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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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仲間のエルフが託すもの

キリ視点



ふいにリリアンヌの頭が傾き、髪が頬をくすぐった。


背に回されていた手が、力なく草の上に落ちた。


小さな寝息が聞こえてくる。



「……」

キリは、リリアンヌをそっと両腕に抱きかかえた。



「ホ~」


「きゃっきゃっ」


飛んでいた精霊たちが舞い降り、左右の肩にそれぞれ収まった。



「戻ろう」


風に乗り、ゆっくりと崖から下りていく。


先ほどの窓から部屋に戻ると、ビッケが所在なさげに立っていた。



「…おかえり」



「まだ寝ていなかったのか」



「…何があるか、分からなかったし」



「心配せずとも、無理をさせるような話はしていない」

キリはベッドに近づくと、そっとリリアンヌを下ろした。


ぐっすりと眠っている。


何事もないように同胞たちへ白のちからを送っていたが、体は正直だ。


疲れていないわけがない。



「あ、待って」

ビッケが慌ててリリアンヌの靴を脱がせ、そっと布団を掛けた。



「ごめん…話は聞いてた」

こちらを見ないまま、小さく呟いた。



「構わない」


いずれ、ここにいる者たちにも伝えなくてはいけないことだ。



「しばらくは…会えないんだね」

どこか、寂しげだった。



「…寂しいのか?」


ビッケは、親ともあっさり別れた。


私とは、それほど長い付き合いでもないはずだが。



「…分かんない。オレの中に、寂しいって感覚はあんまりなかったんだけど」

ビッケは誤魔化すように肩をすくめた。



「絶対…リリアンヌに影響受けた」



「…そうだな」

ふっと笑みをこぼし、改めてビッケに目を向けた。



「私のいない間、リリアンヌを頼む」



「うん。あんまり役には立てないけど…」

今度は、自信なさげだ。



「お前は、リリアンヌに頼られている」


なぜ、そんな不安そうなのか。



「…本当?」



「お前がいなければ、彼女は朝も起きられない」



「それは、そうかもだけど」

ビッケが、おかしそうに吹き出した。



「それに、お前といる時が一番自然だ」



「…そうなの?」



「一番、素に戻っている」


喋り方も、表情も、すべて。


ビッケの前では、飾ることがない。



「…そっか」

ビッケは少し俯き、照れくさそうに笑った。



「リリアンヌの些細な変化を、見逃すな」



「些細な変化…?」



「そうだ。お前が誰よりも気付けるところにいる」


ネウロの目が異変を捉えてからでは遅い。


もっと早く、リリアンヌの異変を察知しなければならない。



「それを、他の者と共有しろ」



「…分かった」

ビッケが、こくんと頷いた。



「…頼む」

キリはそれだけ告げると、窓辺へ向かった。


そのまま、ふわりと外へ下りる。


まだ、話しておくべき相手がいる。



地面に降り立つと、建物の陰に佇む男へ歩み寄った。



「悲しませるような話はしないと伝えたはずだ」


こいつもまた、ずっと聞き耳を立てていた。



「気が散って仕方ない」



「だが、泣かせた」

低い声が返ってきた。



「お前に言われる筋合いはない」



「…その通りだな」

アランフォースは、自嘲するように笑った。


その顔を見上げ、口を開く。



「お前が、リリアンヌを護れ」



「…は?」

アランフォースの眉が寄った。



「お前は、護った気になっているだけだ。護り方を間違えるな」



「…俺の、何が間違っているという」

声に怒りが滲んだ。



「それは、お前自身が一番分かっているだろう。以前のお前の方が、遥かにましだ」

キリは淡々と返した。



「護り方を間違えているから、勝手に悩み、弱気になっている」



「……」



「瘴気に耐えることができず、戸惑っているのだろう。私もだ」



「……」

アランフォースは、しばらく黙っていた。



「…今までは、瘴気に近づいても何も感じなかった」

やがて、ぽつりと答えた。



「異形の存在(ゼノプーパ)を討伐してきて…こんなことは、一度もなかった」

