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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十八章/風の里
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いつもと違う夜

リリアンヌ視点



予定よりも、だいぶ遅くなってしまった。


もう、真夜中近くだ。


これでは、今からみんなに相談することもできない。


…仕方ない。


とにかく、まずはキリと話をしないと。



「オレ、もう行った方がいいよね?」



「ビッケ…遅くまで付き合わせちゃって、ごめんね」

リリアンヌは、慌てて扉まで駆け寄った。



「あんまり、遅くまで話し込むなよ」

ビッケが言いながら片手を差し出した。


舟でのキリとの会話を聞いていたのだろう。



「うん、そうする」

差し出された手を、ぎゅっと握って離した。



「おやすみ」


ビッケが部屋から出ていった。


扉が閉まると、すぐに振り返り、両手を口元に添えた。



「キリ…」


…さすがに、こんな小声では気付かないだろうか。


いつも通りなら、部屋の前には、すでに見張りが立っているはずだ。


あまり大声を出したら、驚かせてしまう。



リリアンヌは窓辺へ寄り、上下に分かれた窓の下側を、ぐっと持ち上げた。


冷たい夜風が、一気に部屋へ流れ込んでくる。



開いた窓から顔を覗かせ、屋根を見上げた。


暗闇に目を凝らしても、上の様子は分からない。



「キリ~…」


見張りに聞こえないよう、小さな声で呼んでみた。


キリならきっと、これで気付く。


しばらくすれば、来てくれるだろう。



そのまま、視線を下へ落とした。


外は静かで、風の音しか聞こえない。


篝火に照らされて、大きなガーデラ川が見えた。



川の向こうにも、小さな灯りがぽつぽつと見える。


今日の夕方までいた、タッセントのものだ。



「…?」

リリアンヌは、もう一度屋根を見上げた。


キリが、来ない。



「キリ…!」


さっきよりも、大きな声で呼ぶ。


しばらく待っても、何も返ってこなかった。



…寝てしまったのだろうか。


遅すぎて、部屋に戻ってしまったのかも。



…そんなはずはない。


約束したのに、キリが寝てしまうなんて、絶対にあり得ない。


これだけ顔を出しているのに、気付かないはずがない。



何か――あったのかも。



…どうしよう。


この窓から、屋根に跳び移りたい。


すぐにでも、確かめに行きたい。



だけど――


それだけは、駄目だ。



「……」

窓から顔を引っ込め、ちらりと扉へ目を向けた。



こんな時間に、相談に行ってもいいのだろうか。


何を考えているのかと、怒られてしまうだろうか。


…でも。



「…よし」

リリアンヌは、まっすぐ扉へ向かった。


そっと開ける。



「あの」



「…!」


扉の脇に、見慣れた騎士が立っていた。



「あ、リック…」



「どうされましたか」

リックは、すぐにこちらへ向き直った。



「相談があるので、アランフォースのところへ行きたいのだけれど」



「…呼んで参ります」

リックは言いながら、扉の反対側へちらりと目配せした。


誰かが、静かに駆けていく音がした。



「もうひとり、いたのね」



「部屋の中でお待ちください」


廊下を覗こうと顔を出すと、すぐにリックに止められた。



「…こんな遅くに、ごめんなさい」



「緊急ではないのですね?」



「…はい」

リリアンヌは目を伏せ、小さく首を傾げた。


緊急…ではない。


ただ、キリからの返事がないだけだ。



「どうされました」



「…!」


顔を上げると、リックのいた場所には、もうアランフォースが立っていた。



「は、早…」



「何かあったのですか」

呆気に取られるリリアンヌに、アランフォースがもう一度尋ねた。



「ええと…少し、中で話せますか?」



「……」



「…ごめんなさい」


アランフォースの表情を見て、ようやく気付いた。


こんな夜中に、護衛とはいえ男性とふたりきりになるのは、とてもまずい。



「私が、外に出ますので――」



「いえ、いいです。入ります」

アランフォースは素早く部屋へ入ると、扉を閉めた。



「…それで、何があったのです」


私服姿なのに、大剣だけは持っている。


もう、寝るところだったのかもしれない。



「あの…遅い時間に、ごめんなさい」



「それは、いいので」



「キリが、どこにもいないの」

リリアンヌは、不安げに眉を寄せた。



「キリと、話す約束をしていたのだけど…」



「…そう話していましたね」

アランフォースは大剣を背負いながら、室内へ視線を巡らせた。



「……」

その目が、開いた窓でぴたりと止まる。



「いつもね、呼ぶと来るのだけど」


その視線に気付いて、リリアンヌは窓辺へ近寄った。


夜風が吹き込み、下ろした髪がふわりと舞った。



「これだけ待っても来ないなんて」


突然、体を強く引かれた。



「わっ!?」


背中が、硬い胸元にぶつかる。


同時に、大きな左腕が肩に回された。



「なっ…え?」


何が起きたのか分からない。


リリアンヌは、自分を抱え込むアランフォースを見上げた。



その右手に――


一本の矢が、握られていた。



「…!?」



「離れて」

アランフォースはリリアンヌの肩を抱いたまま、窓辺から離れた。



「その矢って――」



「そこで、動かないように」


部屋の隅まで下がらせると、すぐに灯りを消した。


室内が一気に暗くなる。



アランフォースはひとり、再び窓辺へ近づいていった。


開いた窓から差し込む月明かりが、その姿を薄く照らしている。



「……」

リリアンヌは、アランフォースの手にある矢をじっと見つめた。



…どうして?


あの矢は、何度も見てきたものだ。


どうして、あの矢が、この部屋に向かって…?



アランフォースは窓の外に目を向けたまま、矢を胸の前まで持ち上げた。


矢羽に指を掛け、何かを外した。



「…手紙?」



「静かに」

外した紙片を広げ、目を落とす。



「……」

アランフォースの表情が、わずかに険しくなった。



「…そこにいてください」


ガンッ、と窓が閉まった。


すぐに踵を返し、扉へ向かっていく。



「リック」



「はっ…」



「これを、すぐに陛下へ」



「…これは」



「急げ」



「はっ」


駆ける足音が、廊下の奥へ遠ざかっていく。


扉を開けたまま、アランフォースが戻ってきた。



「何が…あったの?」


何か――


異常なことが、起きている。



「……」



「キリは…?」



「……」



「あの手紙は、何?」


どうして、何も言ってくれないのだろう。



「お願い、教えて…!」


あの矢は――キリのものだ。



緊急事態を知らせるために、矢を放った。


ここに来られないほどの、何かが。



「……」

アランフォースは、慎重に口を開いた。



「…別のエルフが、現れました」



「…!」


その言葉に、リリアンヌはひゅっと息を呑んだ。



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