英雄たちの帰還①
サム視点
「とうとう、明日帰ってくるのかぁ…!」
どこへ行っても、城下町は、この言葉で溢れていた。
「リリアンヌ様なら、やってくれると思っていたよ」
「本当かよ!お前、大正門の前での抗議に参加してたじゃねぇか」
「いや、あれはさ、本当に戦争が始まるかもって思ったらさ…」
男たちが、話しながら酒場の中へと消えていった。
「私らを助けるために、ブライアン様と城から抜け出したんだろ?」
「まるで、劇で見る物語のようじゃないか」
「あの二人は、結ばれると前から思ってたんだよね」
「この国にとって、どっちも特別なお方だからね」
屋台で女たちが集まり、楽しそうに話している。
「よ、サム!」
「なに、下見てんの」
二人組が左右から現れ、サムを挟んだ。
「…おお、ヌイ、ワンス」
「ホン婆の葡萄運び、終わらせてきたぜ」
ヌイが、にかっと笑って言った。
「あれさ、追加で金取ろう。一番きつい重労働だ」
ワンスが、疲れきった顔で続けた。
「ホン婆は、お得意様だ。それに、また貰ってきたんだろ」
サムは苦笑しながら、ヌイの持つ籠を指さした。
「そ、葡萄。帰ったら食おうぜ」
「その前にオレは、一度店に戻らないと」
「サムは何してたの?」
ワンスが首を傾げて尋ねた。
「組合に顔出してた」
「なんで?」
「納付金を払いに。あと…少し話してた」
「お前…本当に新しい商売を始める気なのか?」
今度はヌイが尋ねた。
「やる気だよ。せっかく、ここまで人手が増えたんだ」
「何やるか、決めたのか?」
「それは、まだ…」
サムは、ぽりっと頬を掻いた。
でもどうせなら、便利屋とまったく違うことがしてみたい。
「お前は、すげぇな…」
ヌイがしみじみと言った。
「いや、オレは、別に…」
思わず苦笑が漏れた。
そんな会話をしながら、三人で通りを歩いていく。
「でもよ、なんで同盟国になったんだろうな」
「タッセントの王子たちと、仲良くなったらしいぜ」
「ああ…だから、同盟にしてやったのか。リリアンヌ様は、優しいなぁ」
通り過ぎていった男たちの会話が、耳に入った。
「……」
また、勝手なことを言っている。
あいつ自身が決められるわけないのに。
戦争が決まった頃は、あれほど文句ばかり言っていたのに。
『抗議をする暇があるなら、リリアンヌ殿下のために、いつも通りでいろ』
『祈り、願え。精霊の申し子が、再びお前たちの前に現れるようにと』
…あの騎士は、格好良かったな。
あとから、守衛隊の隊長だったと知った。
つい興奮して声を上げたオレに、怒るどころか、優しく声を掛けてくれた。
…あんなことをするつもりは、なかった。
まさか、自分までメルと同じことをするとは思わなかった。
しかも、あんな大勢の前で。
おかげで、かなり目立ってしまった。
「…な、サム!」
「えっ?」
サムは、はっとワンスへ顔を向けた。
まったく聞いていなかった。
「明日の凱旋パレード。一緒に見に行くでしょ?」
ワンスは嬉しそうに笑っていた。
「…ああ」
「ああ、って!お前、あれほどリリィのこと心配してたじゃねぇか」
ヌイが訝しげに眉を寄せた。
「いや…明日も組合の人と約束してる」
「ええっ、なんで?」
「おい、数か月ぶりのリリィだぞ!」
二人同時に抗議された。
「……」
わざと予定を入れたわけじゃない。
話の流れで、明日も会おうと約束してしまった。
「…間に合ったら、行くよ」
凱旋パレードが何時から始まるのかは、明日にならないと分からない。
仕事もある。
「あんまり、根詰めるなよ?」
「お前が崩れたら、うちの店は終わりだからね」
ヌイとワンスが、ほとんど同時にサムの背を叩いた。
「いてぇよ!」
ワンスの手が重なり、ヌイが顔をしかめた。
「あ、ごめん」
わはっと笑いながら謝っている。
「……」
二人のやり取りを聞き流しながら、サムは小さく息を吐いた。
確かに、しばらく前から頭痛が続いている。
朝起きても、頭が霞んだままだ。
疲れだろうか。
最近、孤児院の菜園でできる作物を食べていない。
行く暇もないくらい、忙しくなった。
十歳の時に、病で一度死にかけた。
リリィにすっかり治してもらってからは、一度も体調を崩してなかったのに。
「じゃあ、またあとでな」
「ほどほどにね」
「分かってるって。じゃあな」
家へ向かう二人に手を振り、店の方へと向かった。
「すごいよねぇ。タッセントへ乗り込んで、戦争止めちゃうなんて」
「やっぱりあの方は、何か特別なものをお持ちなんだな」
「ありゃ、精霊が人族になった姿なんだって」
「そうじゃなきゃ、初代セスランディア王の生まれ変わりか」
「それは、ブライアン様の方だろう?」
北の商店通りでも、聞こえてくるのはリリィと王太子の話ばかりだった。
あいつは、どんどん特別になっていく。
どんどん、物語ができていく。
どんどん、遠い存在になっていく。
そして、いつか――
現実から離れて、消えてしまいそうだ。
ギタンにまた、噂に惑わされるなって叱られるだろうな。
オレは、リリィから直接話を聞けるかもしれない。
だけど、それでどうにかなる話じゃない。
みんな勝手に、リリィを特別な存在にしていく。
何かあれば、またあいつが何とかしてくれる。
そんなふうに期待され続けたら、いつかあいつだって潰れてしまう。
もしオレが、あいつの立場なら…
こんな町は放って、さっさと逃げる。
リリィの中に…
その選択は、あるのだろうか。
―――
「…えっ」
目を開けた瞬間、びくりと体が跳ねた。
店の机に突っ伏して、眠っていた。
「…!?」
慌てて小部屋を出て、カウンターまで駆けた。
窓から見える外が、明るい。
昨日、机に座って仕事をしたまま…
朝まで眠ってしまったのか。
「…嘘だろ」
サムは、呆然と店内を見渡した。
ランタンの灯りがつけっぱなしだ。
入り口の鍵も閉めていない。
こんなこと、初めてだ。
陽の高さからして、まだ朝の七時か八時くらいか。
あと二時間もすれば、みんながやってくる。
組合の人との約束は、昼過ぎだ。
「……」
そっと額に手を触れた。
熱い。
体も重い。
…一度家に帰って、少しでも眠ろう。
ヌイたちも、起きた時にオレがいなかったら驚くだろう。
帽子をかぶり、店の扉を閉めて家へ向かった。
「あっ、サム!あんた!」
すぐに、隣の店のメリーに呼び止められた。
「メリーさん、おはようございます。早いですね」
「あんた、それどころじゃないって!もう姫さんが帰ってくるよ!」
「えっ…こんな時間に?」
確かに、中央通りの方からいつもより大きな騒めきが聞こえる気がした。
「だから、旦那と今から中央通りへ行くところなのよ。あんたも、早く行きな!」
「あ、はい…」
メリーに追い立てられるように、そちらへ足を向けた。
家に帰るどころか、離れてしまった。




