必死の説得①
リリアンヌ視点
エルデンの名前を呼んだことで、大変なことになってしまったのは分かっている。
“物語”で見てきた顔、そのままだったから――
すぐに分かってしまった。
彼は、“デューゼの森の悪夢”で死んでしまうはずだった風の里の長だ。
里では、一番強い者が長になる決まりだ。
だから――キリよりも、強い。
「何をしに風の里へ行くつもりだった」
容赦のないレックスの問いが飛ぶ。
「……」
ネウロもいる。
嘘もつけない。
「キリは…長の考えを受け入れられなくて、風の里を出ました」
リリアンヌは目を伏せ、ぽつりと答えた。
『長の主張を受け入れられず、私は里を出た』
『もう、戻ることはない』
「…お前の話をエルフに伝えたのは、あいつか」
レックスが、低く呟いた。
「お前の件で、対立した」
「…そうです。だから私は、キリに里帰りをしてほしかった」
このまま私と一緒にいれば、彼は、いつかひとりになってしまう。
エルフたちと仲違いしたまま、これから先も何百年と生きていくことになる。
だから――
「あれは、そんな生易しいものじゃねぇ」
「…はい。よく、分かりました」
仲違い、なんてものじゃない。
キリとエルフたちの間に、はっきりとした確執を感じた。
「お前は、風の里の場所を知っていたのか」
「……」
こればかりは――言えない。
だから、まずはキリに相談したかった。
「エルデンという男の狂った行動に、思い当たることはあるか」
レックスは返事を待たずに続けた。
「いいえ…何もないです」
今度は、すぐに首を振った。
「狂った行動だが、お前を傷つけることはないと言っていたな」
「伯父上…まさか、リリィを行かせる気ですか?」
サイラスが、膝の上のリリアンヌをそっと抱き寄せた。
「エルフについて知る良い機会だ。キリを返してもらう必要もある」
レックスは事もなげに言った。
「…!」
まさか、反対されないなんて。
「だが、お前をひとりで行かせる気はない」
「…分かっています」
それはもう、分かっている。
「ですが、私はどうしても風の里に行きたいです」
キリとこのまま離れたくない。
絶対に、こんな別れ方をしたくない。
まだ、何も返せていない。
「彼らが帰ったあとに追いかけてはどうです?」
ネウロが、とんと右目を指した。
「僕なら、風の里まで辿れますが」
「余計にエルフを刺激するだけだろう」
ブライアンがすぐに反論した。
「…私もそう思います」
そんなことをしたら、エルデンは絶対に私たちを許さないだろう。
「ネウロ。あいつらの言っていたことは、すべて事実か」
「ええ。ただ…他のエルフたちに、個々の意思はほとんど感じませんでした」
ネウロが首を捻りながらレックスに答えた。
「長の考えに従って、全員が動いているようでしたねぇ」
「気持ち悪いな。意思がないのか」
サイラスが顔をしかめた。
「それは今どうでもいい。時間もねぇ。どうやって護衛をつけてキリを返してもらうか、考えろ」
「…エルデンに条件を出してみます」
リリアンヌは、小さな声で答えた。
「…条件?」
レックスの眉が、ぴくりと動く。
「はい。手伝いをする代わりに、仲間と一緒に行くことを許してもらいます」
「無理だ」
すぐに否定された。
「手伝ってほしいことはあるが、お前以外が来るなら連れて行かないと言っていただろ」
「…説得材料は、あります」
彼らがずっと探しているものを、知っている。
“それ”がある場所を――私は、知っている。
「何だ」
「…私に、任せてくれませんか?」
リリアンヌは、まっすぐにレックスを見上げた。
「説得材料は、何だ」
「私が、エルデンともう一度話します」
「おい――」
「私は、絶対に風の里へ行きたい…!」
それを、ここで言うわけにはいかない。
なぜそれを知っていると尋ねられたら、言い訳をするしかない。
けれどそれも、ネウロにすぐ嘘だとばれてしまう。
「まず…説得に、ひとりで行く気か?」
ブライアンがそっと口を挟んだ。
「だって…そうしないと、帰ってしまうでしょう?」
護衛をつけてガーデラ川に近づけば、それだけで彼らは去ってしまうかもしれない。
「君ひとりを、向かわせるわけにはいかない」
「エルデンは、私を傷つけないと言っていました」
その約束は、絶対に守ってくれるはず。
「話をして、仲間と向かうことを許してもらいます」
