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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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無理難題

リリアンヌ視点



セスランディアの地図の最北端に描かれているのは、“北の大山脈”だ。


その南側のふもとには、デューゼの森が広がっている。



北の大山脈は、人族には登れないと言われている。


切り立った岩壁が続き、険しく、危険だから。



それに、デューゼの森は不可侵領域で、立ち入ることができない。


そもそも、森は瘴気で溢れていて、通り抜けることすらできない。



だから――


北の大山脈を越えた先に“風の里”があることを、人族は知らない。



行くなら、海から舟で行くしかない。


ガーデラ川は、北の海まで繋がっている。



ただ、ガーデラ川と北の海が交わるところには、迷路のような海の道がある。


人族の舟では、そこを抜けることができない。


エルフの風のちからがあれば、北の海まで出られる。


“物語”では、キリの案内で、ガーデラ川から風の里まで、数日かけて向かった。



住人を失った風の里は――


とても寂しく、静かで、悲しい場所だった。


家々は異形の存在(ゼノプーパ)に踏み潰され、朽ち果て、特徴的な風車も、ぽきりと折れていた。



物語のキリは…何を想っていたのだろう。


一族を多く失い、王都へやってきた。


“デューゼの森の悪夢”が起きたのは、精霊を探すことをやめたエルフ族に下された罰だと思い込んでいた。



どんな気持ちで…異形の存在を倒していたのだろう。


マドカやリリアンヌには、どんな想いで協力していたのだろう。



―――



舟から下りると、陽の光に思わず目を細めた。


今は、昼頃だろうか。



エルフたちは、淡々と先を歩いていく。


しばらくすると、両側にごつごつとした岩壁がそびえ立つ道へ入った。


高い岩壁に陽を遮られ、辺りは薄暗い。



そこからさらに歩くうちに、少しずつ視界が開けていった。


険しい岩壁が途切れ、なだらかな道へ変わっていく。



ここは、北の大山脈のふもとだ。


緑に覆われた山々が、いくつも連なっている。



その山々の間に――風の里はある。



「…すごい、綺麗」

辿り着いた風の里を見て、思わず呟いた。



切り立った大きな崖を背に、緑の斜面がどこまでも広がっている。


その真ん中で、一基の大きな風車がゆっくりと回っていた。


周りには、木造りの家々が寄り添うように並んでいる。


風が吹き抜けるたび、一面の草が波のように揺れた。



見上げれば、どこまでも青い空が広がっていた。


空気が澄んでいて、風が心地よい。



“物語”で見た風の里とは、まるで違う。


温かくて、穏やかで――ほっとするような場所だった。


なぜか懐かしく感じて、胸が強く締めつけられた。



「こっちだ」

エルデンは足を止めることなく、風の里を通り過ぎていった。



再び、険しい岩壁に囲まれた。


岩壁の間を縫うような、細く険しい道を、エルデンたちは進んでいく。



いつの間にか、晴れ渡っていた空には厚い雲が広がっていた。


風も強くなり、今にも雨が降り出しそうなほど辺りが暗くなった。


マントを羽織っていても、肌寒い。



やがて、道の先に洞窟の入り口が現れた。


左右から迫る岩壁の間に、細い裂け目が口を開けている。


エルフたちは躊躇いもなく、その中へ入っていった。



「……」

入り口の前で、リリアンヌは、ぴたりと足を止めた。


気付いたエルデンが、すぐに振り返る。



「入れ」

それだけ言うと、再び歩き出した。


エルフたちの姿が、薄暗い闇に紛れた。



「…大丈夫か」

ブライアンがそっと囁いた。



「……」


ここが、どこだか知っている。



「…大丈夫です」

ゆっくりと足を踏み出した。


まだ、エルデンに何をしてほしいか言われていない。


今は、ついていくしかない。



「うわっ…!」

洞窟へ入った瞬間、ビッケが耳を両手で押さえた。



「ビッケ…!」

リリアンヌは、すぐに振り向いた。



「大丈夫?ここで待つ?」



「…待つわけないだろ」

ビッケの顔は、青ざめている。



「…本当に、ついていくのですか」

耳元で、そっと囁かれた。



「…もちろん」


アランフォースももう、気付いているのだろう。



「これは…声…?」

ネウロが、独り言のように呟いた。


洞窟の中は、オオオオオ…と低い音が反響していた。



「止まるな」

エルデンが再び振り返った。



「…はい」

リリアンヌは頷き、エルフたちを追いかけた。



「…この声を、私は知っている」

ブライアンが隣で、ぽつりと呟いた。



「この声を…ザンビア砦で聞いた」

その表情が、険しくなる。



「……」

リリアンヌは何も言わず、ただ足を進めた。



「正気か…!?」


肩を、強く掴まれた。



「君が前回どうなったか、忘れたとは言わせない…!」



「…まだ、何も言われていない」

それでも足は止めず、前だけを見ていた。



「…っ…」


