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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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命の懸け方

リリアンヌ視点



『あの四人を絶対に死なせないと言うのなら、エルフの長に全員の無事を保証させろ。交渉を誤れば、ここで戦になることも覚えておけ』



私は――何を、間違えたのだろう。



どこで…


どうすれば良かったのだろう。



風の里に、来なければ良かった?


そうしたら…もう、二度とキリに会えない。



それなら…


ひとりで、ここに来れば良かった?



ここで、ひとりで異形の存在(ゼノプーパ)と対峙して…


断ったら、どうなっていた?


そのままガーデラ砦に帰されて、結局、キリとは会えずじまいだ。



――違う。


間違えたのは、エルデンとの交渉の時だ。



約束の返事を、求めるべきだった。


もっと、ちゃんと話し合うべきだった。


エルフが嘘をつかないと思って…どこか、油断していた。



タッセントで、ショウレン王の考えを変えることができた。


戦争も、止めることができた。


それで私は、調子に乗っていたのかもしれない。



何が…信用してくれ、だ。


結局、自分ひとりじゃ何もできない。


何もできないどころか、みんなを巻き込んでばかりだ。



こうなるくらいなら…


やっぱり、ひとりで――



「あなたの足枷になる気は、ありません」



「…え?」


顔を上げて、初めて自分が俯いていたことに気付いた。



「あなたがそんな顔をする必要は、ひとつもない」

目の前には、跪いてこちらを覗き込むアランフォースがいた。



「…私が、ちゃんと交渉をしなかったから」



「あなたは約束した通り、ひとりで行かなかった」



「でも…私以外は、無事に帰さないって」



「あの男の言い分は、筋が通っていません」



「私は、異形の存在を元に戻すことなんてできない…っ」



「分かっています。ですから、帰りましょう」



「…そんなことをしたら、みんなが」



「我々に死んでほしくないのでしたら、エルフへ攻撃する許可をください」



「……」



「双方が無事でいることは、もう無理です」



「…キリは?」



「…今は、あなたが無事に砦まで帰れることだけを考えてください」



「絶対に、嫌」

俯いていた顔を上げた。



「…だが、ここに一日いたら、全員がおかしくなる」



「!」



「このままだと瘴気に飲み込まれて、誰かしら虚ろ人になりかねない」

すぐ隣には、ブライアンが座っていた。



「……」


ここは…洞窟の入り口近くだろうか。


オオオ…と遠く反響する音が聞こえる。


アランフォースの向こうでは、ネウロとビッケが座っていた。



ネウロは、目を閉じて壁に寄りかかっている。


ビッケは耳を塞ぎ、膝に顔を埋めていた。



「…遅くなって、ごめんね」

リリアンヌは座ったまま、白のちからを四人に送った。



「…!」


白い光に包まれ、それぞれが小さく身じろぎした。



「ホ〜」

肩で、スノウが嬉しそうに鳴いた。



「楽に…なったかな?」


白のちからで、体に入った瘴気は消せる。


ブルックの時に、それは分かっている。



「…頭が、すっきりしましたねぇ」

ネウロが、こきこきと首を回した。



「さっきより、ずっと楽。…でも、この声は無理」

ビッケは、両耳を押さえたままだった。



「…知らず知らずのうちに、私も瘴気に蝕まれていたのだな」

ブライアンが、不思議そうに首を傾げた。



「それでは、あなたはどうしようと考えているのですか」

アランフォースは、ずっとリリアンヌから目を離さなかった。



「エルデンを、説得します」



「もう分かったでしょう。あの男を説得することは、無理です」



「でも、聞く耳は持っています」



「いいえ、持っていません。あの男は、異形の存在を精霊に戻したいだけです」



「え…」



「そのために、今はあなたの条件を飲んでいるだけです」



「でも…できない」

リリアンヌは、力なく首を振った。



「オーリア様が、ああなってしまったら戻らないって…」


