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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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予期せぬ来訪者②

レックス視点



「エルフ…?」

レックスは低く呟き、紙面から顔を上げた。



「キリは」



「…リリアンヌ殿下は、どこにもいないとおっしゃっていました」

リックが躊躇いがちに答えた。



「これが、キリからなのか」



「ええ、恐らく」



「……」


エルフ――


セスランディアのどこかにまとめて住んでいる。


だが、人前には何百年も姿を現していない。


キリ以外は。



――エルフがそちらに行く。手を出すな



そのキリが、このような伝え方をしてきた。


自ら戻らず、矢で知らせた。


何があった。



「…全員に警戒するよう伝えろ。すぐ動けるようにしておけ」



「はっ」

リックがすぐに部屋を出ていった。


閉じた扉の脇で、エドガーが伏せていた目を上げた。



「…まったく気配が分からないものですね」



「エルフは化け物だからな」


お前らも大概だが。



「軍服に着替えますか」



「いい。意味がない」

レックスは椅子から立ち上がると、そのまま扉へ向かった。



「どちらへ」



「エルフを出迎える」



「まだ、襲撃なのか来訪なのか分かりません」

エドガーが、さっとレックスの前に手をかざした。



「襲撃する気なら、舟の上で仕掛けるべきだっただろ」



「では、この時間に来訪する理由は」



「エルフの非礼は、今に始まったことじゃねぇ」

レックスは構わず扉を開けた。



「陛下…!」

開けた途端、兵士が廊下の奥から慌ただしく駆けてきた。



「門の前に、エルフが現れました!」



「用件は」



「精霊の加護を持つ者と、話がしたいとのことです」



「……」

足を止め、わずかに眉を寄せた。



また、あいつか。



「今、エルフはどうしている」

エドガーが低い声で尋ねた。



「門の前で待たせています」



「…大人しく待っているのか?」



「今のところ…五人とも」



「五人?」

レックスの視線が、鋭く兵士へ向いた。



「…っ!はい、エルフは五人です」



「……」


何百年も姿を見せなかったエルフが、一度に五人。


リリアンヌと話をするために?



