仕置きの時間②
リリアンヌ視点
「それで、私のできるお仕事とは何でしょう」
ダドリーを真似て、姿勢を正した。
「こちらです」
机の端に積まれていた分厚い手紙の束が、目の前に置かれた。
「これは?」
「リリアンヌ殿下宛ての手紙です」
「ええっ?」
目を丸くしてダドリーを見上げた。
「なぜ、私宛の手紙がここにあるの?」
そもそも、私宛の手紙がこんなにあること自体、驚きだけれど。
普通は、エラドリオール邸か王城の自室に届くのではないだろうか。
「成人を迎えられますと、手紙はご本人のもとへ届けられるようになります」
ダドリーがすぐに答えた。
「ですが、リリアンヌ殿下は成人されてすぐ、数か月にわたり王都を留守にされておりました」
「ごめんなさい…」
今度こそ、口に出して謝った。
「いえ…わたくしは責めているわけではありません」
ダドリーが、ふっと苦笑した。
「この手紙に、返信をすればいいのね?」
気合を入れ、手紙の束に目を落とした。
百通はあるだろうか。
いや、二百…もしかしたら、三百通はあるかもしれない。
「いいえ。目を通すだけで結構です」
「えっ、どうして?」
「お前は、馬鹿か。文通じゃねぇんだ」
横から罵倒が飛んできた。
「でも、せっかく書いてくださった手紙です」
レックスに、むっと反論した。
「何がせっかくだ。向こうも返信を求めてねぇよ」
「そもそも…どうして、私に手紙なんて書くのでしょう」
「だから、読めって言ってんだろ」
睨まれてしまった。
「読むだけで、仕事になるのでしょうか」
「お前に何を求められているか、知っておいた方がいい」
レックスはそれだけ言うと、再び顔を伏せて羽ペンを動かした。
「……」
「ダドリー、話の途中でごめんなさい。これに目を通せばいいのね?」
「…いつも、あのような態度なので?」
ダドリーがレックスをちらりと見て、こちらに顔を向けた。
「…はい」
少し首を傾げながら、頷いた。
自分に対しては、いつもあんな感じだ。
「よく分かりました」
ダドリーが、静かに頷いた。
…何の話だろう。
そういえば、前はもっと国王に対して言葉を選んでいた気がする。
いつの間にか、睨まれても罵倒されても、怖いと思わなくなってしまった。
「位の高い方から順に、並べてあります」
ダドリーが、手紙の束に目を向けた。
「ええ。ありがとう」
「中身はすべて、わたくしが閲覧済みです。気になることがありましたら、お呼びください」
一礼すると、向かいにある机へ歩いていった。
レックスの席と同じように、書類が山積みになっている。
「……」
見ている場合じゃない。
手紙の束に視線を戻して、一通目を手に取った。
――ノウル国王 エンリケ・オーブリ・ノウル
「えっ…ええ?」
「…なんだ」
レックスが面倒くさそうに尋ねた。
「これ…ノウルの国王からです…!」
「だから、なんだ」
「だって…他国の国王陛下からの手紙を無視するのですか?」
「いい。気軽に返信するんじゃねぇ」
「…?」
今後会うこともあるかもしれないのに。
無視したなんて思われたら、気まずくならないだろうか。
「国として重要な用件は、正式な書状として送られて参ります」
顔を上げると、ダドリーが傍らに立っていた。
「こちらは、あくまで私的なお手紙です。先方も返信を求めてはおりません」
「…分かりました」
「…内容をご覧になったうえで、どうしても気になるものがありましたら、よけておくのはどうでしょう」
ダドリーがそっと提案してくれた。
「読み終わった手紙とは別にして、後で返信をするか考えましょう」
「ありがとう、ダドリー」
私が気にしていることを、ちゃんと分かってくれた。
彼は、とても優しい。
「どうぞ、お読みください。きりの良いところで、今日は終わりにしましょう」
「分かりました」
やっと手紙を広げた。
ノウルの国王からの手紙は、初めましての挨拶だった。
同盟国としていつでも助力することや、ぜひ一度、ノウルへ招待したいということなどが書かれていた。
ノウルは、“マドカ”の故郷、川の都スーゼルがあるウィンザー領から入ることができる。
来年の二の月には、スーゼルで両国の会談が行われるらしい。
その際にはぜひ貴女も、と記されている。
…行きたい。
とても行きたい。
スーゼルは商人の出入りも多く、観光地としても有名だ。
それに“物語”では、スーゼルでも精霊を見つける。
次に旅へ行くなら、ここだと思っていた。
はっとして、慌てて手紙を閉じた。
この調子では、十通くらいしか読めそうにない。
ダドリーの提案通り、ノウルの国王からの手紙を返信したいものとして机の端によけた。
――ユゲラドリル領地方長官 ダナン・ユゲラドリル
次の手紙は、叔父からのものだった。
戦争の影響で中止になった王都での夜会を、また企画しているらしい。
開催する際にはぜひ参加してほしい、と書かれていた。
あの時は中止となり、正直、ほっとしたけれど…
母の弟だ。
大事な親戚だ。
手紙を閉じ、ノウルの国王の手紙に重ねて置いた。
――サーヴィル領地方長官 ネイサン・サーヴィル
