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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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自分だけの方法②

ビッケ視点



「何の話…?」

リリアンヌが手を止め、しゃがんだまま目を瞬かせた。


ビッケは、その前に屈み込んだ。



「逃げるなよ。ちゃんと、目を向けなきゃ駄目だ」



「……」



「なんで、お前が考えていることを誰にも言わないの?」



「…私の、考えていること?」



「精霊王が、言っていたこと」


精霊王とリリアンヌが何の話をしているか、さっぱり分からなかった。


でも、それはきっとオレだけじゃない。


二人以外、まだ誰も知らない。



「…それは、私自身のことだから」

リリアンヌが、少しずつ顔を伏せていった。



「違うだろ」



「違わない。まだ駄目だって、オーリア様に言われたし」



「肩の傷のことなんでしょ?オレ、詳しく知らないけどさ。陛下も言ってたじゃん。“俺たちも背負う”って」



「もう…十分、頼ってるもん」


どこか、拗ねたような言い方だった。



「みんなを十分、巻き込んでる」



「巻き込まれてないって」

俯いた顔を、下から覗き込んだ。



「オレたちは、自分の意思でここにいる。自分で決めて、お前の傍にいる」



「…私にとって、それだけで十分」



「オレたちが、十分じゃないんだって」



「…!」

ようやく、目が合った。



「お前がオレたちを頼るのは、いつも他人のことだけ」



『頼り方を、間違えてはいけないよ』


精霊王のあの言葉はきっと、そういう意味だ。



「お前は、自分のことで、一度もオレたちを頼ったことがない」



「……」

リリアンヌは、驚いたように目を見開いた。



「…そんなこと、ない」

しばらくして、ゆっくりと首を振った。



「自分のことで、いっぱい頼ってきた」



「じゃあ、例えば何?」



「昨日だって、服を洗ってくれて――」



「それは、従者としての仕事…!…そうじゃなくて」

つい声が大きくなりそうになって、ぐっと堪えた。


焦っちゃ駄目だ。



「…タッセントまで、みんなついてきてくれた」

リリアンヌは、ぽつりと続けた。



「全部、戦争を止めるためだっただろ」



「…城下町に、手紙を届けてくれた」



「それも、従者の仕事。それに、あれも結局、町のみんなのため」



「…ネウロには毎日、診てもらっている。それは、自分のことでしょう?」



「精霊王が、ネウロに言ったからだろ。お前が頼んだわけじゃない」



「…今だって、みんな、貝殻集めを手伝ってくれてる」



「これを、頼ったなんて言うなよ」

さすがに呆れた声が漏れた。


こいつにとって、貝殻集めまで頼ったことになるのか。



「でも…みんながいなかったら、私は、何もできない」

リリアンヌが、悲しそうに眉を下げた。



「昨日だって…みんながいたから、戻ってこられた」



「それも、お前が言って頼ったわけじゃない」



「それは、言わなくてもみんなが助けてくれるから――」



「お前が、言わないからだろ」



「……」

リリアンヌの瞳が、小さく揺れた。



「例えばさ…オレがお前と同じ傷を持っていたら、どう思う?」

ビッケは、構わずに言葉を続けた。



「オレが、突然瘴気に飲み込まれるかもしれない。オレが、異形の存在(ゼノプーパ)になるかもしれないって、考えて」



「必ず助ける。ビッケから、離れない」

間髪入れずに返ってきた。



「絶対に、解決策を考える」



「…オレたちの気持ち、分かった?」



「…!」

リリアンヌが、はっと息を呑んだ。



こいつに足りないのは、想像力だ。


人のことなら一生懸命考えるくせに、自分が心配されていることには、全然気付かない。


自分を大事にしないことが、どれだけ周りを悲しませているのか。


それを、分かっていないんだ。



「お前がさっき言ってたじゃん。一緒に生きるって、力になることなんだろ?」



「それは…精霊のことを言って」



「違う。誰かを助けたいなら、お前自身が周りを頼れよ。そのままじゃ、オレたちにはお前の言葉は響かない」


恩返ししたいのは、こっちの方なのに。


力になりたいのに。


こいつは、それを受け入れない。



