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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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一緒に考えること

リリアンヌ視点



「そんな危険なこと…っ」

ブライアンが、小さくテーブルを叩いた。



「封印されている瘴気は…あのデューゼの森を覆うほどあるのですよ」

ネウロが静かな声で続けた。



「洞窟で我々が受けた瘴気など…あれに比べれば、ほんのわずかな量にすぎません」



「そうだね。デューゼの森には、もっとずっと多くの瘴気が封印されている」


異形の存在(ゼノプーパ)の大群が現れるほどだ。


昨日とは、比べものにならない。



「精霊王は、瘴気を消すことはできないの?」

ビッケが、はっとして尋ねた。



「ちからを、取り戻したんだろ?そうしたら、消せるんじゃないの?」



「ううん。オーリア様は…瘴気や異形の存在を消すことはできない」


きっと、近づいたら飲み込まれてしまうから。


だから、封じている。



「瘴気に飲み込まれれば、あなたは、異形の存在になる」

正面から、念を押すような声が聞こえた。



「それを、本当に理解していますか」



「…分かっています」


分かっている。


だけど。



「だけど私は、封印された瘴気を消したい」

リリアンヌは、アランフォースを見つめ返した。


そうすれば、ヌシカに瘴気を送られることもなくなる。


それに。



「オーリア様のちからを信じていないわけではないけど、いつ、あの封印が解けてしまうか分からない」


“デューゼの森の悪夢”は、避けられた。


だけどこの先、何が起こるかなんて分からない。


特に…二年後には、“物語”の本編が始まる。


ザンビア砦の戦いのように、思いもしなかった事件が起きるかもしれない。



「あの瘴気を消す方法があるのなら、私は消したい」


万が一封印が解けた時、あの瘴気を防げる人はきっといない。


――私以外は。


だからこそ、自分が自分であるうちに。



「……」


沈黙が落ちた。



「…君ひとりが、そこまで背負う必要はあるのか?」

やがて、ブライアンがそっと口を開いた。



「…他に解決策が、分からないから…」


自分の負った傷のことだから、という言葉を飲み込んだ。


さっき、ビッケに言われたばかりだ。


みんな、一緒に背負ってくれようとしている。



「そうではないだろう…」

ブライアンが小さく首を振り、額を押さえた。



「……」


何が…違うのだろう。



「瘴気を取り込むのはさ、別に、お前じゃなくてもいいんでしょ?」

ビッケが、ぽつりと言った。



「その封印された瘴気を、オレに送ることもできるんだろ?」



「…!?」

びくっと肩が跳ねた。



「オレ、体頑丈だし。オレに瘴気を送って、お前が白のちからで消せばいいじゃん」



「絶対、嫌…っ!」

リリアンヌは、思いきり首を振った。


もし、失敗したら。


ビッケが、瘴気に飲み込まれてしまったら。


虚ろ人になってしまえば、白のちからでも治せない。



「でも、それが確実でしょ?成人まで待ってくれれば、もう少し体力もつくだろうし」



「そんなこと、しない…!ビッケが苦しむようなこと、したくない!」


どうして、なんでもないことのように言えるのだろう。


洞窟でだって、あれだけつらそうだったのに。



「だから、一緒だって!」

ビッケが、きっとこちらを睨みつけた。



「オレたちだって、お前が苦しむようなこと、してほしくないんだって」



「…!」



「お前は、想像力が足りなすぎるんだよ」

睨みつけるビッケの目が、じわりと潤んでいく。



「当たり前のように、自分を犠牲にしようとすんなよ…!」



「っ…」

ぐっと、言葉に詰まった。



「…犠牲になんて」



「犠牲だよ…!あんなものを自分から取り込もうとするなんて、どうしてそんな考えが浮かぶんだよ!」



「……」


だって、それが一番確実だから。


物語では、黒のちからを使って、封印が解けてしまった瘴気をどんどん体に取り込んでいた。


それでも、最後の最後までは平気だった。


それに私は、白のちからも使える。


だから、きっと大丈夫。



誰にも迷惑をかけず、自分で解決できる。


そう思っていたから。



「そのやり方が間違っているから…精霊王は、周りを頼るよう伝えたかったのでしょうね」



「じゃあ…どうすればいいの…?」

リリアンヌは、ゆっくりとネウロへ顔を向けた。



「瘴気を消さなきゃ…私はずっと、このままでいるしかない…!」


いつ異形の存在(ゼノプーパ)になるか分からないまま。


周りの人たちに、まるで危ないものを扱うように気を遣わせ続けてしまう。


それならデューゼの森に行き、何もかも投げ出して一生を終えた方が、よほどいい。



「デューゼの森へは、行かせませんよ」

すぐにアランフォースの低い声が飛んだ。



「…!」

ぎくりと肩が揺れた。



「必ず、他に方法がある」

ブライアンが、ぱっと顔を上げた。



「瘴気を消す方法を、考えよう」



「…どうやって?」



「それを、これから皆で考える。私たちはまだ、瘴気について十分に理解していない」



「…私には」



「時間がない、か?君が焦る理由は分かるが、だからといって、今すぐ危険を冒す理由にはならない」

ブライアンが、たたみかけるように言い切った。



「それが、正解でしょうね」

ネウロが小さく頷いた。



「“仲間たちと考えなさい”という、精霊王からのお言葉でしょうね」



「…?」


その言い回しを、どこかで――



『自分で、考えなさいってことかな』


『仲間たちと、考えなさいってことでしょうね』



「…!」

リリアンヌは、はっと目を見開いた。



「…今が、その時でしょう」

ネウロが、いつもよりずっと低い声で言った。



