重なる説教
リリアンヌ視点
空を飛んでいた精霊たちが、リリアンヌの手のひらに舞い戻った。
「お帰り」
「きゃぁ~」
スミレが、何かをころんと手のひらに落とした。
「…?」
「きゃきゃっ」
「…あ、戻りたいのかな」
キリを指さしている。
スミレを、そっとキリの手に戻した。
何気なく、スミレの落としたものを懐にしまった。
スミレはキリの肩まで駆け登り、ちょこんと腰掛けた。
そこが定位置になったらしい。
「リリアンヌ殿」
立ち上がったところへ、エルデンがやってきた。
「今までの数々の非礼を詫びる。許してくれ」
そう言って、頭を下げた。
後ろのエルフたちも、それに倣った。
「……」
今は、簡単に答えてはいけない気がした。
「身勝手な願いだとは承知している」
エルデンは顔を上げると、改めて口を開いた。
「貴女と、話がしたい。風の里へ来てくれないか」
「…!」
「貴女たち全員を歓迎する」
「……」
リリアンヌは、ようやく後ろを振り返った。
「…彼は、最初から嘘だけはついていないんですよねぇ」
ネウロが首を傾げて呟いた。
「…まだ、話し合う必要はあると思うが」
ブライアンが、ちらりと隣に目を向けた。
「……」
アランフォースは、静かに目を伏せていた。
「…あの、アランフォース」
「…リリアンヌ殿下が、望む通りにされるべきです」
「!」
「一週間の期限までは、まだ時間があります」
「…はい」
アランフォースから目を離し、再び前を見た。
「全員を、歓迎してくださるのですよね?」
「全員だ。攻撃することは二度とない」
エルデンはきっぱりと答えた。
「では、行きます。お邪魔させてください」
リリアンヌは、小さく頷いた。
みんなで、風の里へと戻っていく。
行きはあんなに遠く感じられたのに、周りを眺めながら歩いているうちに、あっという間に着いてしまった。
それでも里に着く頃には、陽が傾いていた。
夕陽に照らされた大きな風車が、ゆっくりと回っている。
家々に灯りがともり、どこからか牛の鳴く声が聞こえていた。
風車に近づいたところで、エルデンが足を止めた。
「今日は、ゆっくり休んでくれないか」
言いながら、エルフたちの方を振り返った。
「フィン、セシラ」
呼ばれた二人のエルフが、すぐにエルデンへ並んだ。
ひとりは、女性だった。
「この二人が、泊まる場所まで案内する。明日、改めて話をしよう。それまでは、ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
礼を言い、二人のエルフの後を追った。
フィンとセシラは、ゆるやかな丘を上がっていった。
その先に、横長の木造りの家がぽつんとあった。
煙突が屋根から伸び、窓からは暖かな灯りが漏れている。
中に入ると、すぐに広い食堂のような場所に出た。
中央には大きな木のテーブルが置かれ、壁際には暖炉もある。
フィンがブライアンたちに声を掛け、食堂の奥にある扉を開けた。
「こっちが寝室だ。廊下の突き当たりには浴室がある」
廊下を指して説明していく。
「貴女は、こっち」
セシラが、二階へ続く階段を上がっていった。
キリとビッケと一緒に、その後に続いた。
「キリは、どこに泊まるの?」
隣を歩くキリに、何気なく尋ねた。
「ここを使う」
「そうなの?キリの家は?」
もしかして、ここはキリの家だろうか。
「…もう、ない」
「……」
ぎゅっと眉を寄せ、キリを見上げた。
「…ちゃんと、エルデンと話し合ってね?」
まだ、二人は何も話していない。
もう斬り合うようなことはないだろうけれど、仲直りもしていないように見えた。
「分かっている。このあと向かう予定だ」
キリは前を見たまま答えた。
「あれだけでは、君に償ったとは言い難い」
「えっ、そうじゃなくて」
「貴女は、この部屋を使って」
前から聞こえた声に、はっと顔を上げた。
セシラが、丸い窓のついた扉を開けるところだった。
屋根裏のような部屋だ。
斜めに伸びる太い木の梁が、天井を支えている。
低いベッドが置かれ、その奥にはなぜか女性ものの服が掛けられていた。
どこか温かみのある部屋に、ほっと肩の力が抜けた。
「この部屋にあるものは、自由に使って構わない。一階とは別に、ここにも風呂がある」
「この服も使っていいの?」
「構わない」
「…お風呂まで?」
「もちろん」
「ありがとう、セシラ」
「!」
セシラが、ぱっとこちらを見た。
「あ…ごめんなさい」
急に呼んで、驚かせてしまったかもしれない。
でも、せっかく知った名前だ。
「セシラ、案内ありがとうございました」
「…あとで、一階の食堂に夕食を運ぶ」
「分かりました」
「一度、失礼する」
すぐに部屋から出ていった。
