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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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名のない関係

リリアンヌ視点



「朝から呼び立てて、すまない」



「いいえ…何かあったのですか?」

リリアンヌは、そっと尋ねた。



「いや…見ての通り、今日も話し合いをしていたところだ」

エルデンが、ゆっくりと広場を見渡した。



崖の上の広場には、まだ何人ものエルフたちがいた。


崖からふわりと下りる者もいれば、坂を歩いていく者もいる。



「貴女が帰る前に、もう一度話をしたかった」


エルデンの言葉に視線を戻した。



「私も、エルデンに話すことがありました」



「そうか。…ここに座ってくれないか」

昨日と同じ席を示している。


キリと二人、椅子に腰を下ろす。



「リリアンヌ殿」


声を掛けられて顔を上げると、三人のエルフが目の前に立っていた。



「あっ…ええと…目の調子は、どうですか?」



「私は、ヨージャという。貴女のおかげで、すこぶる良好だ」

ヨージャが真顔のまま答えた。



「ふふっ…それは、良かったです」



「昨日は、大変失礼した。精霊王の愛し子に暴言を吐いたと反省している」

また別のエルフが、神妙な面持ちで謝った。



「何も、暴言なんて言われていません」


彼は確か、フレイザだ。


昨日より、どこか雰囲気が柔らかくなった気がする。



「ひとつ…聞いていいか」

三人目のエルフが、不思議そうに首を傾げていた。



「なんでしょうか?」

思わず、一緒に首を傾げた。



「なぜ、貴女たちは共に行動しているのだろうか」



「ん…?キリとのことですか?」



「そうだ。人族の町でも常に共に過ごしていたと聞いた」



「ええと」

ちらりと、キリと顔を見合わせた。



「加護を持っていることが関係しているのか」



「いいえ、関係ないです。あ…初めは、関係あったけれど」


私が加護を持っていたから、キリは私に会いに来た。



「そうじゃなくて…」


言いたいことが多すぎて、逆に答えに困ってしまう。


…簡潔に言うならば。



「…大切な人だから、かな」

リリアンヌは、ぽつりと答えた。



「いつでも、傍にいたいから」



「…恋人同士では、ない」

エルフは、確かめるように二人を見比べた。



「はい、違います」

きっぱりと否定した。



「グレイリル。まだこの世には、お前の知らない関係がある」

エルデンが静かに口を挟んだ。



「家族でも恋人でもない。それでも、かけがえのない存在となる者がいるのだ」



「…私には、一生分からないだろうな」

グレイリルが小さく呟いた。



「そんなことない」

リリアンヌはすぐに首を振った。



「グレイリルも、これから国を巡るかもしれないのでしょう?」



「まずは森への移動が先だが、その可能性はあるな」



「それなら、これからグレイリルにだって、大切な人ができるかもしれない」

ふふっと、目を細めた。



「だって、エルフの一生は長いのだから」


広いこの世界を巡れば。


いつかきっと、そういう存在に巡り会えるはず。



「…変わった人族だな」

グレイリルは、まだ首を傾げていた。



「お前たち、もういいだろう。話が終わったなら戻ってくれ」

エルデンが三人に声を掛けた。



「最後に一言、貴女に礼が言いたかった」

ヨージャが再び口を開いた。



「貴重なちからを我々に使ってくれたことを、感謝する」



「いいえ。力になれたなら、何よりです」



「貴女とは、また会うことになるだろうな」

ヨージャはそう言うと、二人を連れて広場から去っていった。


三人の姿が見えなくなると、エルデンが再び口を開いた。



「出立まで、あまり時間がなくなってしまったな」



「準備はできているので、大丈夫です」


