれるな?」
父は、一日かけてすべてを話させた。
レックスに報告した内容を、ほぼそのまま伝えた。
風の里の件も父の耳に入るだろうと思い、自分から白状した。
それとは別に、父と二人で、大切な話もした。
「お前がこんな無茶を二度としないと誓うまで、この屋敷からは出さないぞ」
父の説教は、長かった。
心配をかけた私が悪い。
素直に謝り、誓い、なんとか許してもらった。
翌朝、父と一緒に馬車で王城へ向かった。
自室に戻ると、そのままテラスの椅子に倒れ込んだ。
だらしなく伸びているところに、専属侍女の二人が飛んできた。
「どうして、あのような手紙を残したのです」
「さすがにやり過ぎですよ、リリアンヌ殿下」
「…フローラ、レマン。迷惑をかけて、ごめんなさい」
なんとか顔を上げて、二人に謝った。
「いいえ、許しません。今後一切、城から抜け出すなんてことは、なさらないでください」
「私たちが咎められることを心配してくださるなら、初めからそんなことをなさらなければいいのです」
二人はぷんぷんと怒りながらも、いつものように身の回りの世話を始めた。
「ああ、もう…綺麗な肌が焼けてしまって…」
リリアンヌを浴槽に入れるなり、フローラが小言を呟いた。
「髪も、少し陽に焼けていますね。ちゃんとバッキラの香油は使っていたのですか?」
髪を梳かしながら、レマンが尋ねた。
「うん。海の近くに行ったからかな…」
貝殻探しに必死で、髪のことなんて気にしていなかった。
「えっ、海に行かれたのですか?」
レマンが驚いて聞き返した。
「そう。北の海に行ってきたの。二人にもお土産、あるからね」
綺麗な瓶を買ったら、貝殻を詰め直して二人にも渡すつもりだ。
「北の海って…セスランディアからは行けないはずですよね?」
「ええと…タッセントからなら、簡単に行けるの」
実際には、国内から向かったけれど。
まだ、風の里の話はしていいのか分からない。
「そんな遠くまで、リリアンヌ殿下は行かれていたのですね」
フローラが、ふぅ…と溜息をついた。
「そうだね。本当に長い旅だったな…」
成人してすぐ、レックスたちが隣国との戦争へ向かってしまった。
そのきっかけが自分だと知り、戦争を止めるために、たった六人でタッセントまで乗り込んだ。
そのタッセントで、一か月以上過ごした。
やっとセスランディアに帰ってきたと思ったら、今度は、エルフがやってきた。
風の里へ行き、異形の存在を討伐して、スミレを見つけ、オーリア様に会い――
そして、キリと別れた。
今、近くにキリがいないということを思い出して、寂しさで胸が痛んだ。
移動の時間も含めれば、三か月近くかかった。
もう、四の月も終わってしまう。
入浴を終え、螺旋階段を下りてテラスのある部屋に戻ると、扉の前でビッケが待っていた。
「お嬢様。外で護衛の方がお待ちです。入れてもよろしいでしょうか」
「?ええ、お願い」
護衛の方、ということは…アランフォースではないのだろうか。
「失礼します!」
「入ります」
「!シャル、ムロバン!」
入ってきたのは、見慣れた国王直属騎士団の二人だった。
「今日は、二人が護衛してくれるの?」
「はい。しばらくは、アランフォース様とは別の者が護衛に参ります」
シャルがすぐに答えた。
「そうなのね」
アランフォースも三か月近く王都を空けていたから、溜まった仕事があるのだろう。
「でも、今日はもう出かけるつもりはないから、護衛は大丈夫」
目の前の二人だって、護衛以外にもやることがたくさんあるはずだ。
それに…今はもう、思いっきりベッドに飛び込んで昼寝がしたい。
昨日は一日中家族と話していて、旅の疲れがまったく取れていない。
「いえ…陛下がお呼びです」
ムロバンが、申し訳なさそうに言った。
「えっ」
「執務室へお越しになるようにとのことです」
「執務室…?伯父上の?」
「ええ、我々が案内します。どうぞ」
「あ、はい…」
「行ってらっしゃいませ」
侍女たちに見送られ、自室を後にした。
レックスの執務室へ呼ばれるなんて、初めてだ。
まさか…もう、仕置きだと言われた仕事の手伝いをすることになるのだろうか。
帰ってきてから、まだ二日しか経っていないのに。
いや…帰ってきてすぐだから、忙しいのかもしれない。
ルイージも、少なくともあと一年は帰ってこない。
そういう時は、誰が国王の手助けをしているのだろう。
そんなことを考えているうちに、執務室へ到着した。
ルイージの執務室とは違い、かなり広い。
入り口近くにはソファが向かい合って置かれ、その間には豪奢なテーブルがあった。
部屋の右側には螺旋階段があり、二階部分には本棚が並んでいる。
ソファの奥には、三台の机があった。
手前の二台は向かい合うように置かれ、そのさらに奥の中央で、レックスが机に向かっていた。
「座れ」
レックスが、顔も上げないまま左側の机を指さした。
足を踏み出したところで、はっと扉の脇に目を向けた。
「あれ、ウェイバー、ゲイソン…!」
護衛が、エドガーじゃない。
エドガーも、忙しいのだろうか。
「……」
ウェイバーとゲイソンは一礼すると、再び静かに目を伏せた。
扉を挟んで反対側には、シャルとムロバンが同じように並んだ。
護衛中は話しかけては駄目だったと思い出して、慌てて示された席まで進んだ。
椅子に腰を下ろすと同時に、横から手が伸びてきた。
目の前に、紅茶の入ったカップが置かれる。
誰だろうと思い、顔を上げた。
まったく知らない、年配の男性だった。
濃紺の上着をきちんと着こなしている。
執事か従者だろうか。
扉の外にも別の従者が控えているけれど、国王には、何人もの人が仕えているのかもしれない。
「ありがとうございます」
咄嗟に礼を言うと、男性が優しく微笑んだ。
どことなく…ルイージと似ている気がする。
「そいつから仕事の内容を聞け」
レックスが再び顔も上げずに言った。
「えっ」
やっぱり、仕事の手伝いだった。
「言っただろ。仕事を手伝えと」
「分かっていますが…本当に、私が役に立てることなどあるのでしょうか」
「ありますよ」
傍らに立つ男性が、レックスに代わって答えた。
「あの…リリアンヌ・エラドリオールと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
座ったまま、男性へ向かって挨拶した。
「大変失礼しました。わたくしはダドリー・アートンと申します。かつて国王陛下の補佐を務めておりました」
ダドリーが、恭しく一礼した。
「ルイージ宰相のお父様でしょうか?」
やっぱり、ルイージの親族だ。
ルイージの姓がアートンということを、タッセントで知った。
「いいえ。ルイージは、わたくしの甥にあたります」
「そうなのですね。今はもう、引退されているのですか?」
「ええ。引退して領地へ戻っておりましたが…甥の代理として、呼び出されまして」
ダドリーが困ったように眉を下げた。
「そう…でしたか」
謝りたくなるのを、なんとか堪えた。
ルイージがタッセントに残されたのは、私のせいだ。
「それから、リリアンヌ殿下。わたくしに敬語は不要です。どうぞ、ダドリーとお呼びください」
「分かったわ。ダドリー、これからよろしくね」
旅の間に、言葉遣いや振る舞いが令嬢らしからぬものになってしまった自覚は、大いにある。
気合を入れ直そう。




