エルフたちとの話し合い①
リリアンヌ視点
「――…アンヌ。…リリアンヌ」
ゆさゆさと体を揺らされ、目を開けた。
「起こしてごめん。だけど、さすがに起きてご飯食べないと」
ビッケの顔が、ぼんやりと見える。
「ん…何時?」
頭も目も、ぼうっとする。
「十二時過ぎたところ」
「そんなに寝てたの…?」
「もう、みんな一階にいる」
「一階…?」
「ここは、風の里」
「…そっか」
身を起こして、眠たい目をこすった。
「まだ、エルデンから呼び出しはないのかな?」
「ないみたい。服は、その掛かってるの着るんでしょ?」
「うん。せっかくだから、借りる」
リリアンヌはベッドから降りて、壁に掛かった服を手に取った。
深緑の服で、厚手の生地だ。
ここは朝晩が冷えるから、ちょうど良さそう。
胸元には、生成り色の糸で葉や蔓の模様が刺繍されていた。
袖が長かったけれど、まくれば問題なかった。
支度を終えて、ビッケと一緒に一階まで下りた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おや、リリアンヌ殿下。おはようございます」
一斉に声を掛けられた。
アランフォースは、外に繋がる扉の脇に立っている。
ブライアンとネウロは、テーブルについてこちらに顔を向けていた。
「おはようございます」
挨拶を返しながら、テーブルへ向かう。
「ええと…キリは?」
まさか、まだエルデンと話し合っているのだろうか。
「昨夜から戻ってきていません」
アランフォースが答えた。
「そっか…」
「とりあえず、食べなよ」
ビッケが食事を運んできた。
「ありがとう」
椅子を引き、ブライアンの隣に腰掛けた。
ホワイトシチューだ。
良い匂いがして、お腹が小さく鳴った。
そういえば、一日以上何も食べていない。
「…ゆっくり休めたか?」
隣から、ブライアンが静かに尋ねた。
「はい。起きたらこんな時間で、びっくりしました」
いただきます、と小さく呟き、シチューを口に運んだ。
「…美味しい!」
とろりと濃厚で、ほんのり甘みがある。
ごろごろ入っている野菜も、どこかで育てているのだろうか。
舟で出た食事も、かなり美味しかった。
エルフたちは、意外と料理上手なのかもしれない。
「いいですねぇ、エルフの服」
頬杖をつくネウロが、ふふっと目を細めた。
「よく似合っていますよ」
「ありがとう。着心地がよくて、暖かいの」
これなら、マントを羽織る必要もなさそうだ。
「ここは北の海が近いわりには、そこまで寒くはないな」
ブライアンが何気なく話題を広げた。
「そうですね。タッセントのように、雪解けの頃には寒さも和らぐのでしょうか」
答えながら、またぱくりとシチューを食べる。
肉がほろりと口の中でとろけた。
「…ん?海が近いの?」
ビッケが水差しとコップを運びながら、ふと首を傾げた。
「ああ…そうか、気付かなかったか。ガーデラ川を北へずっと進むと、北の海に出る。舟に乗っていた時間からして、とっくに海へ出ていたはずだ」
ブライアンが答えた。
「へぇ…じゃあ、舟から降りた場所って、海だったんだ」
「ビッケは、海は初めてか?」
「うん。なんか変な匂いがするなって思った」
「確かに、独特な匂いがしたね」
リリアンヌは、くすっと笑って話に混ざった。
潮の匂いのことだろう。
「その言い方ですと、ブライアン殿下は初めてではないのですか?」
ネウロもそっと会話に加わった。
「ああ。従騎士だった頃、遠征で南の海へ行ったことがある」
「へぇ…!そうだったのですね」
そういえば、元水上特別隊だった。
「君は、海は初めてだな」
「はい、もちろんです」
前世では何度も見てきたけれど。
「でも、舟から降りた時は、あまり周りを見られなくて…」
…海。
それなら、砂浜もあるだろうか。
「エルフがこちらへ向かってきています」
アランフォースの声に、そちらへ顔を向けた。
昨日のように、入り口を見ている。
しばらくして、音もなく扉が開いた。
「長のところへ」
昨日ここまで案内してくれたフィンだった。
慌てて残りのシチューを食べきって、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
リリアンヌが席を立つと、ブライアンもネウロも立ち上がった。
みんなでフィンの後に続く。
