命の懸け方
リリアンヌ視点
『あの四人を絶対に死なせないと言うのなら、エルフの長に全員の無事を保証させろ。交渉を誤れば、ここで戦になることも覚えておけ』
私は――何を、間違えたのだろう。
どこで…
どうすれば良かったのだろう。
風の里に、来なければ良かった?
そうしたら…もう、二度とキリに会えない。
それなら…
ひとりで、ここに来れば良かった?
ここで、ひとりで異形の存在と対峙して…
断ったら、どうなっていた?
そのままガーデラ砦に帰されて、結局、キリとは会えずじまいだ。
――違う。
間違えたのは、エルデンとの交渉の時だ。
約束の返事を、求めるべきだった。
もっと、ちゃんと話し合うべきだった。
エルフが嘘をつかないと思って…どこか、油断していた。
タッセントで、ショウレン王の考えを変えることができた。
戦争も、止めることができた。
それで私は、調子に乗っていたのかもしれない。
何が…信用してくれ、だ。
結局、自分ひとりじゃ何もできない。
何もできないどころか、みんなを巻き込んでばかりだ。
こうなるくらいなら…
やっぱり、ひとりで――
「あなたの足枷になる気は、ありません」
「…え?」
顔を上げて、初めて自分が俯いていたことに気付いた。
「あなたがそんな顔をする必要は、ひとつもない」
目の前には、跪いてこちらを覗き込むアランフォースがいた。
「…私が、ちゃんと交渉をしなかったから」
「あなたは約束した通り、ひとりで行かなかった」
「でも…私以外は、無事に帰さないって」
「あの男の言い分は、筋が通っていません」
「私は、異形の存在を元に戻すことなんてできない…っ」
「分かっています。ですから、帰りましょう」
「…そんなことをしたら、みんなが」
「我々に死んでほしくないのでしたら、エルフへ攻撃する許可をください」
「……」
「双方が無事でいることは、もう無理です」
「…キリは?」
「…今は、あなたが無事に砦まで帰れることだけを考えてください」
「絶対に、嫌」
俯いていた顔を上げた。
「…だが、ここに一日いたら、全員がおかしくなる」
「!」
「このままだと瘴気に飲み込まれて、誰かしら虚ろ人になりかねない」
すぐ隣には、ブライアンが座っていた。
「……」
ここは…洞窟の入り口近くだろうか。
オオオ…と遠く反響する音が聞こえる。
アランフォースの向こうでは、ネウロとビッケが座っていた。
ネウロは、目を閉じて壁に寄りかかっている。
ビッケは耳を塞ぎ、膝に顔を埋めていた。
「…遅くなって、ごめんね」
リリアンヌは座ったまま、白のちからを四人に送った。
「…!」
白い光に包まれ、それぞれが小さく身じろぎした。
「ホ〜」
肩で、スノウが嬉しそうに鳴いた。
「楽に…なったかな?」
白のちからで、体に入った瘴気は消せる。
ブルックの時に、それは分かっている。
「…頭が、すっきりしましたねぇ」
ネウロが、こきこきと首を回した。
「さっきより、ずっと楽。…でも、この声は無理」
ビッケは、両耳を押さえたままだった。
「…知らず知らずのうちに、私も瘴気に蝕まれていたのだな」
ブライアンが、不思議そうに首を傾げた。
「それでは、あなたはどうしようと考えているのですか」
アランフォースは、ずっとリリアンヌから目を離さなかった。
「エルデンを、説得します」
「もう分かったでしょう。あの男を説得することは、無理です」
「でも、聞く耳は持っています」
「いいえ、持っていません。あの男は、異形の存在を精霊に戻したいだけです」
「え…」
「そのために、今はあなたの条件を飲んでいるだけです」
「でも…できない」
リリアンヌは、力なく首を振った。
「オーリア様が、ああなってしまったら戻らないって…」
そもそも…異形の存在の正体は、瘴気に飲み込まれた精霊のなれの果て。
一度落ちてしまったら――もう、精霊には戻れない。
