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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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孤独なエルフの出した答え①

リリアンヌ視点



「うわ…!見て、ビッケ!」

リリアンヌは、ぱっと窓を開けた。



「星が…すごく綺麗」


窓の向こうには、数えきれないほどの星が輝いていた。



王都で見る夜空も十分綺麗だけど、こちらの方が空気が澄んでいるからだろうか。


星屑を散りばめたような…天の川のような…


不思議な夜空だった。



「夜は冷えるから、あんまり開けっ放しにしとくなよ」

ビッケは、荷造りをする手を止めない。


あまり興味がなさそうだ。



「これだけ星があるのに…星座って、ないんだよね」

窓枠に頬杖をつきながら、ぽつりと呟いた。



「せいざ?」



「星と星を線で繋いで、何かに見立てるの。たとえば、さそりとか、山羊とか…」



「線で繋いだだけで、山羊になるかよ」

ビッケが、おかしそうに吹き出した。



「そうだよね。確かに、全然山羊に見えなかった」

くすっと、つられて笑った。



「…お前はさ、それ、隠すのやめたの?」



「それ?」


部屋の方へ顔を向けると、ビッケが手を止めて見つめていた。



「お前だけが持ってる知識」



「…あ」


何も考えず、星座の話をしてしまった。


一度心のうちを話しただけで、何でも話していいような気になっていた。


そんなわけないのに。



「…ごめんなさい。酔ったのかも」

曖昧に返した。



「…別に、無理に聞こうとは思ってないよ」

ビッケは何事もなかったように、荷造りを再開した。



「なんでそんなこと知っているのか、聞こうとは思わないけど」



「けど?」



「…仲間うちだけにしときなよ」



「…分かった。ありがとう」


そんな言い方をするということは、今までも知らないうちに、前世の知識を口にしていたのかもしれない。


今まで、なんでそんなことを知っているのかと、一度も聞かれたことがなかった。


それが、すごく嬉しい。



「ビッケ、大好き。すっごい、好き」



「!」

ビッケが、ぱっと顔を上げた。



「私ね、ビッケと一緒にいられて、本当に幸せ」

リリアンヌは窓辺に背をつけ、にっこりと笑った。



「ビッケがね、好きで好きでたまらないの」



「…お前、そんなに酔ってないだろ」

顔をしかめられてしまった。



「酔ってないよ。普段思っていることを、口にしただけ」


ただ、感謝の気持ちを伝えただけ。



「…そういうことを言うのは、オレだけにした方がいいかも」



「仲間も、駄目?」



「絶対、駄目」



「……」


前世の知識は良くて、感謝の気持ちを伝えるのは、どうして駄目なのだろう。



「…あ」

ビッケが、ぴくりと耳を動かして窓へ目を向けた。



「キリが帰ってきた」



「本当?」

リリアンヌはすぐに振り返り、窓から身を乗り出した。


微かに、誰かの会話が聞こえた。



「話し合いが終わったのかな」



「終わったみたいだね」


ビッケには、この会話が聞こえているようだ。



「お前と話すみたいだから、オレ出るね」



「へ?そうなの?」



「私たちが出るから、いい」



「わっ」


窓際に、キリが現れた。



「出るって?」

扉へ向かいかけていたビッケが、振り返った。



「上に行くだけだ」

キリが、リリアンヌに手を差し出した。



「行こう」



「……」

リリアンヌは、ぎゅっと胸元を握りしめた。



「君と、話がしたい」



「…うん」


逃げては、駄目だ。


悪いことなんて、何もない。


悲しいことだって、何もないはずだ。



キリの手を掴むと、柔らかな風に包まれ、ふわりと体が浮いた。


窓を離れた途端、一気に空へ舞い上がった。



「きゃきゃっ」

キリの肩にのるスミレが、嬉しそうに光を膨らませた。



「ええ…っ!」

慌てて、キリにしがみついた。



「飛んでる…!?」



「加護のおかげだ。こんなこともできるようになった」


風に乗って、ぐんぐん上昇していく。


あっという間に、泊まっている建物の屋根が小さくなった。



昼間に訪れた、切り立った崖の上まで飛ぶと、キリはゆっくりと地面に降り立った。


キリから離れ、そろりと崖の縁に膝をついて身を乗り出した。



「…!すごい!風の里が、全部見えるよ」


灯っている明かりは少ないのに、無数の星が里を淡く照らしていた。


静かで、澄んで、どこまでも透き通っている。


涙が出そうになるくらい、綺麗な景色だった。



「私は、ここで育ってきた。デューゼの森にいた時間は、短かった」

キリが隣に来て、崖の縁に腰を下ろした。



「この里が、私のすべてだった」



「デューゼの森へ行くなら…この里は、どうなるの?」



「すべてを片付けて出ていく。ここには、二度と戻らない」



「そっか…」

胸が、ぎゅっと締めつけられた。


もしまた、ここへ訪れるようなことがあっても。