…分かっている。
みんな、あえて昨日の話を避けてくれた。
今はそれが、すごくありがたかった。
外は、穏やかな陽気だった。
日差しは温かいのに、吹き抜ける風は涼しい。
空には鳥が舞い、ゆったりと里の上を飛んでいた。
こんなところを大鷹に乗って飛んだら、とても気持ちよさそうだ。
緑が生い茂るなだらかな上り坂を、フィンは淡々と進んでいった。
離れたところでは、牛や馬が繋がれることなく草を食べている。
辺りは静かで、エルフたちが家の中にいるのか出かけているのか分からない。
動物たちの鳴き声だけが、里に響いていた。
歩いているうちに、いつの間にか風車がずっと下に見えるようになっていた。
坂道は、まだ先へと続いている。
もしかして、遠くからでも見えた、あの切り立った大きな崖の上に向かっているのだろうか。
ふと、正面に顔を向ける。
「わっ…!」
思わず、声が漏れた。
崖の上には、大きな広場が広がっていた。
いくつも並んだ木の椅子や芝生の上に、エルフたちが腰を下ろしている。
みんな、崖の方に向かって座っていたようだ。
その全員が振り返り、じっとこちらを見ていた。
昨日の洞窟前で見たより、もっといる。
ぱっと見る限り、子供も老人の姿もない。
見た目だけでは、さっぱり年齢が分からない。
思ったよりも女性がいたことに驚いた。
崖を背にして座るエルデンが、すっと手を上げた。
「リリアンヌ殿、こちらへ」
隣には、キリがいた。
エルデンは、二人の間に置かれた椅子を指している。
全員が座っているのに、なぜかキリだけが立っていた。
「はい…」
ゆっくりと、エルフたちの間を抜ける。
どこからも視線を感じて、なんだか落ち着かない。
椅子まで着くと、キリも一緒に腰を下ろした。
「後ろに」
キリの言葉に、仲間たちが背後へ並んだ気配がした。
「リリアンヌ殿、供の方」
エルデンが、改めてこちらに目を向けた。
「あの場に閉じ込めたばかりか、命を奪おうとまでした。何度謝っても足りない。本当に申し訳なかった」
そのまま、頭を下げた。
「…!」
止めようとして、言葉を飲み込んだ。
みんなが苦しんだことまでは、絶対になかったことにできない。
「…謝罪は、受け取りました」
なんとか言葉を絞り出した。
「みんな…無事で良かったです」
「貴女は、本当に精霊を見つけてみせた」
エルデンは顔を上げると、まっすぐにこちらを見た。
「風の里の場所のことも、精霊王から聞いたのだろうか」
「……はい」
またひとつ重ねてしまった嘘に、胸がずきりと痛んだ。
「私たちは、あまりにも長くこの里に閉じこもっていた」
エルデンは気にせず、静かに続けた。
「時代が変わり始めていることに、気付けなかった」
「じ、時代が…?」
そんな大きな話なのだろうか。
「大きな変化だろう。この世を創った精霊王が、再びちからを取り戻した」
「…この世界は、オーリア様が創られたのですか?」
そっと身を乗り出した。
確かに、聖典にはそう書かれていた。
だけど、それが本当かは分からない。
人族は、真実を知らない。
「精霊王から直接聞いたことはない。だが、三千年以上前、この世界はあるひとつの種族と共に創られた」
エルデンはあっさりと答えた。
「他の種族は、おまけのようなものだ」
「……」
ひとつの種族は、きっと精霊のことなのだろう。
世界の創世について聞けるなんて、すごい話だ。
作り話なんかじゃない。
本当にあったことだ。
「それを忘れた人族が愚行を重ね、世の理を壊した。我々は…もう、諦めていた」
エルデンの表情が、わずかに険しくなった。
「精霊王が消えれば、この世界も消える。我々は、ここで静かに終焉を迎えるつもりだった」
「…?」
“物語”では、異形の存在となったオーリア様を倒したあとも、世界は続いていた。
明るい未来とは言えないけれど、消えたわけではなかった。
「私たちは、再び動き出すことを決めた」
エルデンは、きっぱりと告げた。
「すぐにでも、精霊王のもとへ向かう」
「!風の里から、デューゼの森へ越すということですか?」
「そうだ」
「それは…オーリア様も、とても喜ばれると思います」
リリアンヌは、そっと目を細めた。
「精霊たちも、きっと喜びます」
あの綺麗な森で、エルフたちと精霊が一緒に暮らす――
ナナたちの笑顔を思い出して、胸がじわりと温まった。




