国王への報告
リリアンヌ視点
食堂では、とん、とんとテーブルを指で叩く音だけが響いていた。
その音を、黙って聞く。
「…エルフが、これから各地を巡る予定だ。だから我々を受け入れろ。そうキリに言われたんだな」
テーブルを叩いていたレックスの指が、ブライアンに向けられた。
「ええ。早ければ、一年後には動くと話していました」
ブライアンがこくりと頷いた。
「あの態度にその発言か。舐められたもんだな」
レックスの冷やかな声が、静まり返った食堂に落ちた。
「…伯父上。エルデンもキリも、そんな言い方はしていません」
リリアンヌは、そっと口を開いた。
「エルフたちと話し合って、世に出ようとしているんです。それはいいことなのではないですか?」
「そのキリは一族と和解するなり、お前を放って戻ったわけか。随分と薄情だな」
「違います…!」
かちんときて、思わず言い返した。
「ブライアンが伝えた通りです。キリは――」
「何百年も取り残されたエルフに、今の世のことを教えるんだろ。あいつだって、言うほど馴染んじゃいねぇ」
「キリは、この国のことをよく知っています…!」
「もういい。そう熱くなるな」
軽く手を振ってあしらわれた。
「それより、あいつまで加護持ちになったか」
「…駄目なのですか?」
どうして呆れたような言い方をするのだろう。
「忘れているようだから、言っておく」
レックスは、じろりとリリアンヌに目を向けた。
「精霊を携えているのは、世界で二人しかいない。お前とキリだけだ」
「……」
正確には、アランフォースやビッケのもとへもスノウは行く。
でも多分、そういうことじゃない。
「お前は異形の存在を消しても、本当になんともなかったんだな」
「はい。なんともありませんでした」
リリアンヌは素早く頷いた。
「それに、先ほどもブライアンがお話しした通り、消したのではなくアランフォースが討伐しました」
「…精霊に戻すために異形の存在を囲っていたとはな」
レックスは視線を外すと、くいっとグラスを傾けた。
そのまま、自分で酒を注いでいく。
「確かに、狂った行動だ」
「……」
リリアンヌは、手元のグラスをぎゅっと握りしめた。
ガーデラ砦に戻ってすぐ、ブライアンと一緒にレックスから夕食に呼ばれた。
風の里での出来事は、ブライアンが一通り報告してくれた。
けれど、私が人族ではないことも、
封印された瘴気を消そうとしていることも、
今はまだ、伏せておくことにした。
解決の目処も立っていない。
せめて、何か手掛かりを掴んでから。
仲間たちと、そう決めた。
「だが、いまさら報復するつもりもない」
レックスが平然と言い切った。
「ほ、報復っ…!?」
思わず声が裏返った。
「当たり前だろ。あの長は、お前は帰すと言っていたのにそれを反故にする気だった。お前と二人で交渉した時も、同じような手を使ったと言ったな」
「…それに関しては、私がちゃんと確認しなかったことも悪いです」
「瘴気にやられて正気を失っていたとしても、騙すような真似をしたことは許されない」
「…ですが、何度も謝罪はいただきました。だからといって、許したわけではないとも伝えました」
「お前に許されてもいないのに、エルフどもは世に出ることを選んだ」
「それとこれは、別です」
「別じゃねぇ」
レックスの鋭い目が再びこちらに向いた。
「あいつは嘘をつかずに、お前らを騙そうとした。また同じことをされたら、どうする」
「でも…」
もう、初めて砦に現れた時のエルデンとは全然違う。
キリだっている。
それでも、絶対に大丈夫だと言い切れるだけの言葉が見つからない。
「では、父上はどうするつもりなのですか」
ブライアンが静かに切り出した。
「エルフたちが世に出ることには、反対していないのでしょう?」
「当然だ」
レックスはあっさりと言った。
「エルフの謝罪など求めていない。報復する気もない。その代わり、エルフの名は大いに使わせてもらう」
「使う…?」
リリアンヌはきょとんと目を瞬いた。
「精霊王と繋がったエルフ族が、デューゼの森へ移る。それを公にする。それくらいはいいだろ」
「それに、どんな意味があるのですか…?」
「四百年も姿を消していた種族が、再び世に出る。十分な意味があるだろ」
レックスは言いながら、こちらを指さした。
「ついでに、精霊を見つけ出したのはお前とキリだと広めるか」
「ええ…?」
間違いとは、言えないけれど。
「お前が、隠れていたエルフを引きずり出した。そのくらいは付き合え」
「…これ以上、リリアンヌの名を広める気ですか?」
ブライアンがくっと眉を寄せた。
「王都では、すでにこいつがタッセントとの戦争を止めたことが広まっている。いまさら、ひとつ増えたところで変わらねぇだろ」
レックスは事もなげに言った。
「タッセントの民を救い、戦争を止め、さらに同盟関係を結んだ。そんな話も流れているな」
「…後半は、伯父上がなさったことです」
「それとは別に、もうひとつ噂がある」
「なんでしょうか…」
無視されてしまった。
「お前ら二人が、正式に婚約したという噂だ」
「……」
ブライアンと揃って、ぐっと口を閉じた。
「タッセントで騙ったことは分かっている。だが、それがそのまま王都で広まった」
「……」
まさか、もう王都まで噂が届いているなんて。
「なぜ…今、その話をしたのでしょうか」
ブライアンが静かに尋ねた。
「王都へ戻れば、お前らはその噂に振り回されることになるからだ。こいつの功績について広まっている話は、否定する気はない」
レックスはくいっと顎でリリアンヌを示した。
「タッセントと同盟を結んだのは、伯父上です」
慌てて口を挟んだ。
「その話は、今はいい。もうひとつの方だ」
「……」
まったく良くない。
どうやったって、私が同盟を結べるわけがない。
「王都に戻ったら、早々にお前らの婚約者を決める。分かったな」
「分かりました」
ブライアンがすぐに頷いた。
「…はい」
リリアンヌも小さく返した。
それは、風の里へ行く前から言われていたことだ。
「話は以上だ。報告も、今日はもういい」
レックスは言い切ると、くいっとグラスを傾けた。
随分と飲んでいる。
「…父上。明朝、ガーデラ砦を出立するのでしょう。酒はその辺りにしてはどうです」
ブライアンも、同じことを思ったようだ。
「“二人目”がまだ帰ってきていない。あいつを置いていけば、半年は恨みつらみを言われる」
「……」
レックスはなぜか、兄のことを二人目と呼ぶ。
「ロドロスト領へ行っているのでしょう?三日滞在したとしても、一週間以内には十分戻れるはずだ」
ブライアンが眉をひそめた。
「一体、何をしているのです」
「知らねぇ。だがあいつは、こいつが関わらなければまともに仕事をする」
レックスは答えながら、椅子に深く背を預けた。
「もういい。戻れ」
その言葉を合図に、ブライアンと一緒に席を立った。
「伯父上、おやすみなさい」
二人で、扉へ向かう。
「リリアンヌ。お前の護衛を置いていけ」
扉に近づいたところで、背後からレックスの声が飛んできた。
「…だって」
傍らに立つアランフォースを、ちらりと見上げた。
「…ええ」
アランフォースは小さく頷き、エドガーと共にテーブルの方へ向かった。
「アランフォース、また明日ね。エドガー団長も、おやすみなさい」
「ええ、また明日」
「おやすみなさい」
二人に見送られ、ブライアンと食堂を出た。




