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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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孤独なエルフの出した答え②

リリアンヌ視点



ぽたりと、涙が頬を伝った。



「…そんな、駄目」

リリアンヌは、ゆっくりと首を振った。



「私は、デューゼの森で暮らす気は――」



「分かっている。君がどの道を選ぼうとも、私の気持ちは変わらない」



「…長になったら、エルフたちを導かないと」


エルデンを見ていれば、分かる。


エルフたちにとって、長の意見は強い。



「私は長になる気はない」



「!?どうして…!」

思わず、キリの腕を両手で掴んだ。



「きゃぁぁ」

肩が揺れたのか、スミレがずり落ちた。



「あっ…ごめんっ…」



「ホ~」

スノウが羽ばたき、落ちてきたスミレをふわりと受け止めた。


そのまま、すぃ…と崖の周りを気持ち良さそうに飛んでいく。


二人で、その様子を見上げた。



「…もともと私は、一族のもとへ戻る気はなかった」

キリは空を見上げたまま、静かに話し始めた。



「彼らと共に生きることは、この先も、もうないだろう」



「…っ、どうして!」

掴んでいた腕に、ぎゅっと力が入った。



「大切な、同胞でしょう…!?」


長い年月を、ここで一緒に過ごしてきて。


決裂して、再び分かり合って。


それなのに、どうしてまた別々の道を歩もうとするのだろう。



「君の方が、もっとずっと大切だからだ」



「…!」

迷いのない声に、はっと息を呑んだ。



「君の傍にいて、もっと多くのことを知りたい。それが私の望みだ」

キリは顔をこちらへ向け、一言ずつ丁寧に言い切った。



「キリの…望み」



「誰かとの約束のためではない。私自身の意思で、君といたい」



「…っ」

そのまっすぐな眼差しから、逃げるように目を逸らした。



「私はっ…いつか、いなくなる」



「…それは、何十年も先の話だ。そうだな」

念を押すような口調だった。



「そうだとしても…!キリはそのあと、どうなるの…?」


結局、自分が恐れた通りになってしまう。



「私は、キリがひとりになってしまうことに耐えられない…!」



「ひとりではない」

きっぱりとした声が返ってきた。



「…っ…あの子が、傍にいるけれど」

リリアンヌは、ちらりと空を飛び回る精霊たちへ目を向けた。



「そうだ。君のおかげで、私はひとりではない」



「そうだけど…っ」


確かに、スミレがキリに加護を授けて安心した。


だけど、もうエルフたちとも仲直りできた。


わざわざ離れる必要なんて、ないのに。



「それに、そういう意味ではない」



「…どういうこと?」



「一族と共にいなくても、ひとりだとは思わない。彼らとは、もう望めばいつでも会える」



「…一緒に、暮らさなくても?」



「そうだ。今までとは違う」

キリがしっかりと頷いた。



「戻れない、ではなく、戻らない。まったく違う」



「…それでも」

目を潤ませたまま、頑なに首を振った。



「私のことなら、気にしなくて大丈夫だから…」


もしかしたら――私には“枷”があるから、そう言うしかないのかもしれない。


そうだとしたら…無理をせず、今、本当の気持ちを言ってほしい。



「私が気休めを言うと思うか」



「…!」

声が近づき、びくりと肩が揺れた。



「私は、目先のことだけを考えているわけではない」

キリが手を伸ばし、そっと目元の涙を拭った。



「君は、未来のことを考えているか」



「…もちろん」


王都に戻ったら、王族としての仕事が待っている。


城下町で、これからやりたいことも考えている。



「違う。そういうことではない」



「…?」



「人族の男と結婚し、子を成し、次の世代へと繋いでいく。君自身の未来として、考えているか」



「……」


それは…王族としての心得だ。


王族としての使命。


…だけど。



「私は…人族じゃない」


人族じゃない以上…


同じような未来を、選ぶべきではない。



「君は、選べる」

滲む視界の向こうに、真剣な表情のキリが見えた。



「君が望むなら、人族として生きることもできる」



「…どうして、言い切れるの?」


キリは、何を知っているのだろう。



「精霊王の言葉から推測しただけだ」



「私は…選べる…?」


人族として生きていくか。


それとも――



「君がどの道を選ぼうとも、共に歩んでいきたいと思っている」

キリが、改めてゆっくりと告げた。



「だが、どんな道を選んだとしても、その未来は幸せであるべきだ」



「私の…未来」


もし、この世から瘴気が消えて。


二度と、異形の存在(ゼノプーパ)が現れない。


二度と、左肩の傷が痛むことがない。


何も、自分を縛りつけるものがなくなったら。


そんな、未来。



「そのために…今は、君から離れる」

腕を掴んでいた手を、そっと握られた。



「だから君も、その未来に向けて戦うことを約束してくれないか」


まっすぐな言葉が、胸の奥に静かに沈んでいった。



「…っ…」

涙が、止まらない。



自分を思ってくれる人たちがいて。


私の未来を、一緒に考えてくれる。


苦しみさえも、分かち合おうとしてくれる。


それだけでも、十分なのに。



さらに幸せを望んで、本当にいいのだろうか。



「君が他人の幸せを望むように、同じくらい、君の幸せを望んでいる」


握られていた手が、ゆっくりと離れた。


そのまま、背中へ腕が回される。



「リリアンヌ。君は、誰よりも幸せになるべきだ」


そっと引き寄せられ、温かな腕に包まれた。



「うぅ…っ」

堪えきれず、肩に顔を埋めた。



キリが長となり、エルフと共に生きる。


それが、キリにとって幸せでめでたいことだと思っていた。



頭では、分かっていたのに。


心は、全然追いついていなかった。



本当は…ただ、寂しかった。


別れることが、つらくて仕方なかった。



「キリと…一緒にいたい」


私も、同じだ。



「キリと、ずっと一緒にいたい…っ」


大好きな人たちと、大切な時間を過ごしたい。


その中には、いつも必ずキリがいた。



「だから、戦う…っ」


キリが望む、未来のために。


私が望む、未来のために。



「キリがいない間も、絶対、戦う…!」


必ず――また、会う。



「…それが聞けて良かった」


優しい声が、耳元をくすぐった。



『君を、助けに来た』



蝋人形のように無表情だった顔が、いつしか優しく笑うようになった。


不器用に背中を撫でるだけだった人が、何度も抱きしめ、落ち着かせてくれるようになった。


数少なかった言葉も、今ではこんなに増えた。



私の危機に現れたエルフが――


いつの間にか、こんなにも大切な存在になっていた。



「ありがとう…」


キリの背中を、ぎゅっと抱きしめた。


その温もりが、今は無性に愛おしかった。



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