↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十九章/芽生えていくもの
553/559

二人の決意①

リリアンヌ視点



「部屋まで送る」

食堂を出ると、ブライアンが腕を差し出した。



「ブライアン。話したいことがあるのですが…」

差し出された腕に手を添えながら、そっと切り出した。



「それは今がいいのか?」



「はい…」


できれば、王都へ着く前に。


そして、兄がいない間に。



「……」

ブライアンは何も言わず、階段を下り始めた。



「…?」


ブライアンの部屋も、私の部屋も上の階にある。


どこへ向かうのだろう。



「今なら、砦の門も開いている」

首を傾げていると、答えがきた。



「砦を出るのですか…?」


砦の門を出たところには、ガーデラ川へ続く長い階段があるだけだ。


護衛もつけずに、王族二人で砦を出てしまっていいのだろうか。



「ガーデラ川の周りにも、多く兵がいる。問題ない」



「でも…私は、少しだけ話せれば…」



「砦内で話すには、部屋に入る必要がある」

ブライアンが小さく苦笑した。



「…ごめんなさい」


それは、そうだ。


今、二人きりで部屋に入れば、余計な噂が立ってしまう。



「いや…私も話したいことがあった」

ブライアンはそう言って、さらに階段を下りていった。



広間を抜けると、兵たちが敬礼して砦の扉を開けた。


さらに門をくぐり、二人で長い階段を下りていく。



ガーデラ川の周りは、暗かった。


一週間前にはまだいくらかあった天幕が、今はもうどこにもない。



「…ここなら、巡回している兵にも声は届かない」

川縁で、ブライアンがそっと腕を引いた。


川へ向かって緩やかな斜面が続き、足元には短い草が生えていた。



「座ろう」



「こんな時間に付き合わせてしまって、ごめんなさい」

一緒に腰を下ろし、両膝を抱えた。



「いや…構わない」

ブライアンは、じっと川へ視線を向けていた。


その横顔が、篝火の灯りにぼんやりと照らされている。


さらさらと流れる川の音に、時折、篝火の爆ぜる音が混じった。



「…風の里の景色は、どうでしたか?」



「…え?」

ブライアンが、ぱっとこちらを向いた。



「風の里の景色は、素敵だったでしょう?」

リリアンヌは、ふふっと笑って尋ねた。



「…そうだな。空気が澄んでいて、綺麗だった」



「ブライアンは、絶対にあの景色が好きだと思ったんです」


前に、穏やかで綺麗な景色が好きだと話してくれたことがあった。



「…よく覚えているな」

ブライアンは苦笑すると、再び川へ視線を移した。



「ガーデラ川も、綺麗ですね」


昼間とは、まるで違う景色だ。


川面には星空が映り、小さな光がゆらゆらと揺れていた。



「景色の話をしにきたのか?」

困ったように言われてしまった。



「ブライアン。やっぱり、私が人族ではないことを伯父上にお伝えするべきだと思います」



「……」


短い沈黙が落ちた。



「…まだ、言う必要はない」



「でも…人族でない以上、私は誰とも婚約するべきではありません」



「どうしてだ?」



「どうしてって…だって、自分が何者なのか、まだ分かっていないのに」



「君が何者かは、はっきりしている」

ブライアンは川を見つめたまま、きっぱりと言った。



「君は、間違いなくロデオ総長とアヴェリーン夫人の子だ」



「…それは、間違いないことですが」

戸惑いながら、ブライアンを見上げた。



「種族は関係ない。世間から見れば、君は王族だ」



「…でも、伯父上に伝えたら、婚約を延ばすことができるかも」



「それは、君のためにもやめた方がいい」



「…でも」



「逃げないのではなかったのか?」

ブライアンの鋭い視線が、こちらに向いた。



「これからのために、共に調べる。そう話しただろう」



「…逃げているわけではありません」

思わず、視線を逸らした。



「…そうじゃなくて」


逃げているわけじゃない。


…何と言えばいいのだろう。



「…そんなに、私との結婚は考えられないか」



「…!」

体が、びくりと揺れた。



「そんなに、私と結婚することは嫌か」

ブライアンの声が、低くなった。



「違う…!そうじゃなくて…!」

リリアンヌは思いきり首を振った。



「ブライアンに…こんな問題だらけの私と、結婚させたくない…!」


結局、考えていることをそのまま口にしてしまった。



分かっている。


レックスは、私にも婚約者を選べと言った。


でも、あれは――


私がブライアンを選ぶように、という意味だ。



それなら…ブライアンは?


私がそう言われているのなら、きっと同じはずだ。


ブライアンは、優しい。


自分の気持ちを犠牲にしてまで、私との結婚を受け入れようとするだろう。



「…リリアンヌ」



「ブライアンには…幸せになってほしいんです」

俯いて、ぎゅっと目を閉じた。



「ブライアンが好きな人と結婚して、ずっと幸せでいてほしい」


“物語”では、別の人と結婚することになるのだから。


ただ…その相手は、きっともう現れない。


ブライアンもまた、大きく運命が変わってしまった。



ネウロやキリのように、後から特別なちからを得るという未来も知らない。


ブライアンには、何も恩返しすることができない。



それなら、せめて。


私を、選ばないでほしい。


人族でもなく、“枷”を抱えて、いつ異形の存在(ゼノプーパ)になるかも分からないのだから。



普通の令嬢と結婚して、たくさんの子供に恵まれて。


穏やかに年を重ね、天寿をまっとうしてほしい。



「…よく分かった」

ぽつりと、小さな声が落ちた。



「…はい。ですから、王都に戻ったら」



「君に何も伝わっていないということが、よく分かった」



「伯父上に…え?」

きょとんと顔を上げた。



「リリアンヌ。私は、君が好きだ」

ブライアンは、まっすぐに見つめていた。



「私は、君と一生を共にしたいと思っている」



「……え?」


今度こそ、ぽかんと口を開けてしまった。



「私が好きな人と結婚してほしいと願うなら、その相手は君だ」

ブライアンが、そっと手を重ねてきた。



「君を、ひとりの女性として特別に想っている」

重ねた手が、ぎゅっと握られる。



「……」



「もっと早く、はっきりと言うべきだった。君のことが、ずっと好きだった」



「……」



「タッセントで言ったことは、すべて本気だった。君を、誰にも渡したくない」



「わっ、分かったから…!」

慌てて、空いている方の手をブライアンに向けた。



「…?」

手を突き出したまま、必死に頭を働かせる。



ブライアンには、迷惑ばかりかけてきた。


いつも溜息をつかれていたし、まるで保護者のようだった。


一体、私のどこを好きになったのだろう。


…これも、まさか、私のために――



「“枷”があろうと、“ま族”がまだ何か分からずとも、私の気持ちは揺らがない」

ぱしっと、もう片方の手まで掴まれた。



「どうすれば私の気持ちが君に伝わる?」



「…伝わって、います」

どうしても、顔を上げられない。



「本当か?」

ブライアンが、両手を握ったまま身を寄せてきた。


膝に、ブライアンの膝が当たった。


今、顔を上げたら、きっと目の前にブライアンの顔がある。



「伝わりましたから…!」


今が、夜で良かった。


篝火の灯りが赤くて、良かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。