「説得できなかった場合は、どうする気です」
ひやりとする声が、真後ろから聞こえた。
「…一度、ここへ戻ってきます」
リリアンヌは、前を見たまま答えた。
「彼らが、もう一度待つとは思えません。二度と交渉の機会はないでしょう」
「…絶対に、大丈夫」
いざとなれば――彼に、協力してもらう。
こんなことに、巻き込みたくないけれど。
「根拠は」
「…説得の内容は――」
「違います」
言い切る前に、アランフォースが遮った。
「説得できなかった場合に、あなたがここへ戻ってくる根拠はどこにもない」
「てめぇ…」
サイラスが、ぎろりとアランフォースを睨みつけた。
「言い方を考えろよ」
「……」
アランフォースは、何も言わない。
「信用、してください」
リリアンヌは、座ったまま後ろを見上げた。
「絶対に、ひとりでは行きません。私を信用してください」
「つい先ほど…ひとりで行こうとした方が言う言葉ではありませんね」
アランフォースの目が、すっと細くなった。
「…?」
何の話だろう。
「ちゃんと、ひとりでは行かないと伝えたつもりです」
みんなの前で、ひとりでは行けないと、はっきり言ったはずなのに。
「エルデンって奴が、これが最後だって言った時だよ」
ビッケが、こそっと囁いた。
「…?」
リリアンヌはさらに首を傾げた。
「…アランフォースが、お前を視線で止めた時」
もう一度囁いた。
「…えっ、あれは、違う!」
はっと、首を振る。
「あの時は、ひとりで行こうと思ったわけじゃありません!」
「……」
「あ?」
「違うのか?」
「えっ?」
一斉に、反応が返ってきた。
「…あの時は、エルデンを止めようと、咄嗟に…」
「咄嗟に、何だ」
レックスが促した。
「…オーリア様を、呼ぼうとしました」
彼なら、エルフたちも話を聞いてくれると思った。
だけど、その前にアランフォースに止められた。
オーリア様を呼ぶな、という意味だと思っていた。
「……」
「お前は、精霊王が呼べるのか?さすがだな」
サイラス以外が、一気に黙り込んだ。
「ひとりで行こうとするよりは、ましなのかもしれませんね」
ネウロが首を傾げて呟いた。
「ましなものか。リリアンヌ、今、精霊王だけは呼んではいけない」
ブライアンが、真剣な顔で言った。
「どうしてですか?」
オーリア様とキリは、再会をあんなに喜んでいた。
きっと、エルフたちも会いたがっている。
もう、四百年以上も会っていないのだから。
「…それはやめておけ」
レックスが静かに答えた。
「…分かりました」
さっそく、奥の手を封じられてしまった。
「…アランフォース」
リリアンヌは、再び後ろを見上げた。
「絶対に、風の里へひとりで行きません。だから、ひとりで説得しに行かせてください」
矛盾している気もしたけれど。
そう言うしかない。
「…あなたがひとりでエルフについていけば、どうなるかは分かるでしょう」
アランフォースは、じっと見下ろした。
「分かっています…!」
もう、ひとりで行くつもりなんてないのに。
どうすれば分かってくれるのだろう。
「もっと、私を信用してください…!」
必死で訴えるしかない。
「お前は、大人になったな」
「……お兄様」
リリアンヌは眉を下げ、サイラスに顔を向けた。
今だけは、その反応は違う。
「私は、お前を信用している」
サイラスが優しく微笑んだ。
「だから、お前がこれ以上馬鹿の相手をする必要などない」
「え…!」
馬鹿とは、アランフォースのことだろうか。
「リリィは、これだけ風の里に行きたいと望んでいる。だが、ひとりでは行かないと言っているだろ」
サイラスは、父親そっくりの目つきでアランフォースを睨みつけた。
「それならあとは、お前はただ命を懸けて護衛するだけだ」
「お兄様…そうではなくて」
「分かっています。今は、リリアンヌ殿下の意思を確認しているだけです」
アランフォースは、淡々と返した。
「だから、リリィは何度も信用しろって言ってんだろ。お前は何様だ?」
「ここで判断を誤れば、取り返しのつかないことになります。それが分からないのですか」
「やめろ問題児ども」
レックスが二人を遮った。
「リリアンヌ。お前は、ひとりでは風の里へ行かない。説得できなければ諦める。そういうことだな」
「はい」
リリアンヌは、しっかりと頷いた。
諦める選択は、ない。
絶対に、説得してみせる。