そもそも…異形の存在の正体は、瘴気に飲み込まれた精霊のなれの果て(ウァヌスプーパ)。


一度落ちてしまったら――もう、精霊には戻れない。



「…今、精霊王を呼ぶことはできるか?」



「…いいえ。オーリア様は、瘴気にも異形の存在にも近づけません」

言いながら、ちらりと肩へ視線を落とす。


スノウは、困ったように首を傾げていた。



「…そう言っていたな」

ブライアンは小さく息を吐き、壁に背を預けた。



「…では、どうしますか」

アランフォースが、再び問いかけた。



「異形の存在を元に戻せないと分かったら、あの男は、あなた以外を全員殺そうとするでしょう」



「…っ」

びくりと、肩が揺れた。



「私は、殺される気はありません。ですから必要と判断した時は、エルフへの攻撃を許可してください」



「……」


堂々巡りになってしまった。



「…キリが」



「彼は、強い。また王都を訪れるかもしれない」

ブライアンが、静かに言った。



「……」

リリアンヌは、両膝を抱えて小さくうずくまった。



…本当に、そうだろうか。


たとえ、また会えたとしても。


それでは、キリは――


二度と、一族と共に生きることはなくなってしまう。



「…嫌だ」



「リリアンヌ…!いい加減にしろ」



「エルデンを、説得します…!」

リリアンヌは、勢いよく顔を上げた。



「あなたは、あの男との交渉に二度、失敗している」

すぐに、アランフォースの声が飛んだ。



「…っ」

ぐっと、言葉に詰まった。



「分かって…います」


私がエルデンの名前を呼んで、兄が狙われたことも。


ここの存在をほのめかして、風の里へ行くしかなくなったことも。



「それでも…分かってもらえるまで、私は説得し続ける」


異形の存在は、元に戻らないということを。


全員で、無事に帰してほしいということを。


キリと、話をさせてほしいということを。



「だから…何があっても、エルフたちを攻撃しないでほしい」


エルデンは、絶対に、話せば分かる。



「それでしたら、我々の誰かが死ぬということを念頭に置いてください」

容赦のない言葉が返ってきた。



「…誰も、死なない」

リリアンヌは、まっすぐアランフォースを見つめた。



「こうなった以上、それは無理です。攻撃が許されないのならば、我々は彼らに殺されるしかない」



「私が、説得する…!」



「もともと、あなたは帰すとあの男は言っています。これ以上、説得する必要はありません」



「いっぱい、あるでしょう!」



「ありません。あなたさえ無事に帰ることができれば、それでいいのです」



「…どうして」

じわりと、涙が滲んだ。



「どうして…そんなこと、言うの?」



「命を懸けるとは、そういうことです」

アランフォースは、静かに言い切った。



「どうして…そんな簡単に、死ぬことを選べるの…!」


命を懸ける、とか。


私さえ無事ならそれでいい、とか。



「…エルフへの攻撃が許されないならば、という話をしているのですが」

アランフォースが、わずかに眉を寄せた。



「だからっ…攻撃とか、殺すとか…!そうじゃなくて…!」


そんな、物騒な方法じゃなくて。



「全員が死なない方法を、私は考えたい…!」


分かっている。


こういう状況に追い込んだのは、私だ。



だから――


今度こそ。



「…今度こそ、説得する内容を教えてくれるか」

ブライアンが、静かに口を開いた。



「君は、あの男に何を話すつもりだ」



「…何を、って?」



「ただ、誰も殺さないでくれと訴えるだけのつもりか?」

すぐに声が険しくなった。



「…いいえ」


それだと、また同じことを繰り返すだけだ。



「君の考える説得材料が、あるのだろう?」



「…はい」



「それを、教えてくれるか」



「……」


…それを、言えば。


なぜ、そんなことを知っているのかと聞かれる。



…だけど。


もう、そんなことを言っている場合じゃない。



「…分かりました」


自分なりの、命の懸け方――



「ネウロ」



「はい、なんでしょう」



「…確認してほしいことがあるの」


“物語”で、知ったことを。


今度は――みんなにも。



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