「まさか、リリィを呼ぶつもりではないですよね」


話をややこしくさせる男が、こちらへ向かってきた。



「エルフどもに、リリィを会わせる気ではないですよね」

サイラスがまっすぐに詰め寄った。



「…いや、呼ぶ」



「伯父上!」



「お前は、何も話さずにリリアンヌの隣にいろ」

レックスは、再び廊下を進んでいった。



「エルフ五人を中へ入れろ」



「はっ」

兵士が慌ただしく駆けていく。



「ウェイバー。全員、広間へ集めておけ」



「御意に」


後ろを歩いていたウェイバーが、すぐに一行を離れた。



「なぜ、エルフの相手などするのです」



「お前は、リリアンヌを呼んでこい」

レックスは、隣で文句を言うサイラスを一瞥した。



「…余計な奴らも連れてくるのですか」



「どうせ、勝手に揃っている」



「……」

階段まで来ると、サイラスは無言で上階へ向かった。


レックスはそのまま、エドガーを伴って階下へ向かう。



精霊王、敵国の王に続き、今度はエルフ族か。


また、リリアンヌだ。


そもそも、隠れ住んでいた奴らが、なぜ精霊を見つけた話を知っている。


…人族に紛れて、噂を拾っていたのか。


人の国で、随分と好き勝手している。



広間へ着くと、騎士たちが次々と集まってきた。


レックスが中央で足を止める頃には、左右に整列し終えていた。



やがて、正面の扉が開かれた。


扉の向こうから、同じマントを羽織った五人の男が入ってくる。


どれも一様に、表情ひとつ変えない。


初めて会った頃のキリも、こんな様子だった。



五人の先頭に立つ男は、静かに視線を巡らせ、最後にレックスへ目を向けた。



「私は、精霊の加護を持つ者と話したいと伝えたはずだ」

彫像のような男の、口元だけが動く。



「今、呼んでいる。それまで相手をしてくれないか」

レックスは平然と返した。



「人族の間では、こんな夜更けに訪ねるのは無礼にあたる。一応、覚えておけ」



「それはすまなかった」

エルフは、あっさりと謝った。



「思わぬ事態が起きて、時を選ぶ余裕がなかった」



「思わぬ事態…?」

レックスは、ぴくりと眉を動かした。



「人族には関係のないことだ」



「精霊の加護を持つ者は、俺の姪だ。彼女に危険が及ぶようなら会わせない」



「なぜお前が決める?」



「あ?」



「我々に会うかどうかは、彼女自身が決めることだろう」

エルフは、さも当然のように言った。



「…姪の意味は、分かるか」


言葉は、通じているのか。



「親族だろうが、関係ない。それとも、彼女は自由に動くことも許されていないのか」



「自由を奪うことと、危険を避けることを混同するな」



「他人の行動を制限するとは、相変わらず人族はくだらないことが好きだな」



「人の話を、聞いているか?」



「精霊の加護を持つ者と話したいと、私は言ったはずだ」



「……」


面倒だな。


周りに並ぶ部下どもも、殺気を隠す気がない。


そして――



「キリは、どこにいるの…!」


今、こいつが来るのも。



「リリィ、落ち着け」


「リリアンヌ、待て。話を先に」


「でも、キリが…!」


王族たちが、揃って階段を下りてきた。


その後ろには、護衛と従者たちが続いている。


ネウロの左目が一瞬、光った。



「キリは、どこ!」


血相を変えたリリアンヌが、レックスの隣までやってくる。


すぐにブライアンがその腕を掴み、サイラスが前に出た。


アランフォースの視線も、エルフたちに据えられている。



「……」

エルフは、リリアンヌの肩にいる精霊を一瞥し、口を開いた。



「キリは我々と共に帰る」



「え…!?」

リリアンヌの目が、大きく見開かれた。



「どういうこと…!?」



「キリ本人の意思だ」



「嘘…!」



「エルフは嘘をつかない」



「キリと、話をさせて」



「貴女がついてくるなら」



「え…どこに?」



「風の里に来てくれないか」


エルフの言葉に、広間の空気が変わった。



風の里――


エルフの集落か。



「…待て。なに、勝手なことを言っている」

サイラスが低く唸った。



「お前に話していない。彼女に尋ねている」

エルフの目は、リリアンヌに向けられたままだった。



「…風の里へ行って、どうすればいいの?」


もう、興味を持ち始めている。



「住む…ということでは、ないですよね?」



「違う。手伝ってほしいことがある」



「手伝ってほしいこと?」



「風の里に来たら伝える」



「さすがに、口を挟ませろ」

ブライアンがリリアンヌの腕を掴んだまま、エルフを睨みつけた。



「仮に彼女が風の里へ行くとしても、護衛は同行する」



「人族に里の場所を教える気はない」

エルフはすぐに首を振った。



「彼女ひとりでは、どこへも行かせない」



「なぜだ?」



「危険だからに決まっているだろう」



「用が済めば、我々がここまで送り届ける」



「信用できるわけねぇだろ!」

サイラスが吠えた。



「エルフは、嘘をつかない」

同じ言葉を繰り返した。



「……」


嫌な流れだ。



「エルフが嘘をつかないとしてもだ。彼女を、ひとりにはできない。それだけは認められない」

ブライアンが静かに念を押した。



「…貴女の意思は、どうだ」

エルフの視線が、リリアンヌに戻った。



「……」

リリアンヌは、眉を寄せて俯いた。



「…ひとりでは、行けません」

答える声は、小さかった。



「ですから…みんなと一緒に――」



「そうか。ならいい」

エルフはそれだけ言うと、扉へ向き直った。



「…!?待って、キリは?」



「先ほど伝えた通り、我々と帰る」



「い、嫌…!」


「リリィ!」


駆け出そうとするリリアンヌを、サイラスが後ろから抱きかかえた。



「キリに、会わせて…!」



「二度と人族に関わることはない」


銀髪のエルフが手を上げると、後ろの四人も扉へ向かった。



「お願い…!待って!」



「…ちっ」

レックスは、小さく舌打ちした。


エドガーがすぐに察し、騎士たちへ目配せする。



「…っ!話を、聞いて!エルデン!」


張り上げた声が広間に響き――


異様なほど、静まり返った。



銀髪のエルフが、ゆっくりとこちらを向いた。


その目が、まっすぐにリリアンヌを捉える。



「…なぜ、私の名を知っている」



「…!」

リリアンヌが、はっと息を呑んだ。



「答えろ。なぜ知っている」

エルデンは、音もなくリリアンヌに近づいた。


視界の端で、サイラスが動く――



「…やめろ、サイラス!」


怒鳴ると同時に、黒い影が目の前を塞いだ。



――キィィィン…ッ!



前に立つ騎士たちの向こうから、鋭い金属音が響いた。



「…手を、出したな」

エルデンの声が、一段低くなった。



「ごめんなさい…!お兄様、やめて!」



「……」

必死に謝るリリアンヌを、アランフォースとブライアンが背後へ押しやる。



「…!」

ふいにアランフォースが足を止め、背の大剣に手を掛けた。



「リリィに近づくな」


サイラスの声に、そちらへ顔を向けた。



「なぜ私の名を知っているのか、尋ねている」



「おい、なんだこの矢は」



「すべてお前の心臓を狙っている」


騎士たちの向こうで――エルフたちが、サイラスに矢を向けている。



「その矢を放てば、お前ら五人とも、無事にここから出られねぇぞ」

それでも、サイラスの声に怯みはなかった。



「誰が、五人だけだと言った」



「…あ?」



「…今すぐ、転移しますか」

エドガーが、耳元で囁いた。



「エルフに囲まれています」


その言葉に、レックスはゆっくりと視線を上げた。



天井近くの梁に、


シャンデリアの上に、


階段の上に、


いつの間にか、エルフたちが弓を構えている。



広間中に、殺気が満ちていた。



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