止まらない衝突
リリアンヌ視点
“物語”の後半――
ネウロが千里眼のちからで、風の里にいる精霊を見つけ出す。
仲間たちが向かったのが、この洞窟だった。
物語でも、同じように異形の存在が檻に閉じ込められていた。
仲間たちが倒すと、その奥から、精霊が現れた。
なぜ異形の存在が閉じ込められていたのか、物語のキリは語らなかった。
精霊が一緒にいた理由も分からなかった。
何も、分からないけれど。
「オーリア様に精霊をお返ししたいのなら、異形の存在を消すべきです」
このままにしては、いつかはその精霊も瘴気に飲み込まれてしまう。
「あれを消すことは、許さない」
また、頑なな言葉が返ってきた。
「っ…」
ぎゅっと、目を閉じた。
再び目を開き、エルデンをまっすぐ見つめる。
「大切な方なのでしょう…!?」
「…!」
エルデンの瞳が、わずかに揺らいだ。
「あの異形の存在はっ…エルデンにとって、大切な精霊だったのでしょう…!?」
これは、勘だ。
彼が、ここまで執着する理由。
あんな姿になってまで、ここに縛りつけている理由は。
「もう…“彼女”を、解放してあげるべきです…!」
エルデンは、異形の存在になってしまった精霊を愛していた。
彼にも、誰かを大切に想う心がある。
あれほど、自分たちを脅すようなことを言っていても。
待ってと言えば、必ず待ってくれた。
話を聞いてと言えば、必ず聞いてくれた。
彼は、思うよりもずっと優しい人のはずだ。
だから話せば、きっと伝わる。
「……」
エルデンが、何かを答えようと口を開いた。
「えっ」
突然、腕を後ろへ引かれた。
よろめいた瞬間――
――キィィィンッ…!
目の前で、鋭い金属音が弾けた。
「…エルデン!」
「…長に、剣を向けたな」
エルデンの声が、再び冷たく低くなった。
「お前の狂った行動に一族を付き合わせて、何が長だ…!」
いつの間にか、目の前にキリがいた。
細剣を構え、エルデンと向かい合っている。
「キリ…!」
「駄目だ」
さらにブライアンに後ろへ引き寄せられた。
同時にアランフォースが前に立つ。
「これで二度目だ。長に意見することは、許さない」
「今すぐ、彼女たちをここから出せ…!誰も傷つけるな」
ギリギリと、刃の擦れ合う音が洞窟内に響いた。
「キリ、待って!まだ、エルデンと話しているから」
「話す必要などない。こいつの狂気に付き合うことはない」
「そうじゃなくて」
「アランフォース、手を出すな。リリアンヌを連れて行け」
「キリ!聞いて…!」
「私が行かせると思うか」
「行かせられる」
――ギリィ…ッ!
キリが一歩踏み込み、刃を押し込んだ。
「…お願い、やめて…っ」
リリアンヌは、必死に声を張り上げた。
「同じ一族なのに、争わないで…!」
「もう、同胞ではない」
キリの冷たい声が、静かに響く。
「同胞でないというのなら――始末する」
エルデンの言葉が落ちた瞬間――
背後に控えていた四人が、一斉に剣を抜いた。
「駄目…っ」
「行け!」
キリの鋭い声が、リリアンヌの言葉を掻き消した。
――キキキィン…!
激しく剣がぶつかり合う音と同時に、体がぐっと持ち上がった。
次の瞬間には、足元の階段が勢いよく流れていく。
「…っ!」
ブライアンの肩越しに、急いで下を振り返った。
眼下の足場では、土埃が舞い上がっていた。
その中で、いくつもの人影が激しく交錯している。
刃がぶつかる音が次々と響き、誰がどこにいるのかも分からない。
「ぐっ…」
足場の端で、ひとりのエルフが膝をついた。
脚から血が流れ、立ち上がれずにいる。
「どうする…!?鷹を呼ぶ!?」
ビッケが、走りながら振り向いた。
「呼ばない…!キリ、やめて!」
もう、キリの姿も見つけられない。
「…!」
後ろを走るアランフォースが、ぱっと下を振り返った。
――キィンッ…!
大剣が、階段の下から突き出された剣を弾いた。
「…反撃します」
言い終えるより早く、大剣が閃いた。
何かが、宙を舞う――
「ぐっ…!」
階段を追ってきたエルフが、腕を失った肩を押さえていた。
「…アランフォース!」
声が、震えた。
アランフォースは構わず、そのエルフを蹴り落とした。
落ちていく先でも、別のエルフが壁に叩きつけられていた。
「ギギャァァァァァァ…!」
洞窟内に、すさまじい雄たけびが響き渡る。
壁の岩が震え、小さな欠片がぱらぱらと落ちてきた。
「っ…」
どうして。
誰も、争う必要なんてないのに。
またひとり、エルフが壁に激しくぶつかった。
キリもエルデンも、まだあの土埃の中にいるはずだ。
「ブライアン、お願いっ…」
「こうなっては、もう無理だ…!」
足を緩めようともしない。
「…入り口から、別のエルフたちが来ます!」
前を駆け上がっていたネウロが、ぱっと足を止めた。
初めて、背に掛けていた槍を握った。
アランフォースは、リリアンヌを担いだブライアンを壁際へ押しやり、階段の上へ向き直った。
大剣を構え、二人の前に立つ。
「…っ…アランフォース!キリを、先に止めれば――」
「もう、無理です」
やけに静かな声が、耳に届いた。
「あなたのやり方では、あなたを護れない」
「フフフフ…ギギャァァァァァァーー…ッ!」
耳をつんざく絶叫が、洞窟内に轟いた。
「キリが…!」
ビッケが、階段の下を指さした。
急いで、その先を追う。
一本道の奥から、黒い両腕がうねるように伸びている。
その長い指が、キリとエルデンを絡め取っていた。
「…!?」
「ぐっ…」
二人の体に、鋭い指先が食い込んだ。
――バキバキバキィ…ッ!
何かが、砕けた。
「…いやぁぁぁーーーっ!!」
悲鳴と同時に、辺り一面が白い光で満たされた。




