予期せぬ来訪者③
レックス視点
「ごめんなさい…!本当に、ごめんなさい。だから、やめて…!」
リリアンヌの必死な声だけが、静まり返る広間に響く。
「なぜ私の名を知っているのか、尋ねている」
エルデンが同じ言葉を繰り返した。
「それはっ…」
「私が教えた」
扉の向こうから、もうひとりエルフが現れた。
「私が彼女にお前の名を伝えた。だから知っている」
頬には細い傷がいくつも走り、額から流れた血がこめかみを伝っていた。
「キリ…!?」
リリアンヌが、アランフォースとブライアンの間から身を乗り出した。
「…よく抜け出せたな」
エルデンが、ゆっくりと振り返った。
「彼女を傷つけることは許さない」
キリは、静かにエルデンを睨みつけた。
「彼女は、傷つけない」
含みのある言い方だ。
「リリアンヌが悲しむこともするな。そいつは、彼女の兄だ」
「手を出さなければ、こちらから攻撃することはない」
「レックス」
キリの目が、騎士の合間を抜けてまっすぐこちらを向いた。
「……」
国王を、呼び捨てか。
「…全員、剣を下ろせ。サイラス、お前もだ」
「…陛下」
「喧嘩している場合か」
エルフは嘘を言わない。
冗談も言わない。
このままでは、本当に殺し合いになる。
「……」
エドガーが静かに手を上げる。
騎士たちが一斉に剣を収め、左右へ退いた。
サイラスもエルフたちを睨みつけたまま、リリアンヌの隣まで下がった。
エルデンも片手を上げた。
次の瞬間、広間中から弓が下ろされる。
「…キリ!」
リリアンヌが、はっと右手を突き出した。
キリの体が白く光り、顔の傷が一瞬で消える。
「……」
エルデンは、じっとその様子を見ていた。
「…彼女を巻き込まない代わりに戻ると言ったはずだ」
キリが額に残った血を拭った。
「彼女とお前の話は別だ。お前は人族に関わりすぎた」
「別ではない。リリアンヌは、里に行かない」
「なぜお前が決める」
「お前の狂った行動に、彼女を巻き込むな…!」
キリの声が、広間に鋭く響いた。
「…?」
リリアンヌは、戸惑うように二人を見比べた。
「…長に逆らう意味は、分かっているのだろうな」
エルデンの声が、冷えた。
「だから私は戻ると言っている」
「キリ、お願い、待って」
「リリィ、本当に駄目だ」
サイラスが、片手でリリアンヌを抱き留めた。
「いや…っ!私も、行きます!」
腕の中でもがきながら、声を張り上げた。
「仲間と一緒に!行きます…!」
「行くなら、貴女だけだ」
「エルデン…!彼女は、行かない」
キリは、頑なにリリアンヌを見ようとしなかった。
「どうして!キリ…!」
「…これで、最後だ」
エルデンが、静かにリリアンヌへ向き直った。
「行くか、行かないか。貴女が決めろ」
「…!」
「行くなら、ここへ送り届ける。我々エルフは、貴女を傷つけるようなことはしない」
「……」
リリアンヌの目が、変わった。
何かを言おうと、口を開く――
「リリアンヌ殿下」
静かな声が落ちた。
「!」
リリアンヌは、はっと顔を上げた。
アランフォースと、じっと見つめ合う。
「…っ」
やがて、その目が揺らいだ。
唇をぎゅっと結び、ゆっくりとこちらを向く。
縋るような目だった。
「…一時間」
気付けば、言葉が口を衝いていた。
「一時間、くれないか」
「……」
エルデンは、何も言わずレックスへ目を向けた。
「俺たちも、キリには世話になった。別れくらい言わせろ」
「キリはもう、人族に関わらせない」
「他人の行動を制限しているのは、どっちだ」
「制限ではなく仕置きだ。キリは、一族の掟を破った」
「そうか。お前たちにも、事情があるわけだ」
レックスはあっさりと認めた。
「お前たちがキリの行動を制限するように、俺たちがリリアンヌを止めるのにも意味がある」
「……」
エルデンが口を閉じた。
「一時間、くれないか」
レックスは、もう一度言った。
「頼む」
「…一時間、ガーデラ川の岸辺で待つ」
間を置いて、エルデンが口を開いた。
「それを過ぎれば我々は里へ戻り、二度と出てこない」
言い終えると、扉へ向かった。
その姿が、闇に溶けるように消える。
あとに続くエルフたちも、一斉に姿を消した。
とっくに、キリもいなくなっていた。
「…キリ」
リリアンヌの小さな声だけが残った。
「時間が惜しい。行くぞ」
レックスはすぐさま踵を返した。
「配置は」
エドガーが素早く尋ねた。
「……」
足を止め、傍らへ視線を落とす。
「…なんでしょうか」
視線に気付いたビッケが、はっと顔を上げた。
「お前は、どこまで声が聞こえる」
「集中すれば、砦の中ならどこでも。外なら、ガーデラ川付近まで聞こえます」
「エルフも同じくらいだと思うか」
「キリなら、ちからを使えば砦内の会話はすべて聞こえると思います」
「……」
レックスは一瞬考え、エドガーへ目を向けた。
「砦の内外に配置し直せ。エルフを二度と砦に入れるな」
「はっ」
エドガーがすぐに指示を飛ばし、騎士たちが一斉に動き出した。
「リリィ、大丈夫か?」
「お兄様…本当に、ごめんなさい」
「……」
レックスは、じっとリリアンヌに目を向けた。
どこまで話し合いに混ぜるか――
だが、二人で話したところで、どうせこいつらはビッケから聞き出す。
「…伯父上?」
呼びかけには答えず、レックスは階段へ向かった。
数段上がったところで足を止め、そのまま腰を下ろす。
「陛下…せめて、どこかの部屋に」
「この階段に誰も近づかせるな」
「……」
エドガーが再び騎士たちを動かした。
「リリアンヌ、来い」
「はい…」
すぐに階段を上がってくる。
サイラスも階段に腰を下ろし、当然のようにリリアンヌを膝の上へ座らせた。
ブライアン、アランフォース、ビッケ、ネウロも続き、自然とその周りを囲んだ。
サイラスがいることが厄介だが――
これはこれで、役に立つ。
「伯父上、お時間を作ってくださり」
「そんなことは、どうでもいい」
レックスは言葉をかぶせた。
「お前は、風の里に行く気だったな」
「…ひとりで行ってはいけないことくらい、分かります」
リリアンヌは、ゆっくりと首を振った。
「そうじゃねぇ」
アランフォースが呼びかけなければ、ひとりで行く気だったことは…今はいい。
「エルフが来る前から、お前は風の里に行く気だった。違うか?」
「…!」
リリアンヌは、はっと目を見開いた。
キリが、こいつに風の里について話したとは思えない。
エルデンの名を伝えたとも思わない。
なら、答えはひとつだ。
こいつは、元から知っていた。
リリアンヌが三年間眠っている間に読んだ日記に、まだ引っかかる言葉があった。
以前、こいつから聞いた話では説明がつかない一文。
――まさか、こんなに早くキリと出会えるなんて思わなかった
こいつは、まだ何か隠している。




