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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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静かな出立

リリアンヌ視点



「ここから一時間ほど歩く。ついてこい」


エルデンはマントを頭までかぶると、北へ向かっていった。


その後ろを、四人のエルフが続いた。



砦から離れると、辺りはあっという間に真っ暗になった。


月明かりだけを頼りに、川沿いを進んでいく。


足を踏み出すたび、小石がじゃりじゃりと鳴った。


それでも、エルフたちの歩調は少しも変わらない。


転ばないよう足元を見ているうちに、少しずつ距離が開いていった。



「…!」


誰かに、手を握られた。


ブライアンだ。



「……」

ブライアンはそのまま手を引き、エルフたちの歩調に合わせて進んでいった。


誰も、一言も喋らない。



やがて、川のほとりに小さな灯りが見えてきた。


エルフがひとり、ランタンを手に立っている。


その灯りへ近づいたエルデンが、突然、川の上へ踏み出した。


そのまま、宙を歩くように上っていく。



「!?」



「…舟だ」

ブライアンが、耳元でそっと囁いた。


手を握られたまま、ランタンを持つエルフへ近づいていく。



ようやく、暗闇の中に渡し板が浮かび上がった。


その板を慎重に上る。


後ろから、三人が渡し板を軋ませながら続いてきた。



舟に乗っても、ブライアンは足を止めなかった。


かなり大きな舟らしい。


暗いまま、今度は舟の中へ続く階段を下りる。



ふいに、ぱっと灯りがともった。



「この部屋は、好きに使って構わない」



「!」


気付けば、大きな部屋の中にいた。


壁際には、木造りの寝台が五つ並んでいる。


それぞれにカーテンが掛けられ、中が見えないようになっていた。


その前には、テーブルと長椅子が置かれている。


広い船室なのに、窓はひとつもない。



「こちらが言うまで、この部屋から出るな」



「分かりました」



「食事は運ぶ」



「あ、あのっ」


扉から出ていこうとするエルデンを、すぐに呼び止めた。



「なんだ」



「ここから風の里まで、どのくらいかかりますか?」



「一日半で着く」



「!?そんなに早く…?」



「……」



「…そんな近いところに、風の里があることに驚きました」

慌てて、言い直した。



「…ちからを使っている。人族では辿り着くことすらできない」


エルデンはリリアンヌから目を離すと、今度こそ扉から出ていった。



ほどなくして、舟が、一度だけぐらりと揺れた。


もう、岸から離れたみたいだ。


そのわりには揺れも少なく、静かだ。



リリアンヌは、そっと室内を振り返った。



「…あの、みんな」



「話はすべて聞かれている。そのつもりで話してください」



「……」

黙ってアランフォースに頷いた。


余計な話は、できない。


相談もできない。


キリも、この舟のどこかにいるのだろうか。



「…!」

はっと、ネウロに顔を向けた。


部屋の隅に座り、右目を光らせている。



「ネウロ…!」

リリアンヌは、慌てて駆け寄った。



「どうしました?」

ネウロが、ふっと光を消した。



「…しばらく、使わないでほしいの」



「……」

意味を尋ねるように、こちらを見上げた。



「何もしないと、約束したの…」


エルデンは、下手な真似をしたら即刻処断すると言っていた。


ちからを使って探っていることが知られたら、どうなるか分からない。



「…そうでしたね。大変失礼しました」



「…ありがとう」


どうしてすぐに納得してくれたのかは分からないけれど。


でも今は、とにかく危険なことを避けたい。


エルデンたちを、刺激したくない。



「じゃあ…僕は、寝るとしますか」



「へ…?」

間の抜けた声が漏れた。



「リリアンヌ殿下、気付いてますか?今、もう夜更けですよ」



「そう…だね?」


兄と話し終わって部屋に戻った時点で、すでに真夜中だった。


そこからもう、二時間近く経っている。



「本当だったら、とっくに寝ている時間です。寝台をひとつ、使わせてもらいますよ」



「あ…うん」



「殿下も、休みましょう?」



「でも…眠くない」


考えることも、たくさんある。



「布団にもぐれば、嫌でも眠くなりますよ」

ネウロは立ち上がると、寝台へ向かった。


カーテンを開け、その中へ入っていってしまった。



「……」

リリアンヌは、ちらりと三人の方を振り向いた。



「…奥の二つには、近づかない。君とビッケで自由に使え」

長椅子に座るブライアンが、部屋の奥の方を指さした。



「…二人は?」


アランフォースは、まだ扉の前で立ったままだった。



「気にするな」

ブライアンは短く答え、そのまま黙って目を伏せた。



「……」



「お前が休まないと、休めないんだって」



「!」


ビッケが、ぐいっと腕を引いた。



「…でも、まだ」



「何かあったら、起こすから。靴」


そのまま寝台に座らされ、手を出された。



「…はい」

靴を脱いで、そっと渡す。



「何かあったら、呼んで」


目の前のカーテンが、勢いよく閉まる。



「……」


カーテン越しに、ぼそぼそとブライアンとアランフォースが話す声が聞こえる。


あの二人は、眠らない気なのだろうか。



「ホ~」

スノウがふわりと肩から離れ、枕元にとまった。



「……」

ベルトを外して、その隣にそっと置いた。


そのまま布団にもぐり込む。


思っていたよりも柔らかくて、気持ち良かった。



エルフは今、何人いるのだろう。


“物語”では、たった数人しか生き残っていなかった。


でも、さっき弓を構えたエルフたちは、少なくとも二十人はいるように見えた。



『キリは、精霊狩りの後に生まれたエルフだ』


『精霊狩りを経験していない』



ずっと前に、オーリア様が言っていた言葉。


キリは、精霊狩りを経験していない。


他のエルフたちの中には…経験している人もいる。



精霊が目の前で狩られて、


一族も、人族の手で殺され――


きっと、今でも人族を恨んでいる。



『お前が、憎い』



「…!」

思わず、布団を握りしめた。



「……」


外したベルトへ手を伸ばし、キリに貰ったナイフを取った。


持ち上げると、鞘の飾りがちゃりちゃりと触れ合う音がした。



『エルフは成人を迎えると、家族から、使い慣れたものを祝いとして贈られる』



目が、涙で滲んだ。



『君と出会えて良かった』


『君から、大切なものをたくさん貰った』



つぅ…と、涙が目尻から枕へ流れた。



「…っ」

こみ上げる嗚咽を、喉の奥で押し殺す。



…大丈夫。


エルデンは、ヌシカじゃない。


ヌシカより、もっとずっと話が通じる。



あの人は――


自分の考えている通りの人なら。



…きっと、分かってくれる。


キリと、もう一度会える。



絶対に。



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