↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
540/559

エルフたちの転機

キリ視点



「本当に、すまなかった」

隣に座るエルデンが、深々と頭を下げた。



昨夜から、何度この言葉を聞いただろう。


二人で夜を徹して話し合い、朝を迎えた。


今度は、一族を前にして謝罪を繰り返す。



「長い間…私は、大きな思い違いをしていた」

顔を上げ、静かに続けていく。



「我々は、いつまでもこの地に身を隠している場合ではなかった。もっと世の流れに目を向けるべきだった」



「……」


向かいに座るエルフたちは、何も言わない。


ただ、じっと長の言葉を待っている。



昨日、何が起きたのか。


長は、一族の前で説明した。



エルデンが、リリアンヌにしたこと。


異形の存在(ゼノプーパ)と共に、精霊が囚われていたこと。


精霊王が、エルフたちに言ったこと。


エルデンは時間をかけ、すべてを伝えた。



「我々は、もう一度世に出るべきだ。今度は姿を隠さず、エルフとして」

エルデンは、ゆっくりとエルフたちを見渡した。



「この地に生きる者として、世と関わっていくべきだ」



「ひとつ、いいか」


ふいに、エルデン以外の声が上がった。


こうした集まりで、長以外の者が口を開くのは初めてのことだった。



「…ヨージャ、なんだ」

間を置いて、エルデンが促した。



「精霊の加護を持つ者については、理解した」

ヨージャが、低い声で続けた。



「デューゼの森に再び住めることも、喜ばしい」


ヨージャはエルデン同様、八百年近く生きている。


数々の戦いを経験してきた、老練な戦士のひとり。



「だが、世に出るということは、人族とも関わりを持つということだろう」

それまで無表情だった顔が、険しく歪んだ。



「精霊を消した愚か者どもに、なぜ自ら関わる必要がある」



「…精霊を消した者たちは、四百年以上前の人族だ」

エルデンが、静かに返した。



「だから今の人族は違うと言うのか?何も変わらないだろう」

ヨージャが、自分の潰れた左目を指した。



「あいつらは、また同じことを繰り返すだけだ」



「デューゼの森へ行くだけでは駄目なのか」


また、別の者が声を上げた。



「なんだ、フレイザ」

エルデンが、そちらに顔を向けた。



「デューゼの森へ行き、精霊王や精霊たちの力になる。それだけでは駄目なのか」


フレイザもまた、七百年以上生きてきたエルフだ。



「それでは、各地で精霊を探すことができない」



「加護を持つ者が探すことができるのだろう。任せてはどうだ」



「我々の命は、精霊のためにある。精霊を探すことは、オーリア様からの使命だ」

エルデンが鋭く言い返した。



「我々の命は、人族に殺されるためにあるわけではない!」

フレイザが、声を荒らげた。



「何を…当たり前のことを」

エルデンが眉をひそめた。



「人族に我々の姿を見せれば、また殺し合いになるに決まっている」



「フレイザの言う通りだ。人族は、自分のことしか考えていない」

また別のエルフが割り込んだ。



「人族を、精霊に一切関わらせるべきではない」



「加護を持つ者は、人族と共に暮らしている。関わらせないことは無理だろう」

エルデンが、すぐにそのエルフに反論した。



「精霊王の愛し子なのだろう?共にデューゼの森へ来ればよい」



「…グレイリル、言っただろう。精霊王が、まだ彼女はデューゼの森へ来るべきではないとおっしゃったのだ」

エルデンの小さな溜息が落ちた。



精霊王の言葉すら――届かない。


それほどまでに彼らは、人族を恨んでいる。


心が、憎しみに囚われている。


このような状態で瘴気に近づけば、彼らはすぐに虚ろ人となるだろう。


…瘴気。



「…エルデン」

キリは、ほとんど声を出さずに呼びかけた。



「……」

隣に座るエルデンが、ちらと視線を向けた。



「彼らは、あの洞窟に行ったことがあるか」



「無論だ」



「皆、瘴気にあてられている」



「…そうだな」

エルデンが小さく頷いた。



「昨日までの私と、同じ状態だ」



「……」

キリは再び口を閉じ、エルフたちへ視線を巡らせた。



長い年月をかけ、彼らは、知らぬ間に瘴気に蝕まれていた。


本人たちですら自覚できないほど、薄く、ゆっくりと。


誰も――気付かなかったのか。



「…質問をしていいか」


後方に座る女のエルフが、手を上げた。