主に準備しているのは、ビッケだけれど。



「先に、私から話そう。…リリアンヌ殿」

エルデンが姿勢を正し、こちらへ向き直った。



「キリは長の座を辞退した。引き続き私が長を務めることを、許していただけるだろうか」

真剣な表情だった。



「許してだなんて…」

言いかけて、ふと言葉を止めた。


違う。


許して、終わり。


それじゃ駄目だ。



「…いいえ。今のエルデンだからこそ、きっと、長が務まると思います」



「…?」

首を傾げ、言葉を待っている。



「長を続けることは、とてもいいと思います。ですが、だからといって、今までのことを許したわけではありません」

少しだけ、声に力を入れる。



「仲間たちをあの洞窟に閉じ込め、命まで奪おうとしたことも、キリを傷つけて、無理やり風の里へ連れ去ったことも」


これだけは、絶対に。



「それは、無論だ。私は、それほどのことをした」

エルデンもきっぱりと返した。



「だけど…私たちは、お互いの痛みを知りました」


自分ひとりの意見を押し通すことが、どれほど危険なことか。


エルデンも、私も。


痛いほど、分かった。



「その経験を乗り越えたエルデンなら、きっと、エルフたちを導けると思うんです」



「経験…」

エルデンが、はっと呟いた。



「あなたが、言っていたことか」



「はい」

リリアンヌは、ふっと微笑んだ。


ここへ向かう前に、エルデンと交渉した時のこと――



「エルデンも、私たちと“一緒に経験して、成長した”んです」



「…成長か」

エルデンは、困ったように微笑んだ。



「八百年も生きてきたが、まだ成長できるとはな」



「は、八百年…」

途端に、ぎしりと体が固まった。



「私は引き続き長を務めるが、今までとはやり方を変えていこうと思っている」

エルデンは構わず、静かに言葉を続けた。



「これからは、エルフ全員で話し合い、物事を決めていく」



「はい。私も、それがいいと思います」



「こういう考えに至ったのも、貴女のおかげだ。リリアンヌ殿。本当にありがとう」



「こちらこそ。大きな決断をしてくださって、ありがとうございました」


まだ一族の意見はまとまっていないと、言っていたけれど。


姿を見せなかったエルフたちが、これからセスランディアの各地を巡る。



また――歴史が変わる。



「それで、貴女からの話とは何だろうか」



「あ…これを、返したくて」

懐にそっと手を入れた。



「見つけた精霊が、ずっと握りしめていたものです」

取り出したものを、エルデンへ差し出す。



「…!」

エルデンの表情が、わずかに強張った。



「これは…恐らく、スーランと呼ばれた精霊のものです」


スミレがころりと渡したものは、指輪だった。


葉の文様が刻まれた、古めかしくも美しい銀の指輪。



「この指輪が、精霊を瘴気から護った」


指輪からは、不思議と聖樹の気配が感じられた。


きっと、どこかに聖樹の一部が使われている。



「…そうか」

エルデンは指輪を受け取ると、じっと目を落とした。



「彼女は…この精霊を護っていたのだな」



「きゃぁぁ」

キリの肩に座るスミレが、応えるように声を上げた。



「何か、思い出したのですか…?」

期待が、わずかに声に滲んだ。



「…いや、思い出していない。何も憶えていない」

エルデンは静かに首を振った。



「憶えているのは、ここ――風の里で、彼女が突然現れた時のことだけだ」



「…もう、精霊のなれの果て(ウァヌスプーパ)となってしまっていた彼女ですね」


二人が、どんな関係だったのかは分からない。


エルデンは、もう忘れてしまっている。



「忘れてしまった私に、彼女…スーランは、必死で言葉を届けた」

エルデンは指輪を見つめたまま、ゆっくりと続けた。



「どうか、愛してくれないか。どうか、また傍にいてくれないか。もう、デューゼの森へは戻れない――と」



「……」


スーランという名前が、何度も記憶を刺激する。


どこかで、聞いた。


違う。


どこかで、見た――?



