滲む思惑
レックス視点
「エルフは何人いた」
「風の里で確認できたのは、百人ほどでした」
目の前に立つアランフォースが、静かに答えた。
「…思ったより少ないな」
他国へ散ったか。
それとも、過去の人族との戦いで死んだのか。
「キリより強い奴は、いたか」
「私より強い者は、ひとりもいませんでした」
アランフォースが、きっぱりと言った。
「…ふっ…」
隣に立つエドガーが、苦笑した。
「お前じゃねぇ。キリだって言ってんだろ」
レックスはぎろりとアランフォースを見上げた。
「エルフたちは、国王直属騎士団の騎士に匹敵する実力を持っています。長であるエルデンという者は、キリと同等の強さでしょう」
「……」
つまり、敵か味方かも分からない、騎士団並みのエルフが百人。
そいつらが、今後世に出てくるというわけか。
「エルフたちも、もうリリアンヌ殿下の意に背くつもりはないでしょう」
考えていることを読んだかのように、アランフォースが付け加えた。
「あくまで、あいつのだ。俺たちの意は関係ない」
レックスは素っ気なく返した。
「それは精霊王も同じことだ」
セスランディアの北側で、精霊王が王都に匹敵する戦力を揃え始めた。
しかも、精霊王ひとりでも、あれだけの化け物だ。
こちらの意向など、お構いなしだ。
今は、敵対する気もないだろう。
だがもし、リリアンヌに何かあれば。
その戦力は、間違いなくこの国に牙を向く。
「…これからも、何も起こりません」
アランフォースが、珍しく言葉を続けた。
「リリアンヌ殿下は、これからも王都にいらっしゃいます」
「…なぜ言い切れる」
「デューゼの森へは行かないと、私に話しました」
わずかに語気が強まった。
「……」
言わせた、の間違いではないのか。
「それに…もう、大丈夫でしょう」
アランフォースが、ちらりと窓の外へ目を向けた。
その視線を追う。
窓の外には、ガーデラ川沿いに灯る篝火しか見えない。
「……」
リリアンヌの名を――広めすぎたか。
だが実際、精霊王もエルフも引きずり出したのは、あいつだ。
精霊王と繋がったエルフが、デューゼの森へ移る。
そして四百年ぶりに、人里へ姿を現す――
そう公にすれば、民は勝手にリリアンヌと結びつけるだろう。
毎回、こちらの予想を覆してくる。
タッセントの件もそうだ。
王都でリリアンヌの出陣を求める声が上がることは、ある程度予想していた。
戦に勝ち、タッセントを降伏させれば、その声も収まる。
そう踏んでいた。
それが、戦わずして無条件降伏させてみせた。
現実が、描いた筋書きを越えていく。
あれは異端児で――特別すぎる。
リリアンヌは、これからさらに多くの期待を背負っていくことになる。
そのたびに、あいつは自分の“枷”と向き合う羽目になる。
すでに、三度目だ。
このままでは、本当に取り返しのつかないことになる。
本当に…
リリアンヌの中で、デューゼの森へ行く選択はなくなったのか。
風の里から戻ったら、問いただすべきことも山ほどあった。
だが今は、それを確かめるよりも、あいつを精霊王のもとへ行かせないことが先だ。
あいつの望む“自由”を、そのまま王都で認めるわけにはいかない。
勝手に祀り上げられ、余計なものまで背負わされる。
そのたびに、デューゼの森へ逃げることを考えられては堪らない。
あいつが王都で生きていけるよう、ひとつずつ足場を固めるしかない。
リリアンヌの思う“自由”を、変えていく必要がある。
そうして――“ここ”は居心地がよいと思わせる。
あれは一応、王族としての心得は持っている。
王族であることは受け入れているくせに、その意味を分かっていない。
理解させれば、ある程度の制限は受け入れるだろう。
まず手始めに、婚約者決めだ。
意に沿わない結婚をさせて、感情を暴走させるわけにもいかない。
ブライアンを拒まれれば、こちらも手の打ちようがない。
あいつを、王都の外へ嫁がせるわけにはいかない。
あれに並び立てる男は、あと――
「…“二人目”が帰ってきたな」
長い沈黙の後、レックスはうんざりとした声で言った。
廊下が騒がしい。
「――が、部屋にいない!」
何か叫んでいる。
「何を騒いでんだ、あの馬鹿は」
「リリアンヌ殿下が部屋にいないことに気付き、騒いでいるようですね」
エドガーがすぐに答えた。
「あ?」
だいぶ前に、部屋に戻したはずだ。
あのブライアンが、部屋まで送らないはずがない。
「…ああ」
それで、アランフォースは窓の外を見たのか。
二人で、何か話しに行ったのか。
内容は分かりきっている。
俺が、婚約の話を切り出した。
「……」
レックスは、目の前で静かに佇む男へ視線を向けた。
確かに…俺が、こいつに牽制をした。
お前では、リリアンヌを幸せにできないと。
こいつにとって、リリアンヌが特別な存在なのは間違いない。
それが敬慕なのか、恋慕なのか。
そこまでは知らない。
だが、こいつが“その場所”を退くと言うのなら。
空いた場所を、他の誰かに譲るつもりはない。
精霊王にも、エルフにも。
そのためにも――
…手つかずだったあそこを、そろそろ調べるか。




