自分だけの方法①
ビッケ視点
エルフたちの集まりを離れると、シーシェという男が案内についてきた。
洞窟で、アランフォースに腕を斬り落とされた人だ。
その腕も、今はすっかり元通りになっている。
少し歩いたところで、シーシェが振り返った。
「ここの海は冷たい。泳ぐことはできない」
「あ、いいえ。そうじゃなくて…」
リリアンヌが、くすっと笑った。
「砂浜があるような海岸は、あるかな」
「それなら、里からすぐのところにある」
シーシェが、まっすぐ北の方を指さした。
「歩いたら三十分はかかる。馬を使うか?」
「いいえ。歩いて向かいます」
誰にも聞かず、即答した。
「こっちだ」
シーシェが、再び歩き始めた。
リリアンヌが、小走りでついていく。
「砂浜に行って、何をする気だ?」
ブライアンが、すぐにその隣に並んだ。
「貝殻をね、拾うんです」
リリアンヌが、前を見たまま答えた。
「貝殻って、あの貝殻?」
ビッケは、後ろから思わず尋ねた。
村の湖にもアサリやシジミの貝があるけど、あれの殻のことだろうか。
食べ終われば、ただのゴミだ。
「殻なんて拾って、どうするのです?」
ネウロも同じことを思っているのか、隣で首を傾げていた。
「海の貝殻はね、綺麗なんだよ」
リリアンヌが、くるっと振り返った。
「ね…!」
そのまま、アランフォースへ同意を求めるように笑いかけた。
「…そうですね」
間を置いて、アランフォースが頷いた。
「海に来られることなんてないから、王都のみんなに、お土産に持って帰りたいの」
リリアンヌはふふっと笑うと、また前を向いた。
また、こいつは矛盾したことを言っている。
さっき海に行ったことがないって言ってたのに、海の貝殻が綺麗だと当然のように知っている。
それに、アランフォースが海を知っていることまで。
本人から聞いたとは、あんまり思えない。
リリアンヌは…もしかして、他人の過去が見えるのか?
ネウロの鑑定に似たちからでもあるのだろうか。
それなら、オレの時も納得できる。
突然現れた獣人族のオレを、あっさり受け入れたこと。
オレの村を知っていたこと。
『私は、ビッケのちからを、知っている』
オレのちからまで、知っていたこと。
でも…そうだろうか。
そんなちからがあったら、こいつはもっと器用に生きているはずだ。
こんなに、息苦しそうにしていないはずだ。
リリアンヌに、どこへでもついていく。
そう決めたけど、タッセントでも風の里でも、オレはただドタバタして終わった。
あんまり役にも立てなかった。
まだ――自分なりの方法を、見つけられていない。
なだらかな坂道を、ゆっくりと下っていく。
ふいに視界が開け、目の前に砂浜が広がった。
これが…海。
ザザァァン…と、湖とは比べものにならない大きな波が押し寄せている。
見渡す限り、青い水が広がっている。
舟を降りた時にも感じた匂いが、風に乗って鼻をくすぐった。
「わぁっ…」
砂浜へ、リリアンヌが駆け出した。
そのまま、何かを探すように足元をきょろきょろと見回した。
「…?」
不思議に思って、リリアンヌに近づいた。
「あっ…ビッケ、見て見て!」
ぱっと屈み込み、何かを拾い上げた。
「ほら!」
嬉しそうに、指でつまんだものをこちらに向けた。
桃色の、小さな貝殻だ。
「ほら…こういうのも綺麗でしょう?」
もうひとつ拾い上げたのは、真っ白な巻き貝だった。
「これをね、ジーナが飴を入れてくれるような小瓶に入れると、綺麗なの」
「あ…こういうの?」
ベルトに取り付けた鞄から、小瓶を取り出した。
何かあった時に使えると思って、持ち歩いていた。
「なんで、持ってるの」
リリアンヌが、あはっと笑った。
「リリアンヌ殿下。これとか、どうです?」
後ろで屈んでいたネウロが、五角形の変わったものを持ち上げた。
「あっ、ヒトデだ」
「こんな形の貝もあるのですねぇ」
「貝…なのかな?化石…?」
「おや、リリアンヌ殿下でも分かりませんか」
ネウロが、少し意地悪そうに笑った。
「…本の知識じゃ、分からないものだね」
リリアンヌが、誤魔化すようにはにかんだ。
「石でも、綺麗なものがあるな」
ブライアンがその場で屈み、石を拾い上げた。
青くて、透けている珍しい石だ。