「どうした、セシラ」

エルデンが、前へ向き直った。


セシラが立ち上がり、じっとこちらに視線を向けた。



「キリは、今まで人族の住むところにいたのだろう。お前は、どう思ったのだ」



「……」


セシラも、精霊狩りを経験していない。


彼女は、人族を昨日初めて見たはずだ。



「実際に見てきた、お前の話を聞きたい」

セシラが、言葉を重ねた。



「…昨日、お前は初めて人族を見て、どう感じた」

キリは、逆に尋ねた。



「…警戒している者はいたが、誰からも殺意や敵意は感じなかった」


昨日、案内した時のことを思い出しているのだろう。



「少なくとも、殺し合いが始まるような雰囲気は一切なかった」



「それは、お前が昨日、洞窟の中にいなかったから言えることだろう」

同じく後方に座る若いエルフが、セシラに食ってかかった。



「シーシェ。それは、私の指示なしに人族を攻撃したお前が悪い」

エルデンがすぐに指摘した。



「……」

シーシェが、斬られたことを思い出したかのように、腕をさすった。



「セシラが昨日感じたことと、私がこれまで人族と関わって感じてきたことは、同じだ」

キリは、静かにセシラへ返した。



「私がエルフだという理由で、殺意を向けてくる者はいなかった」


…敵意を感じたことは、いくらかあったが。



「ただし――」



「精霊狩りが行われていた頃も、それは同じだった」

ヨージャが、鋭く遮った。



「多くの者は、自分の意思に関係なく攻撃をしてきた。彼らは、命令されただけだった」

残る片目で、こちらを睨みつける。



「いつの時代も、愚かな者が必ず人族の長になってきた。そうした者が上に立ち、弱き者がそれに従う」

フレイザが、同調するように続けた。



「それを繰り返しているだけだ。何も変わらない」



「変わらないのは、我々の方だろう…!」

気付けば、立ち上がっていた。



エルフたちが、一斉に顔を上げた。


こちらを見つめるエルフたちを、ゆっくりと見渡していく。



「確かに人族は、弱い者が多い。ひとりでは何もできず、すぐに誰かと群れようとする」


家族、恋人、友人、仲間。


繋がりに名を付け、安心したがる。



「短命だというのに、無駄なことに時間を費やし、無駄な感情に振り回される」


嫉妬、嫌悪、失望、執念。


かつての自分には、無縁だと思っていた感情。


身分や立場を気にして、勝手に縛られている。


余計な掟を作り、勝手に忙しそうにしている。



「だが、彼らはその中で成長し、変わることができる」


無駄だと思っていた行為を重ね、感情に振り回されながら、彼らは強くなる。


縛られた環境で、悩み考え、少しずつ変わっていく。



そしてそれは――自分自身もだ。



「人族と直接関わり、やはり駄目だと感じるならそれでもいい」

キリは、ヨージャたちの方へ目を向けた。



「だが何もせず、人族は殺し合うものだと決めつけて動かなければ、我々はいつまでも変わらない」


それでは、ここに隠れていた四百年と何ら変わらない。



「エルフも、成長し変わるべきだ」


この世には無駄で、くだらない感情が多くあることを。


そして――その感情が、自分自身にもあることを。



エルフたちは、知るべきだ。



「お前は…それを、彼女から学んだのだな」



「……」

キリは、ゆっくりと隣へ顔を向けた。



「彼女と行動し…お前は変わったのだな」

エルデンが、静かに言葉を重ねた。



「そうだ」


誰かを、愛おしいと思う気持ち。


誰かの幸せを願う気持ち。


誰かと、一緒にいたいと思う気持ち。



それを教えてくれたのは、


いつでもリリアンヌだった。



「彼女…?」

グレイリルが小さく首を傾げた。



「…フィン。リリアンヌ殿を呼んでこい」


エルデンの言葉に、フィンが広場を去っていった。



「彼女とは、精霊の加護を持った者のことか?」



「ここでいつまでも話し合っているより、今の人族がどういうものか、直接見た方が早い」

エルデンは、皆を見渡したままグレイリルに答えた。



「それが、我々の一歩目だろう」


その言葉が、重く広場に響いた。



一歩目を踏み出すのに――四百年かかった。


頑なだったエルフたちも、ようやく変わり始める時がきた。



「そして、その一歩目と共に――」


エルデンの視線が、こちらを捉えた。



「導く者もまた、代わるべきだ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。