命懸けの説得
リリアンヌ視点
「…アアアアア…ララララ…アアアア…」
歌うような声が、洞窟内に響く。
一本道の奥にある檻の中で、巨大な黒い影がゆらゆらと揺れている。
長い髪のようなものが四方へうねり、全身から瘴気が溢れ出していた。
だらりと垂れた両腕の先には、異様に長い指が伸びている。
今にも、その手が檻の隙間から伸びてきそうだ。
表情なんて分からないのに――
なぜか、笑っているように見えた。
「…これ以上は、近づかないように」
アランフォースが、そっと腕を伸ばして行く手を遮った。
「…はい」
リリアンヌは、その場でじっと檻へ目を向けた。
精霊に戻すことはできないけれど、エルデンに試すと約束した。
もう、二度試した。
異形の存在を、精霊に戻して。
そう願いながら白のちからを送ったけれど――
その姿のまま、元気になってしまった。
嬉しそうに体を揺らし、一本道にまで瘴気が溢れ出した。
時間を置いて、今度はスノウに協力してもらった。
スノウが吸収した私の白のちからを使って、もう一度。
精霊に戻るよう、強く願いながら送った。
けれど、結果はまったく同じだった。
「フフフフフ…オオオオオ…」
二度も白のちからを送られた異形の存在は、かなり上機嫌だ。
「…アランフォースは、あの大きさの異形の存在を見たことある?」
「いいえ。前回を除けば、あれほど大きなものを見たのは初めてです」
アランフォースが静かに答えた。
「やっぱり、そうだよね…」
巨大な檻いっぱいに、その黒い影が広がっている。
ヌシカほどではないけれど、八歳の時に討伐したものの倍ほどの大きさだ。
これだけ大きいということは、相当なちからを持っているのだろうか。
「また…試すのか?」
ブライアンが隣で、ぽつりと尋ねた。
「…どう試そうか、悩んでいます」
願い方を間違えてしまったら、あの異形の存在は消えてしまう。
エルデンを説得する前にそんなことになったら、もう話し合いどころじゃなくなる。
「ここに留まる必要はないだろう。考えがまとまるまで、少し離れていよう」
ブライアンが、階段の中腹辺りを見上げた。
視線の先では、ネウロとビッケがこちらの様子を窺っていた。
「…ブライアンは、戻っていてください」
腕をそっと掴み、すぐに白のちからを送る。
「……」
動かず、じっとこちらを見たままだ。
「…君は、平気なのか?」
「そう…ですね」
何度も、瘴気と戦ってきたからだろうか。
今は、やらなければならないことがあるからだろうか。
心はざわついているのに、不思議と落ち着いている。
「……」
ふいに、アランフォースが階段を見上げた。
「エルフが来ます」
「!」
リリアンヌは、すぐに振り向いた。
「様子を見にきた」
エルデンが、丸い足場の上に姿を現した。
その後ろには、四人のエルフもいた。
「試したか」
「…はい。白のちからを送りましたが、あの姿のまま元気になるだけでした」
正直に答えた。
「そうか。引き続き、試せ」
「!待ってください…!」
また姿を消される前に、慌てて呼び止めた。
「なんだ」
「何度やっても、同じです。精霊には、戻りません」
大丈夫。
エルデンは、話を聞いてくれる。
「これは、オーリア様の言葉です」
「…精霊王の?」
エルデンの目が、ぴくりと動いた。
「はい。一度、私たちをこの洞窟から出してくれませんか?オーリア様をお呼びします」
異形の存在から離れたところなら、呼ぶことができる。
そうすれば、オーリア様がエルデンたちと話をしてくれるはず。
「今の精霊王に、そんなちからはない」
エルデンはすぐに首を振った。
「最後にお会いした時は、言葉を交わせる状態ではなかった」
「いいえ。オーリア様は、ちからを取り戻しています」
デューゼの森にいる精霊たちのことも、気付いていないのだろうか。
「ここから出るのなら、貴女ひとりだ」
「…その間、彼らを攻撃しないと約束してくれますか?」
「約束はしない。貴女がここを出た時点で、彼らを殺す」
今度は、はっきりと言った。
「…オーリア様が話していました。異形の存在の、正体について」
それなら、私が伝えるしかない。
「異形の存在は――」
「精霊王の名を使って、偽りを語るな」
エルデンの声が、低くなった。
「いいえ。すべて、本当の話です」
「ここを出るための言い訳に使うな」
「そうではありません…!」
リリアンヌは、慌てて首を振った。
「精霊がいれば、オーリア様はちからを取り戻すことができます」
「そんなことは知っている。だからこそ、好機だ」
「…好機?」
「貴女が精霊に戻せば、精霊王へお返しできる」
エルデンは、当然のように答えた。
「異形の存在は、何があっても精霊に戻りません…!」
まだ、肝心なことも伝えられていない。
「エルデン、聞いてください…!」
一本道の奥にいる異形の存在を、まっすぐに指さした。
「あの異形の存在の奥に、精霊がいるんです!」
「フフフフ…ララララ…」
歌とも笑い声ともつかない声が、洞窟内に反響した。
「…あり得ない」
エルデンが、ゆっくりと首を振った。
「本当です…!あそこに長年、精霊が囚われています」
ネウロに、確認してもらった。
間違いなく――精霊はいる。
「手遅れになる前に、私は、あの子を助けたい…!」




