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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十九章/芽生えていくもの
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二人の決意②

リリアンヌ視点



「…君に、無理をして私との婚約を選んでほしくない」

躊躇いがちな声が耳に届いた。



「無理なんて、していません…」

リリアンヌは、ぽつりと答えた。



「君に、私への気持ちがないことは知っている」



「……」


ブライアンのことは、好きだ。



「私と君の好きが違うことは、分かる」

まるで、心の内を見透かされたようだった。



「それでも、君に選んでほしい」



「え、選んでほしいって…」


どうして、こんな話になったのだろう。


私が人族じゃないことを伝えるかどうか話していたはずなのに。



「それに…君にとって、私との婚約は利点がある」

ふっと、目の前の顔が遠ざかった。


ブライアンが手を離し、両手を後ろの草についた。



「…利点ですか?」

自由になった手で、膝を抱え直した。



「王家だけが閲覧を許される書物を、君も読めるようになる」



「禁書のことでしょうか」


風の里で話していたことだろうか。



「そうだ。それに、今よりも発言力が増す」



「発言力…?」



「私の婚約者となれば、王城でも君の意見が通りやすくなる」



「そうなのですか?」

ぱっと、ブライアンに顔を向けた。



「視察として、堂々と城下町へ出向くこともできる」

ブライアンが、ふっと微笑んだ。



「……」

思わず、身を乗り出しかけた。



「貧民区の問題にも、直接関われるな」



「すでに、勝手に関わっています…」

気まずくなって、声が小さくなった。



「そうだな。だが、人手を増やすこともできる」



「……」


貧民区を変えたくても、今の立場では限界がある。


それが、できるようになるのだろうか。



「それに、私は君がどんな人間かをよく知っている」



「そう…ですね」


小さな頃から、いろいろな姿を見られてきた。


もう、隠せるようなところもない。



「君が何を望んでいるのかも、知っている」



「…いつも、ありがとうございます」


理解してくれるどころか、いつも一緒に行動してくれている。


王太子を、散々振り回してきた。



「私との婚約は、魅力的だろう?」

ブライアンが、にやっと口角を上げた。



「…そういう問題ではありません」

また、顔が熱くなってきた。



「そういう問題だ」

そう言って、すっと立ち上がった。



「そろそろ戻ろう。門も、まもなく閉まる」



「え…」



「今すぐ、答えを求めるつもりはない」



「……」

ごく自然に、手を差し出された。



「…ありがとうございます」

その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。



「サイラスの奴は、何をしているんだろうな」

ブライアンはそのまま、階段へ向かって歩き始めた。



「てっきり、この砦ですでに待ち構えていると思ったが」



「…あの、ブライアン…!」

繋いでいた手を、両手でぎゅっと引き止めた。



「どうした」

ブライアンが足を止め、驚いた顔で振り返った。



「その…私、は…」

さっと目を伏せた。



「…私は、ブライアンとの婚約を、断るつもりはありません」


私には、断る理由なんてない。


格好良くて、優しくて、強くて、誰からも愛される理想の王子様。



「それは…さっきの利点とは、関係ありません」


ブライアンの挙げた利点は魅力的だけれど、それだけで婚約を考えているわけじゃない。



「だから、その…」

繋いだ手に、思わず力が入った。



「…ブライアンは、本当にそれでいいのでしょうか」


ブライアンの気持ちは、分かった。


だけどブライアンと違って、私との結婚で得することは何ひとつない。


ただ、余計なことが増えるだけ。



ブライアンと、本当に婚約する。


それがもう、すぐそこまで迫っている。



「……」


「…!」


足元で草を踏む音がして、はっと顔を上げた。


ブライアンがこちらに向き直り、繋いだ手をじっと見つめていた。



「…一度受ければ、断ることはできません」

つられるように、手に視線を落とした。


手が、震えてしまっている。



「本当に…私で、いいのですか」


お互い頷けば、もう、逃げることはできない。



これから先、ブライアンに、私よりもっと好きな相手が現れるかもしれない。


いつか私に呆れて、婚約したことを後悔するかもしれない。



そんな日が来ることが――怖い。



「リリアンヌ」



「はいっ」

慌てて顔を上げた。


ぱちりと、目が合った。



「抱きしめていい?」



「…えっ?」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。



「嫌だと言わないなら、いいな」

繋いでいた手が、そっと離された。


続いて、ブライアンの腕が背中に回る。



「…!」


ふわりと、抱きしめられた。



「すぐ離すから」

言いながら、抱きしめる腕に力がこもった。



「っ…」


すぐ離すって言ったのに。


心臓が、ばくばくと鳴っている。



「ひ、人が、来てしまいます…」

誤魔化すように口を開いた。



「私も…不安だ」

ブライアンが耳元で囁いた。



「…?」



「どうしたら君が私を選んでくれるのか…私の方が、不安だ」



「…ですから、私は」



「結婚するなら、君に私を好きになってほしい」

そっと言葉を遮られた。



「君に、後悔させたくない」



「ブライアン…」

行き場のない手を、そっとブライアンの胸元に置いた。



「…!」

手のひらに伝わる速い鼓動に、思わず指がぴくりと動いた。



「…情けないだろう」

ブライアンが、ふっと自嘲気味に笑った。



「……」


不安なのは…私だけじゃない。


ブライアンだって、同じなんだ。


相手の気持ちが分からなくて…


お互い、未来が怖い。



「私は…ブライアンのことが好きです」

リリアンヌは、ぽつりと呟いた。



「…それは、ロデオ総長やサイラスへ向ける好きと同じだろう?」



「…分からない」


同じ好きだったら…


こんなに緊張しない。


さっき、キリにも抱きしめられたのに。


全然違う。



「…私は、絶対に後悔なんてしません」


私を選ばなきゃ良かった、なんて思われたくない。


こんなに、好きだと言ってくれるブライアンに。



「後悔も、させません」


いつまでも、怖がってばかりはいられない。



「勇ましいな」

ははっとブライアンが笑った。



「…本気です」

つい拗ねたような声が漏れた。



「…そうだな。ありがとう」

ブライアンが、そっと体を離した。


再び手を取り、今度こそ階段を上がっていく。



「分からない、か…」



「何か言いましたか?」


ブライアンが、何か呟いた気がした。



「おい、ブライアン…!」



「!」

上から聞こえてきた怒声に、肩がどきりと跳ねた。



「今すぐ、その手を離せ」

階段の上で、サイラスが仁王立ちしていた。



「…お、お兄様…あっ…!」

繋いだ手を引かれ、ブライアンの方へ体が傾いた。


すっと顔が近づいてくる。



「これからは…遠慮なく君に触れられる」

耳元で、ブライアンが囁いた。



「そう言った」

ふっと笑い、前を向いた。



「てめぇ、こんな時間に何してんだ」



「うるさいな。真剣な話をしていただけだ」

ブライアンは、おざなりに返しながらサイラスの横を通り過ぎた。



「真剣な話をしているなら、こんな顔にならねぇだろ!」

サイラスがすぐに追いかけ、リリアンヌを指した。



「お前こそ、父上に報告へ行ったのか?ロドロスト領で何を手間取っていた」



「手間取っていた…?お前と違って、俺は真面目に仕事をしてきただけだ」



「お前が、真面目に?」



「おい、いい加減その手を離せよ」



「嫌だ。お前は、早く父上のところへ報告に行け」



「てめぇ…あとで覚えてろ」


二人は周りも気にせず言い合いながら、門をくぐっていく。


リリアンヌは顔を真っ赤にして俯き、ただ手を引かれるままについていった。



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