「あっ…シーグラス…!」
それを見て、リリアンヌが目を丸くした。
「石じゃないのか?」
「それは、硝子が長い間、波に揉まれて丸くなったものです」
「へぇ…こんなところに硝子…」
「タッセントから流れてきたのかもしれません」
リリアンヌはブライアンの隣へ寄り、砂をささっと払った。
「あ…!透明のも見つけました」
「…本当に綺麗なものだな」
「はい。ここの白い砂も、貝殻やシーグラスと一緒に瓶に入れたら、綺麗です。でも、この小瓶じゃ足りないなぁ」
「とりあえずここに入れて、戻ってから入れ替えれば」
ビッケは、さらに大きな瓶を鞄から取り出した。
「だから、なんで持ってるの」
また、リリアンヌがおかしそうに笑った。
「リリアンヌ殿下が持っている瓶は、青で統一しましょう」
「じゃあ、ネウロは赤や桃色をお願い」
リリアンヌはビッケから大きな瓶を受け取り、小瓶をネウロに渡した。
「黄色は、どうする?」
「え?」
リリアンヌが、きょとんとしてこちらに振り向いた。
「黄色もあった」
白い貝殻の先だけが、淡い黄色に染まっている。
なかなか綺麗だ。
「瓶はさすがに、もうない?」
「さすがにない」
「ん~…何か、代わりになるものはあるかな…」
「…これは、どうだ」
「!」
シーシェが、腰の鞄から口の広い硝子瓶を取り出した。
中には、少しだけ葉が入っている。
「蓋はないが、使えるか」
葉を取り出して鞄にしまい、瓶を差し出した。
「えっ…使ってもいいの?」
「そのまま、入れ物として持ち帰るといい」
「こんなに綺麗なもの、いいの?」
リリアンヌはさらに驚きの声を上げた。
瓶の表面には、蔓草のような細かな模様が彫られていた。
「…詫びだ」
シーシェが、どこか気まずそうに言った。
フィンもシーシェも、エルデンの後ろにいた四人のうちのひとりだ。
最初はみんな同じ顔に見えたけど、こうして見ると全然違う。
「ありがとう、シーシェ!」
リリアンヌは、嬉しそうに瓶を受け取った。
「じゃあ、ビッケは黄色担当ね」
「分かった」
差し出された瓶を受け取り、軽く袖をまくった。
「面白いくらい、貝殻が出てきますねぇ」
ネウロは、すでにひとりで離れたところまで行っている。
「もう少し、海に寄っていいかな」
「ええ、お気をつけて」
アランフォースに確認して、リリアンヌが波打ち際まで進んでいく。
「いつもジーナに綺麗な飴を貰っているから、お返しに、綺麗な貝殻を詰めて渡したいの」
ジーナは、サムの店の隣にある食堂の娘だ。
「カヤや、ミリセントも喜んでくれるかな」
孤児院の子と貴族令嬢の名前を並べる辺りが、こいつらしい。
「ね、ネウロ!ティナにも、持って帰ろうね」
「ティナは青が好きなので、リリアンヌ殿下、頑張って集めてくださいね」
ネウロが、こちらも見ずに手を振った。
いつの間にか、真剣に貝を探している。
「…よし、私も頑張ろ」
リリアンヌが砂浜に視線を落とした。
じっと、集中している。
こうなると、周りの声も耳に入らなくなる。
足元まで波が押し寄せ、靴底が濡れているのに、何も気にしていない。
あれを洗うのは…大変そうだ。
「……」
ビッケは砂を掴むと、片手でさらさらと瓶の中に入れた。
砂なんて、どこにでもあるのに。
どうして、こんなに綺麗に見えるのだろう。
今まで、気にしたこともなかった。
こんなものを、大切に持ち帰ろうなんて思ったこともない。
ふいに、小さな鼻歌が聞こえてきた。
リリアンヌが、また知らない曲を口ずさんでいる。
あれは、無意識だ。
いつもは、風呂場だけで我慢するのに。
リリアンヌは――
もう、いっぱいいっぱいなんだ。
いろんなことを隠しすぎて、きっと、自分でも何を隠しているのか分からなくなっている。
さっきから、誰も知らないことを平気で喋っている。
無理に笑っていることくらい、分かっている。
昨日はみんなから、叱られたから。
キリのことも、きっと気にしている。
長になるのがどういうことなのか、それくらいオレにも分かる。
考えたくないのか、考えられないのか。
昨日からずっと、大事な話になると避けている。
でも――
それじゃ、駄目だ。
「逃げちゃ、駄目だよ」
「…へっ?」
リリアンヌが、きょとんとして顔を上げた。