「……」

リリアンヌは、きゅっと唇を結んだ。



「まずはさ…解決策を何か考えているなら、教えてよ」


精霊王との話は、何も分からなかったけど。


それでも、少しは想像できる。


こいつは、瘴気に飲み込まれない方法を考えている。


それはきっと、ひとりじゃできないことだ。



「お前がやろうとしていることを、オレたちに教えてよ」


まずは、そこからだ。



「…分かった」

リリアンヌが、しっかりと頷いた。



「…ひとまず、そこから移動してください」

頭上から、アランフォースの静かな声が降ってきた。



「…あっ」


「やばっ」


二人で、慌てて立ち上がった。


いつの間にか波が足首まで届き、靴もすっかり濡れていた。



「あー…やっちゃったねぇ」

リリアンヌが、くすっと笑った。



「貝殻集めは、どうだ?」

アランフォースの向こうから、ブライアンが優しく尋ねた。



「青は、結構集められたかな」



「赤と桃色も、しっかり集まりましたよ」


いつの間にか戻ってきていたネウロも、リリアンヌと一緒に瓶をかざした。



「……」

ビッケは、申し訳なさそうに眉を下げた。



「ブライアン、もう少しだけ待ってくれますか?」

ビッケの瓶を見たリリアンヌが、慌てて言った。



「靴、乾かすか」

少し離れたところにいたシーシェが、こちらへ歩いてきた。



「えっ、そんなこともできるの?」



「できる」


シーシェも、キリのように風のちからを持っているのだろう。



「じゃあ、お願いします」

リリアンヌが素早く靴を脱いだ。


靴下まで、すっかり濡れている。



「ビッケも」



「オレはいいよ」


どうせ、あとで洗う。



「この上で、待ってなよ」

鞄から手拭いを取り出し、リリアンヌの足元に広げた。



「でも、黄色の貝殻を探せない…」

手拭いの上に乗りながら、リリアンヌが残念そうに言った。



「私が代わりに探してくる」

ブライアンが、波打ち際へ歩き出した。



「オレも探してくる」

慌てて、その後を追った。


そもそも、黄色を集めると言い出したのはオレなのに。



「それは、風のちから?」



「そうだ」



「すごいね。温かい風も操れるなんて」


離れても、リリアンヌとシーシェの会話が聞こえてくる。



「…白の使い手の方がすごい」



「…昨日は、ごめんなさい。痛かったよね…」



「いや…あれは、私が悪かった」


二人して、謝り合っているけど。


腕を斬ったのは、アランフォースだ。


それに、攻撃を先に仕掛けたのはシーシェの方だ。


しかも、あっという間にリリアンヌが治してみせた。


また、自分の責任じゃないことまで背負い込んでいる。



「ビッケ、ありがとう」



「えっ?」

ぴくっと耳を動かし、顔を上げた。



「さすがだな」

目の前に屈むブライアンが、小さく微笑んでいた。



「あのリリアンヌに、口を開かせた」



「…まだ、頷いただけだけど」


まだ、何も聞けていない。



「これは、ビッケ君にしかできないことですねぇ」

両手を合わせたネウロが、隣に屈んだ。



「君の言葉は、まっすぐ届く」

言いながらビッケの持つ瓶に、ざららっと砂ごと貝を入れていった。



「わっ、いつの間に」


瓶の中が、一気に黄色い貝殻でいっぱいになった。



「そうだな。ビッケのおかげで、やっと前に進みそうだ」

ブライアンも手を伸ばし、瓶にいくつもの貝を落とした。



「…一瞬で満杯になった」


耳も鼻も利くはずなのに。


貝殻集めは、てんで駄目だ。



「早く戻って、話を聞こう」


「また殿下が口をつぐんだ時は、頼みますよ」


ブライアンとネウロが立ち上がり、歩き出した。



「……」

ビッケは、手の中の瓶に目を落とした。



貝殻集めは、駄目でも。


自分だけの方法を、見つけられているのだろうか。


ちゃんと、支えられているのだろうか。



「ビッケ、集めてくれてありがとう!」

リリアンヌが、こちらに向かって手を振っている。


いつものように、嬉しそうに笑っていた。



あいつの話が、どんなものでも。


キリが、どんな道を選ぼうとも。


ただ、オレは――



『お前だけの方法で、リリアンヌを支えればいい』



「……」


胸元で黄色に輝く飾りピンを、ぎゅっと握りしめた。



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