肩から、ブライアンの手が離れた。



洞窟は、奥深かった。


細い道を延々と進んでいくと、今度は、下へ続く階段が出てきた。


壁に沿うように造られた螺旋状の階段が、遥か下まで続いている。


中央は大きく開いていて、覗き込んでも底がよく見えない。


王城の地下を思い出した。



反響する音が、少しずつ大きくなっていく。


下りるほど、低い声が足元から這い上がってくるようだった。


まだ、きっと距離がある。


それなのに、胸の奥がざわついて仕方がない。



「…なんですか。この、耐え難い気分は」



「……」


ネウロはきっと、初めてだ。



階段を下りきると、岩を削って造られたような、大きな丸い足場に出た。


その向こうには、岩壁に挟まれた細い一本道がまっすぐ奥へ伸びている。


道沿いの岩壁には、一定間隔でランタンが吊るされ、暗闇の奥までぼんやりと照らしていた。


その道の前で、エルデンが足を止めた。



「ァァァァ…オオオオ…」


一本道の奥から響く声が、岩壁にぶつかりながら、こちらまで押し寄せてくる。



「アアァァァ…ウウウ…フフフ…」


一番奥では、巨大な黒い影が、もぞもぞと動いていた。



「あれは、檻に入っていて出ることはない」



「……」

じっと、エルデンの言葉を待つ。



予想通りなら…


彼の頼みごとは――



「あの異形の存在(ゼノプーパ)を、精霊に戻してほしい」



『あれは、絶対に消さない…!』



「…できません…っ」

声が、かすれた。



「貴女は、加護のちからで異形の存在を消し去ることができると聞いた」

エルデンは、少しも声色を変えない。



「…はい。確かに、できます」



「それなら、加護のちからで戻すこともできるかもしれない」



「できません…!」

リリアンヌは、強く首を振った。



「やらなければ分からないだろう」



「分かります…!」


エルデンだって、分かっているはずだ。



「異形の存在になれば…っ、もう、精霊には戻らない…!」



『一度落ちたものは――二度と、精霊に戻れない』



「ギャアアアアアアアアア…ッ!」



「っ…」


鼓膜を破るような絶叫に、堪らず耳を塞いだ。



「…声が聞こえると、ああして興奮する」

エルデンが、じっと一本道の奥に目を向けた。



「ァァァァァァァァ…ッ!」



「…!」


ゴゴゴ…と地面が揺れ、檻の周囲に土埃が舞い上がった。



「あれは、岩を操り襲ってくる。あの時は、無闇に近づくな」



「…危険すぎます!」


あれでは、いつ檻から出てしまうか分からない。



「私に、異形の存在を消させてください」



「絶対に駄目だ」

頑なな言葉が返ってくる。



「…ですが、元に戻すことはできません」



「試して駄目なら、貴女を約束通り帰す」

エルデンは、じっとリリアンヌを見下ろした。



「だが、他の四人は帰さない」



「…!?」

リリアンヌは、四人を庇うように両手を広げた。



「こちらから危害を加えなければ、手を出さないと約束しました…!」



「約束していない。私は、返事をしていない」



「…!」


はっと、息を呑む。


その直後、ぐいっと腕を引かれた。



「ま、待って…!」

リリアンヌは、咄嗟にアランフォースの腕を掴み返した。



「お願い、何もしないで…!」



「……」



「絶対に、駄目…!」


アランフォースとブライアンは、すでに身構えている。



「…試しますから」


アランフォースの腕を掴んだまま、エルデンを振り返った。



「試します。だから、彼らには何もしないで…!」



「…元に戻るまでは待とう」

エルデンが淡々と告げた。



「洞窟の中なら、自由に動いて構わない」



「洞窟の中にいろと言うのか…!」

ブライアンが間髪入れずに叫んだ。



「この中にいれば、いずれ精神をおかしくするぞ…!お前は、リリアンヌを傷つけないと言っただろう!」



「我々エルフは、傷つけない。たとえ正気を失おうと、約束通り貴女は砦へ送り届ける」

エルデンの目は、冷たかった。



「お前…っ!」



「待って、ブライアン…!」


すかさず、体にしがみついた。



「分かったから…!試すから!」



「…明日また、様子を見にくる」


エルフたちは、一斉に姿を消した。



「…っ」

リリアンヌはブライアンの胸に両手をつき、力なく項垂れた。



「ごめんなさいっ…」


どれだけ謝っても、足りない。



「…一度、ここから離れよう」


すぐに、ブライアンに腕を掴まれた。



「ネウロ、ビッケ。大丈夫か」



「…ええ、なんとか」



「……」



「ビッケ…!」

リリアンヌは、はっと顔を上げた。



「大丈夫だから…!ごめん、余裕ない」

ビッケは耳を塞いだまま、苦しげな表情を浮かべていた。



「早く離れましょう」

アランフォースは大剣を構えたまま、一本道の奥を見据えた。



「行こう」

ブライアンがリリアンヌの肩を抱き、階段へと向かった。



「ァァァァァァ…ォォォォ…」


階段を上がっても、声はいつまでも追いかけてきた。


どれだけ離れても、少しも遠くなった気がしなかった。



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