「…今、精霊王を呼ぶことはできるか?」
「…いいえ。オーリア様は、瘴気にも異形の存在にも近づけません」
言いながら、ちらりと肩へ視線を落とす。
スノウは、困ったように首を傾げていた。
「…そう言っていたな」
ブライアンは小さく息を吐き、壁に背を預けた。
「…では、どうしますか」
アランフォースが、再び問いかけた。
「異形の存在を元に戻せないと分かったら、あの男は、あなた以外を全員殺そうとするでしょう」
「…っ」
びくりと、肩が揺れた。
「私は、殺される気はありません。ですから必要と判断した時は、エルフへの攻撃を許可してください」
「……」
堂々巡りになってしまった。
「…キリが」
「彼は、強い。また王都を訪れるかもしれない」
ブライアンが、静かに言った。
「……」
リリアンヌは、両膝を抱えて小さくうずくまった。
…本当に、そうだろうか。
たとえ、また会えたとしても。
それでは、キリは――
二度と、一族と共に生きることはなくなってしまう。
「…嫌だ」
「リリアンヌ…!いい加減にしろ」
「エルデンを、説得します…!」
リリアンヌは、勢いよく顔を上げた。
「あなたは、あの男との交渉に二度、失敗している」
すぐに、アランフォースの声が飛んだ。
「…っ」
ぐっと、言葉に詰まった。
「分かって…います」
私がエルデンの名前を呼んで、兄が狙われたことも。
ここの存在をほのめかして、風の里へ行くしかなくなったことも。
「それでも…分かってもらえるまで、私は説得し続ける」
異形の存在は、元に戻らないということを。
全員で、無事に帰してほしいということを。
キリと、話をさせてほしいということを。
「だから…何があっても、エルフたちを攻撃しないでほしい」
エルデンは、絶対に、話せば分かる。
「それでしたら、我々の誰かが死ぬということを念頭に置いてください」
容赦のない言葉が返ってきた。
「…誰も、死なない」
リリアンヌは、まっすぐアランフォースを見つめた。
「こうなった以上、それは無理です。攻撃が許されないのならば、我々は彼らに殺されるしかない」
「私が、説得する…!」
「もともと、あなたは帰すとあの男は言っています。これ以上、説得する必要はありません」
「いっぱい、あるでしょう!」
「ありません。あなたさえ無事に帰ることができれば、それでいいのです」
「…どうして」
じわりと、涙が滲んだ。
「どうして…そんなこと、言うの?」
「命を懸けるとは、そういうことです」
アランフォースは、静かに言い切った。
「どうして…そんな簡単に、死ぬことを選べるの…!」
命を懸ける、とか。
私さえ無事ならそれでいい、とか。
「…エルフへの攻撃が許されないならば、という話をしているのですが」
アランフォースが、わずかに眉を寄せた。
「だからっ…攻撃とか、殺すとか…!そうじゃなくて…!」
そんな、物騒な方法じゃなくて。
「全員が死なない方法を、私は考えたい…!」
分かっている。
こういう状況に追い込んだのは、私だ。
だから――
今度こそ。
「…今度こそ、説得する内容を教えてくれるか」
ブライアンが、静かに口を開いた。
「君は、あの男に何を話すつもりだ」
「…何を、って?」
「ただ、誰も殺さないでくれと訴えるだけのつもりか?」
すぐに声が険しくなった。
「…いいえ」
それだと、また同じことを繰り返すだけだ。
「君の考える説得材料が、あるのだろう?」
「…はい」
「それを、教えてくれるか」
「……」
…それを、言えば。
なぜ、そんなことを知っているのかと聞かれる。
…だけど。
もう、そんなことを言っている場合じゃない。
「…分かりました」
自分なりの、命の懸け方――
「ネウロ」
「はい、なんでしょう」
「…確認してほしいことがあるの」
“物語”で、知ったことを。
今度は――みんなにも。




