焦れる男たち
ブライアン視点
「…リリアンヌ、もう寝ちゃった」
階段から下りてきたビッケが、気まずそうに告げた。
「相当疲れてたみたいだからさ…オレも止めなかった」
「…そうか」
ブライアンは匙を置き、そっと息を吐いた。
「ビッケ、君も食事をとった方がいい」
「うん。だけどまず、やることやってくるよ。服も洗いたいし」
ビッケはそう言って、再び階段を上がっていった。
「…丸一日以上、何も食べずにですか」
正面に座るネウロが、ぽつりと言った。
「せめて、部屋に運んであげた方が良かったでしょうかねぇ」
そう呟くと、シチューをひと匙すくって口に運んだ。
「…そうだな」
気まずくさせたのは、私だ。
さすがに今日は、これ以上追及するつもりはなかったが。
ネウロの隣に座っていたアランフォースが、ふいに立ち上がった。
そのまま、椅子に立てかけていた大剣を手に取る。
「アランフォースさん、どこへ行くのですか?」
「周囲を見回ってくる。そのまま、朝まで見張りをしておく」
「さすがに、不寝番は要らないんじゃないですか」
「お前は、気にせず休めばいい」
「アランフォース、私と交代で」
「ブライアン殿下も、気になさらず。私ひとりで十分です」
「旅の間は、あなたが上司でしょう」
ブライアンは眉を寄せて反論した。
「これは旅ではありません。任務です」
アランフォースは目も合わせずに答えた。
「……」
この、頑固者が。
「とはいえ、アランフォースさんは舟でも寝ていないでしょう。さすがに、きつくはありませんか?」
ネウロがそっと尋ねた。
「数日は眠らなくても平気だ」
「……」
二人とも反論を諦めた。
「二人はどうぞ、休んでください」
アランフォースは大剣を背負い、入り口に向かっていった。
静かに扉が閉まる。
「…本当に、人間なのか」
とうとう、口に出してぼやいた。
「まあ…分からないでもありませんけどねぇ」
ネウロが、ふっと苦笑した。
「何かしていた方が、きっと気も紛れるのでしょう」
「……」
それ以上は何も言わず、食事に戻った。
あの人なりに、思うところがあるのか。
先ほどリリアンヌが謝罪した時も、真っ先に口を開くと思ったが。
彼は、最後まで何も言わなかった。
「…難しいですね」
ふいに聞こえた声に、顔を上げた。
「責めているつもりはないのに、あんな顔をされてしまうと、何も聞けなくなってしまう」
ネウロは、じっと食事に目を落としていた。
「どうすればいいのでしょうね。僕には、とても彼女から話を聞き出せそうにありません」
その表情は、どこか寂しそうだった。
「……」
「とにかく今日は、僕もゆっくり休ませていただきますよ」
「…ああ、そうだな」
そのあとは言葉を交わすこともなく、二人で黙々と食べ進めた。
簡単に食器を片付け、ネウロと別れた。
割り当てられた部屋の前まで来たところで、ふと思い出した。
先ほど案内してくれたエルフが、浴室があると言っていた。
久しぶりに、ゆっくりと湯に浸かりたくなった。
踵を返し、廊下を進んだ。
木の香りが漂う、広々とした浴室だった。
窓の向こうに、夜空に輝く月が見えた。
湯気の立つ浴槽に、ゆっくりと身を沈める。
温かくて、気持ちいい。
耳に残る不快な声も、胸の内にくすぶる苛立ちも、疲れと共に流れていく。
そういえば…彼女は、無類の風呂好きだった。
「ふっ…」
ラジャタ村でのことを思い返し、ひとり笑った。
リリアンヌは、昔から不思議な子だった。
よく会っていたのは、彼女が二歳から三歳くらいの頃か。
まだ言葉もたどたどしい年頃だというのに、随分と大人びていた。
そうかと思えば、笑い、歌い、駆け回り、乳母や侍女を困らせていた。
三年の眠りから目覚めたあとの彼女もまた、自由奔放だった。
それは、今も変わらない。
変わらないが――
今はその自由さすらも、何かを隠すための振る舞いなのではないかと疑ってしまう。
奔放に見せかけて、何かに縛られているのではないか。
それは一体、何なのか。
リリアンヌは…明らかに、多くのことを知っていた。
風の里の場所も、
エルデンの名も、
異形の存在が洞窟にいることも、
そこに、精霊が囚われていたことも。
そして――その精霊が、キリに加護を授けるだろうということも。
ネウロの時と、同じだ。
リリアンヌは、ネウロが千里眼のちからを持つことを、初めから知っていた。
彼女が何を知り、何を抱えているのか分からない。
だから、何も力になれない。
核心に触れる話をしようとすると、思い詰めたような顔をする。
婚約の話を切り出した時もそうだった。
相手が自分かどうかという以前に、“枷”を気にしていたのかもしれないが――
言いたくないのなら、無理強いする気はなかった。
ひとつずつ、ゆっくりと知っていければ――そう思っていた。
だが。
『オーリア様。今の私では、どうでしょうか』
『まだ…足りないのでしょうか?』
今度は――
何を考えている。
こればかりは、聞かないわけにはいかない。
もう、“その時期”は終わった。
何も知らないままでは、彼女を護れない。
待っている場合ではない。
“掴んでくる”と、父と約束したのだから。