「私は、それに応えなかった。私には、愛した妻がいた」

静かな声が、耳に届いた。



「深く傷ついた様子の彼女は、あの洞窟に閉じこもり…そして、異形の存在(ゼノプーパ)となってしまった」



「……」

膝の上で、きゅっと手を握りしめた。



スーランの言う「愛して」は――


ただ傍にいたいというだけでは、なかったのだろう。



「彼女が精霊だということだけは分かっていた。だから…戻りさえすれば、私は思い出せると思った」

エルデンはそっと唇を引き結んだ。



「どうしても――彼女を、思い出してあげたかった」



「初めて…聞いた」


ぽつりと聞こえた声に、隣を見上げた。


キリが、わずかに目を見開いてエルデンを見つめていた。



「…お前がまだ、成人したかどうかの頃の話だ。この話を一生、お前にする気はなかった」



「愛した妻が…いた?」

リリアンヌは、ゆっくりと尋ねた。


過去形ということは、エルデンの妻はもう――



「これを産んだ時に、死んだ」

エルデンは、まっすぐキリを指さした。



「えっ」


一瞬、頭がついていかなかった。



「…ええっ!?お、親子…!?」


理解が追いついた途端、声が裏返った。



「…知らなかったのか?」

エルデンは眉をひそめてキリを見た。



「お前が名を教えたと言っていただろう」



「…私は、君が気付いているものだと思った」

キリは、こちらを向いたまま答えた。



「でっ、でも…エルデンって、呼んでた」



「人族のように父と呼ぶことはない。誰もが名で呼び合う」



「そう…なの…」


同じ銀髪で、顔もよく見れば、似ている…気も、しなくもない。



「…親子同士で、仲違いしていたの?」

眉を寄せて、キリを小さく睨んだ。


親子で、斬り合いをしていたなんて。



「血の繋がりは関係ない。一族のひとりとして、長に反対しただけだ」

キリがふいと視線を逸らした。



「これは、もともと異端児だった」



「えっ、そうなの?」

ぱっとエルデンに顔を向けた。



「何に対しても疑問を持つ。すぐ私に反発する。…どこで育て方を間違えたものか」



「へぇ…」



「エルデン。私の話はもういいだろう」



「え、もっと聞きたい」



「舟を出す時間だ。行こう」

キリは、リリアンヌを無視して立ち上がった。



「あと、ひとつ」

エルデンが立ち上がりながら、こちらへ手を伸ばした。



「これは、貴女に渡しておこう」

手の中に、そっと指輪を握らされた。



「こんな大事なもの…!」


受け取ることはできない。



「彼女のことは憶えていなくとも、その指輪に特別なちからが込められていることは分かる」



「…それは、私も感じました」



「それは、瘴気から貴女を護るだろう」



「…でも、それなら余計――」



「持っていてくれないか。私も、貴女にいただいた恩を少しでも返したい」



「……」

手の中の指輪を、じっと見つめた。



スミレを、長い間瘴気から護った指輪だ。


今の私には――これ以上ないほど、必要なもの。



「…この指輪を、お借りします」

そっと、左の人差し指に指輪をはめる。


いつの間にか、首にも腕にも指にも装飾品が増えた。


すべて、かけがえのないものだ。



「必ずこれを返しに、また会いに来ます」



「…分かった。これからは、その機会もいくらでもあるだろう」

エルデンが、ふっと目元を和らげた。



「私たちはもう、隠れることはない」



「そうですね」

リリアンヌは、ふふっと微笑み返した。



エルデンに別れを告げ、キリと二人で広場を後にした。


なだらかな坂道を、のんびりと下っていく。


今日も、大きな風車はゆっくりと回っている。



「この景色も…今日で、最後かぁ」


のどかで、静かで、どこか温かい。


緑の広がる山道には、木造の家々が並んでいる。


大きな樹の下では、エルフが風のちからで枝を揺らして実を落としていた。


桶を手に、放し飼いの牛へ近づいていく者もいる。



「動物たちは連れて行くの?」


どこか遠くから、犬の鳴き声も聞こえる。



「もちろんだ。動物を連れて、北の山脈を越える」



「…それは、すごく大変じゃない?」


北の山脈は、人族では登れないほど険しいのに。



「ちからがあれば、問題ない」



「一気にみんなで向かうの?」



「いや、何度も往復するだろう」



「本当に、大移動だね…」



「何年もかかるだろうな」

キリはあっさりと言った。



「そっか…」



「…数年後には戻る」



「うん。ありがとう」


寂しくなんてない。


たった数年、別行動するだけだ。


もう二度と、会えなくなるわけじゃない。


キリにも、エルフたちにも、また会えるのだから。



「…そういえば」

ふと、足を止めた。



「どうした」

キリも隣で足を止めた。



「…私、嘘をつかせちゃった」

申し訳なくなって、眉を下げた。



「エルデンの名前を知っていたこと。…キリに、嘘つかせた」



『私が彼女にお前の名を伝えた。だから知っている』



「…そんなこともあったな」

キリは何気なくリリアンヌの手を取ると、そのまま歩き出した。



「ごめんなさい…」



「謝ることはない」



「でも…」


エルフは、嘘をつかない。


キリは前に、自分で言ったことを守れなかったと、すごく気にしていた時があった。



「私は、存外嘘をつく」

キリが、前を見たままふっと笑った。



「…ええ?」



「昨日も嘘をついた」



「えっ、そうなの?私に?」



「違う」



「…誰に?」



「他人のためなら、意外と容易に嘘がつけるものだ」

どこか、吹っ切れたような表情だった。



「誰のため?すごく気になるんだけど…」


繋いだ手を、きゅっと握り返してみた。


それでもキリは、誰のために嘘をついたのか、最後まで教えてくれなかった。



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