扉が閉まるまで、その背中を見送った。
「格好良い人だね」
背が高くて、凛々しい。
まるで女戦士みたいだ。
「明日、そこに掛かってる服を着るなら、あとでお前の服洗っとくよ」
ビッケは壁際の服にちらりと目を向け、荷解きを始めた。
「うん、ありがとう」
「私はこれからエルデンのところへ行ってくる」
キリがこちらへ向き直った。
「…キリ」
リリアンヌは、すぐに傍へ寄った。
「エルデンは確かに、みんなにひどいことを――」
「今まで私は、君の好きなようにすればいいと言い続けてきた」
「…え?」
きょとんと目を瞬いた。
「君の意思を尊重し、私はただ君についていくだけだ。そう言ってきた」
「…うん」
「だが、君の味方だからこそ、反対しなければならないこともある。ようやく、それに気付いた」
キリは、まっすぐリリアンヌを見下ろした。
「君が私を追いかけてきたことに、私は納得していない」
「っ…」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「ごめんなさい…」
キリを――怒らせてしまった。
「…だけど、あんな形でキリと別れるなんて、絶対に嫌だったから」
「私なら、王都へ戻る方法はいくらでもあった」
「…でも」
そうしたら、キリもスミレも。
「きゃああ」
ふいにスミレが声を上げた。
「!」
何かを訴えるように、光を膨らませている。
「…彼女を責めているわけではない」
キリが肩に目を向け、静かにスミレに答えた。
再びこちらに目を向ける。
「リリアンヌ。君は、私にすべてを与えてくれた」
「……」
どう答えればいいのか分からず、ただキリを見つめ返した。
「だからこそ、私なりのけじめをつけなければならない」
「…けじめ?」
そっと首を傾げた。
「まずはエルデンと話す」
キリが振り返り、窓辺へ向かっていった。
「今日は、ゆっくり休め。もう、危険はない」
それだけ言うと、ふわりと窓から出ていった。
「……」
「…ご飯の前に、風呂でも入る?」
ビッケが、そっと提案した。
「…先に、みんなと話をしなきゃ」
リリアンヌは、ゆっくりと扉へ歩き出した。
ビッケと一緒に階段を下り、一階の食堂へ入る。
話をしていたアランフォースとブライアンが、すぐに振り向いた。
遅れて、テーブルの前にいたネウロもこちらに向き直った。
「キリ殿は出かけたのか?」
「…はい。エルデンと話をしにいきました」
リリアンヌはブライアンに答えながら、姿勢を正した。
「みんな、本当にごめんなさい」
その場で、深く頭を下げた。
「……」
誰も何も言わない。
「オーリア様の言う通り…一歩間違えれば、取り返しのつかないことになっていました。…向かう前にも、アランフォースに言われたのに」
頭を上げても、みんなの顔を見ることができなかった。
「あの異形の存在だって、自分で消しますなんて言っておいて…結局、ひとりじゃ倒せなかった」
――情けない。
ひとりで突っ走って、みんなを巻き込んで。
自分自身が異形の存在になりかけて。
それなのに、洞窟を出た時には、解決したなんて思い込んでいて。
オーリア様に言われるまで、みんながどれほど怒っていたかも気付けなかった。
本当に――情けない。
「……」
少しの沈黙のあと、ブライアンが静かに口を開いた。
「…君は、私たちが何に怒っているか分かるか?」
「…もちろんです。あんな閉じ込められ方をして――」
「そこからまず、違う」
「…え」
ゆっくりと顔を上げた。
「ここへ向かう前にも、言ったはずだ。私たちは、自分の命を懸けて君についていくことを選んだ。それに私たちは、君に護られるためにここへ来たわけではない」
ブライアンは、静かな口調で続けた。
「だが、あの洞窟へ入る前に、君には言うべきことがあっただろう」
「……」
「確かに、舟では無理だったかもしれない。砦でも、話しづらかったかもしれないな。…だから、もっと前だ」
その目が、こちらを捉えた。
「リリアンヌ。君は、いつまで隠しているつもりだ?」
「……」
何も――言えない。
スミレの存在を明らかにしたことで、こうなることは覚悟していた。
そのはずなのに。
今は、何も思い浮かばない。
「…エルフたちが戻ってきました」
アランフォースが、入り口の方を見ながら告げた。
「…食事を運んできてくださったのでしょうね」
ネウロがそっと付け足した。
「あ…私、あとで食べます」
気付いたら、口に出していた。
みんなの視線が、再びこちらへ集まる。
「…先に、お風呂に入ってきたいので」
誤魔化すように、小さく笑った。
「…ごめんなさい」
誰とも目を合わせられないまま、階段を上がった。