「…まだ」



「言ったでしょう。また精霊王に連れて行かれそうになったら、僕は迷わずお伝えすると」



「連れて行かれそうになってない…!」



「…?何の話だ?」

ブライアンが、訝しげに二人を見比べた。



「ネウロ…お願い」



「何が関係あるか、もう、僕には分かりませんから」

ネウロが静かに首を振った。



「僕はね、怒っているのですよ」



「……」



「やっと口を開く気になったと思ったら…あなたは、とんでもないことを考えていた」



「…私なら、できると思ったから…」

気付けば、視線が膝元へ落ちていた。



「ええ、そうでしょうね。あなたは――人族ではないのだから」



「…!?」


ネウロの言葉に、みんなが息を呑む気配がした。



「人族とは違うから、そんな無茶ができると思いましたか。そもそもそんなこと、僕たちが許すと思いましたか」



「ネウロ、待て…どういうことだ?アヴェリーン夫人も…人族だろう?」

ブライアンが、混乱するように口を挟んだ。



「私も…人族のはずだ」



「…傷が、関係しているのかもしれません」

リリアンヌは俯いたまま答えた。



「私は…精霊で、聖樹で、ま族…だそうです」



「…精霊?」


「聖樹…!?」


ブライアンとビッケが同時に反応した。



「ま族…」

アランフォースが、何かを思い出すように呟いた。



「ま族という種族は…この世に存在しません」


調べても、何も分からなかった。


何か知っているとしたら、オーリア様と――



「ちなみに、キリさんはとっくに気付いていましたよ」



「…うん、そうだね」



『君は、不思議な子だ』


『人族とも、エルフ族とも、また違う…』



キリと、出会ったばかりの頃に言われた言葉。


あれは、性格の話だとてっきり思っていた。


だけど多分、違う。



あの頃から、キリは私が人族ではないことに気付いていたのかもしれない。


だとしたら、私は傷を負う前から人族ではなかった。


鑑定で精霊と視えるのは、左肩の傷のせい。


聖樹は、ラジャタ村で混ざったから。



それなら――私は初めから、ま族だったのかもしれない。



「…調べることが増えたな」

ブライアンが小さく溜息を漏らした。



「…でもこれは、瘴気の件とは関係ありません」

リリアンヌは、そっと首を振った。



「無関係とは言い切れないだろう。ネウロの言う通り、どこに手がかりがあるか分からない」



「これは、違う。別のことだから――」



「先ほどあなたは、傷が関係しているかもしれないと前置きしましたよ」

すかさずアランフォースが指摘した。



「……」


また、自分で墓穴を掘ってしまった。



「何族だろうが…やることは、何も変わらない」

先ほどよりも、声が近くに聞こえた。



「あなたが望むことは変わらない。そうですね?」

顔を上げると、アランフォースが身を乗り出していた。



『大好きな人たちと、大切な時間を過ごしたい』



「…はい」


みんなが…


私のために、これだけ必死になってくれている。


怒ってくれている。



私だけが…


その気持ちに、応えていない。



「私は…今まで通り、大好きな人たちとの時間を過ごしたい」

リリアンヌは、ぽつりと呟いた。



「だけど、もう…そのためにはどうすればいいのか、ひとりでは分からない」


“枷”がある限り、他の人と同じようには生きられない。


それでも、まだ王都にいたい。


なのに、もう何度も瘴気に飲み込まれかけている。



自分で考えた解決策も、反対されてしまった。


ま族が何なのかも、分からないままだ。



「協力…してくれませんか」

ゆっくりと、頭を下げる。



「どうすれば、私の望みを叶えられるか…一緒に、考えてくれませんか」


どうすれば、封印された瘴気を消すことができるのか。


消さずとも、封印が絶対に解けないようにする方法はないのか。



もう――ひとりでは、答えを見つけられない。



「…はぁ」



「…!」

聞こえた溜息に、思わず身をすくめた。



「やっと…言ってくれたな」



「…?」

恐る恐る、右に目を向けた。



「やっと、君は人を頼った」

ブライアンが、ふっと微笑んでいた。



「……」



「…禁書でも調べてみるか」



「えっ、禁書?」


そんなものがあるなんて。



「王家しか見ることのできない書物も、多くあるからな。戻ったら、早速確認しよう」



「ブライアン…」



「僕は、この目を使って何か糸口がないか、デューゼの森を調べてみます」



「!」

はっと、ネウロに目を向けた。



「もちろん、これからもリリアンヌ殿下のご様子は、毎日欠かさず確認しますよ」

ネウロが優しく微笑んで言った。



「オレは、あんまりできることないけど。お前に何かあったらすぐ気付けるよう、ずっと傍にいるよ」

ビッケが、きゅっと唇を結んで見上げた。



「…うん」


もう、その気持ちだけで十分だ。



「私は、何もやることは変わりません」

アランフォースは、少しも視線を逸らさなかった。



「あなたを護り、絶対に異形の存在になどさせない」



「…ありがとう」


溢れそうになる涙を、なんとか堪えた。



「みんな、本当にありがとう…」


傍にいてくれるだけでいいと、思っていた。


それだけで、十分だと。



なんて…自分勝手で、独りよがりだったのだろう。


誰かに当てはめて考えてみて、やっと分かった。



私は――ずっと、決めつけていた。


自分の背負うものは、すべて誰にも渡してはいけないのだと。



自分が逆の立場だったら、きっと寂しい。


大切な人が苦しんでいるのに、何も話してくれなかったら。


その苦しみを、分け合うことさえできなかったら。



だけど、もう――


みんなが、一緒に考えてくれる。



それが、こんなにも嬉しいことだなんて。


初めて、知った。



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