ティベリー・サーヴィル
成人祝いの宴で出会った熟年夫婦の顔が、すぐに浮かんだ。
あの時は…なかなか、すごかった。
手紙の内容は、祝宴の時に喋ったようなものだった。
親戚としていつでも力になる、結婚はいつだ、式はもちろん呼んでくれるか…
「……」
ノウルの国王やダナンとは別の場所に、サーヴィル夫婦の手紙をそっと置いた。
「失礼します。陛下、聖務官のヤトマ氏がいらっしゃいました」
扉の外から、レックスの従者が顔を覗かせた。
「入れろ」
レックスが顔を上げないまま告げた。
「失礼します…」
許可を貰ったヤトマが、おずおずと入ってきた。
書類を胸元にぎゅっと抱え、かちこちになりながらレックスの机へ近づいていく。
レックスを見ていた不安そうな目が、こちらに向いた。
「…!」
驚いたのか、目を丸くしている。
「お疲れ様です」
座ったまま、ヤトマに挨拶した。
「ゴーシュ大教主は、お元気ですか?」
「へっ…!?」
裏返った声が返ってきた。
仕事中の文官にも、声を掛けてはいけないのだろうか。
「わたくしが話を聞きましょう」
ダドリーが、軽く手を上げた。
「…助かります」
ヤトマはちらりとレックスを見た後、ダドリーの方へ進んでいった。
「霊拝師の、来年の巡礼候補地です。ゴーシュ大教主とローレイ大院長には、確認の署名を貰っています」
「…随分と東側の地域に偏っているように見受けられますが」
書類を受け取ったダドリーが、早速口を開いた。
「それは…戦争が始まれば、東側に被害が広がると考えましたので…」
「戦争が中止となった以上、このままでは他領から苦情が出るでしょう。恐れ入りますが、再検討をお願いします」
「…はい、そうですよね」
ヤトマはがくりと肩を落として扉へ向かっていった。
「……」
なんだか、可哀想に思えてきた。
戦争を止めたことは何も後悔していないけれど、その影響で仕事が増えた人もいる。
もしかして、それでみんな忙しそうなのだろうか。
「失礼しました」
ヤトマは扉の前で一礼した後、ちらりとこちらへ視線を向けた。
リリアンヌも眉を下げて、小さく頭を下げた。
申し訳ないという気持ちは、伝わっただろうか。
「陛下」
ヤトマが出ていくと、すぐに従者が顔を覗かせた。
「法務官のガブリエル氏がいらっしゃいました」
「!」
咄嗟に立ち上がった。
「…入れろ」
レックスがこちらを睨みながら言った。
「失礼いたします」
「ガブリエルお義姉様!」
「まあ…リリアンヌ様!」
お辞儀をしていたガブリエルが顔を上げ、驚いたように口元を押さえた。
「昨日ぶりですね」
「リリアンヌ様…こんなところで何をなさっているのです?」
「ええと…お手伝い…?」
答えながら、ゆっくりと席についた。
まだ、手紙をたった三通しか読めていなかった。
「ガブリエル氏、こちらへ」
「あ…ええ」
ガブリエルは表情を改め、ダドリーの机の前へ向かった。
「タッセントから、改定された法令が送られて参りました」
「随分と早いですね」
「こちらはまだ一部ですが、民の暮らしに関わる重要なものでして、早めに確認していただきたいそうです」
「分かりました。早めに目を通しておきましょう」
「それから、こちらのタッセントと結んだ条約の件ですが――」
ガブリエルとダドリーのやり取りを聞きながら、目の前の手紙を手に取った。
――ターリ領地方長官 オーニル・ターリ
馬上槍試合のことを教えてくれた、あのマリドーナの父だ。
そういえばマリドーナは、婚約が決まったと言っていた。
彼女は元気だろうか。
手紙には、祝宴でのお礼と、来年結婚する娘の披露宴に招待したい旨が書かれていた。
「それでは、よろしくお願いします」
ターリからの手紙をダナンの手紙に重ねると、ガブリエルが扉へ向かうところだった。
すぐに立ち上がり、義姉を追いかけた。
「お義姉様、忙しそうですね」
「いいえ。兄に比べたら、わたくしはさほど忙しくありませんわ」
ガブリエルが小声で返した。
「ニドラルは、まだルイージ宰相たちとタッセントにいますからね…」
ガブリエルの兄ニドラルは、法の専門家としてタッセントへ向かった。
ちょうど入れ違いで、私は帰ってきてしまった。
「リリアンヌ様、お手伝い中でしょう?お話は、また今度」
困ったように笑われてしまった。
「また、シリウスに会いに行きますね」
最後にガブリエルへ手を振り、席に戻った。
「一応言っておくが、ここは執務室だ」
席に着くなり、レックスから小言が飛んできた。
「ごめんなさい…ちゃんとやります」
紅茶をひと口飲んで、再び手紙に手を伸ばした。
――ムーンバッド・レッドバレル
…祝宴で、声を掛けてきた男性だ。
この位置に手紙があるということは、高位の貴族の出身なのだろうか。
かさりと手紙を広げた。
「……」
思わず、ぱたんと閉じた。
「…?」
再び手紙を開いて、ゆっくりと文面を追った。
あなたのことが忘れられない。
あの夜のことが忘れられない。
またどこかでお会いできないだろうか。
今度は、二人きりでお会いしたい。
そういう内容が書かれていた。