その目が、わずかに揺れた。



昨日――全員が、瘴気の影響を受けた。


自分は一族同士で争い、アランフォースは、彼女の目の前でシーシェの腕を斬り落とした。



争うなと言い続けたリリアンヌの言葉が、届かなかった。



「…もう、以前とは同じでいられないのだろう」

キリは静かに告げた。



瘴気は負の感情に反応し、心を強く支配して、やがて虚にする。


感情の起伏が少なければ、それだけ心を乱されることも少ない。


だが今は、互いに守りたいものができてしまった。



「……」

アランフォースは、すぐには答えなかった。



「だが、それでも護れ」



「…当たり前だ」

まだ考え込んでいる。



「お前の今のやり方は、間違っている」



「…どう、間違っている」

今度は、答えを請うような声だった。



「お前は、ただの護衛に徹しようとしている」



「…それの何が悪い」



「護衛に徹することと、彼女を遠ざけることは違う。今のお前は、必要以上に彼女を責め、わざと嫌われようとしている」



「……」



「彼女が、そんなことで嫌いになるわけがないだろう」


もうひとつ。



「心配せずとも、とっくにお前への恋慕はない」


こいつのためにも、そう伝えておくべきだろう。



「護衛に余計な感情は必要ない」

アランフォースは、すっと表情を消した。



「そんなものがあるから、瘴気にあてられる」



「不要だと願えば、お前は消すことができるのか」



「…握り潰すことはできる」



「できていない。そんなことをしても、余計に振り回されるだけだ」


無表情を装っていても、隠しきれていない。


焦燥、不安、怯え――



大切なものを失うことへの、恐怖。



「握り潰すな。乗り越えろ」

キリは、アランフォースをまっすぐに見据えた。



「お前自身の心を護ったうえで、彼女を瘴気から護れ」


今までは、なんとかなった。


だが、あれ以上“枷”が悪化すれば、誰の言葉も届かなくなるかもしれない。


――こいつ以外の。



「リリアンヌを正気に戻せるのは、お前しかいない」



「…それは、俺の役目ではない」

アランフォースは、わずかに目を伏せた。



「お前たちの立場など、私は知らない」


人族の決めた身分や婚約者など、そんなことは一切関係ない。



「お前たちの関係は、そんな薄いものではないだろう」


仲間とも、また違う。


このふたりは、何か別のもので繋がっている。



「……」

アランフォースの目が、ぴくりと動く。



「前のように、ぶつかってでも話し合えばいい。護衛としてではなく、お前自身として」


その感情を、持つべきではないものと決めつけ、無理に押し込めようとしている。


――互いに。



そんな余計なことをするから、肝心な時に間違える。


取り返しのつかなくなる前に、そのことに自分たち自身で気付くべきだ。



「…エルフからの説教か。沁みるな」


以前、レックスにも言われた言葉だ。



「違う。仲間からの助言だ」



「!」



「私のいない間、リリアンヌに何かあったら、まずお前を殺しに行く」

キリは淡々と言い切った。



「…仲間に向ける言葉ではないな」

アランフォースが、ふっと苦笑した。



「アランフォース。本当に…頼む」


時間がないことは、事実だ。


リリアンヌ自身が、人族として生きることを望むのなら。


一刻も早く、瘴気をどうにかする方法を見つけなければならない。



そのためには、どうしてもリリアンヌから離れるしかない。


一番傍にいたい時期に、離れざるを得ない。


この選択を、絶対に後悔したくない。



「当たり前だ」


アランフォースの目に、ようやく鋭さが戻った。



「……」

キリはしばらく見つめた後、再び口を開いた。



「…明日、舟でガーデラ川へ向かう。私はそこで別れる」



「分かった」

アランフォースは頷くと、再び闇に紛れた。



あと、二人。


聞き耳を立てている者たちにも、話をしなくてはいけない。


レックスに伝えてほしいこともある。



キリはその場を離れ、建物の入り口へと向かった。



「…キリ、助かった」


小さな呟きが、風に乗って届いた。



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