その時にはもう、今のような景色はない。



「…何も悲しいことなどない」

キリが、不思議そうに首を傾げた。



「デューゼの森へ戻れることに、同胞は皆、喜んでいる」



「うん…そうだね。私も嬉しい」


膝を抱え、じっと里を見下ろす。


少し冷たい風が、頬をかすっていった。



「今回の件で、瘴気がどれほど危険なものなのか、私たちは改めて思い知った」

キリが、静かに切り出した。



「精霊王に任せ、瘴気が封印されていることに安心していてはならないと気付いた」



「…そうだね。何があるかは、誰にも分からない」



「一族は森へ戻り次第、瘴気についても調べることにした」



「そんなこと…危険だよ」

リリアンヌは、眉を寄せて隣を向いた。



「危険なことはしない。精霊王から話を聞くだけだ」

キリは、崖の下へ視線を向けたまま言った。



「だが、瘴気を消す方法を見つけるために、できるかぎりのことをするつもりだ」

ゆっくりと、こちらへ目を向ける。



「だから、早まった真似はするな」



「…早まった真似?」



「君自身を犠牲にするような方法は、許せない」



「……」


自分では、犠牲にしているつもりなんてなかった。


けれど、みんながそう言うのなら、きっと間違っていたのだろう。



「…みんなにも言われた。だから、私も改めて方法を考える」


黒のちからを使って、自分や誰かに瘴気を送り込むやり方は駄目。


他に、瘴気を消す方法を見つけ出す。


今度は、仲間たちと一緒に。



「キリ…ごめんね」



「君が謝ることは何もない」



「ううん…たくさんある」

リリアンヌは膝を抱えたまま、小さく首を振った。



「私…ずっと前から、風の里にキリと行きたいと思っていたの」


キリが、エルデンたちと意見を異にして王都へ来たと知った時も。


成人祝いに、ナイフを貰った時も。


それに、スミレがあんな状態で囚われていたことも知っていたのに。



「そのことをもっと早く打ち明けていれば、違う方法もあったかもしれない」


終わったあとに、後悔する。


それだけは、したくないのに。


今回ばかりは、自分を許せない。



「それを君が背負う必要はないが…」

キリは考えるように一度言葉を止めた。



「…そうだな。君はよく喋るが、肝心なことは伝えない」



「はい…」


また説教をされてしまった。



「それでも君は、頼ることを覚えた」

キリは、ふっと微笑んだ。



「出会った頃のことを思えば、成長した」



「…懐かしいね」


“デューゼの森の悪夢”をなんとか防ごうと、躍起になっていた頃。


ひとりで森へ向かおうとしていた頃。



「初めは、君は頼ることすら知らなかった。今は、頼り方を覚え始めている」



「…うん」



「君の周りには、頼れる仲間がいる。そのことを忘れるな」



「……」


ずきんと、胸が痛くなった。


まるで、自分はそこに含まれていないような言い方だった。



「まだ意見は割れているが、一族は再び世に出る方向に動き始めている」



「あ…本当…?」

きょとんとしながらキリを見上げた。


一気に話が変わってしまったけれど。


先ほどの話し合いでは、納得していないエルフたちも多いように見えた。



「私がこの里を去ったあと…エルデンたちは、私を探しに人族の町へ行ったらしい。ずっとここにこもっていると思っていたから、驚いた」

ふっと、キリが思い出すように笑った。



「うん。だからきっと、私が異形の存在(ゼノプーパ)を消した話も知っていたんだよね」



「そうだろうな。だが、それも姿を隠してのことだ。多くのエルフは、四百年もの間、この里に取り残されてきた」

キリの視線が、再び崖の下に向いた。



「今、一族はようやく変わろうとしている。この機を逃すわけにはいかない」

その声に、わずかに力が入った。



「私は、一族の止まっていた時を動かさなければならない。今の時代を、理解させなければならない」



「…うん」


…ああ。


キリは、最初からこの話をするつもりだったんだ。



「私はこのまま同胞たちとデューゼの森へ移り…共に国を巡り、今の世のあり方を教える」



「うん…!」

リリアンヌは、にっこりと頷いた。



「キリなら、それができる」


キリが、長なら。


エルフと人族を結び、未来へと繋げることができる。


これが、キリの言っていた“けじめ”なのだろう。



「キリ、おめでとう。本当に、良かったね」


これでもう、彼がひとりになるような未来は訪れない。



「だが、私が一族と行動するのは、瘴気が消えるまでだ。それまでに、私なりのけじめをつける」



「…え?どういうこと?」


言われたことが、すぐには理解できなかった。



「瘴気を消したら…」

キリが、ゆっくりと顔を上げた。



「この世から、君を苦しめるものがなくなったら――」

その視線が、静かにこちらを捉える。



「その時はまた、君の傍に戻る」


紫の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。



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