王を読むもの
ネウロ視点
「そもそも、あの茶番はなんだ」
レックスは椅子に胡坐をかき、我が物顔で寛いでいた。
「あれでショウレンが死んでいたら、余計な手間が増えるところだった」
「ですが、おかげで大臣たちを追い出せたでしょう?」
ネウロは、飄々と言い返した。
ホーレイがレックスへ毒を盛ろうとしていたことは、もともと分かっていた。
ブライアンから事前にショウレンへ伝えてもらい、レックスの前でそれを指摘させる。
まさか、自分で飲むとは思わなかったが。
だが結果として、レックスが欲しがっていた“きっかけ”は、十分すぎるほど手に入った。
「陛下はずっと、生贄を探していたじゃないですか」
レックスが試していたのは、全員だ。
ショウレンを生かすなら――代わりに、誰を用意するのか。
残虐王の名を知らしめ、二度とセスランディアに逆らう気など起こさせない。
そのための、ひとり。
そうして、可哀想なホーレイは選ばれた。
「生贄も何も、あいつは先の戦争でセスランディアに毒を撒いた張本人だ」
レックスは事もなげに言った。
「大臣たちは…逃がして良かったのか?」
ルイージが慎重に尋ねた。
「第一王妃や王子も…あれは、いつか必ず戻ってくるぞ」
「それはない」
レックスは、やけにきっぱりと答えた。
「…どうして言い切れる」
「聞きたいか?」
「…いや。もう、いい」
ルイージは、諦めたように顔を背けた。
…まあ、そうなるだろう。
レックスが、あの大臣たちを許すとは思えない。
それに、毒を渡したのはホーレイとユンファだと、死ぬ前の給仕からルイージが聞き出している。
ユンファだけを見逃すはずもない。
オウワンも、同じだろう。
せめてもの救いは、ユンファが娘のルオラを置いていったことか。
ちらりと右目に映った彼女は、まだ幼かった。
「…ハラ大臣は、どうする気です」
「あ?」
「彼はコウランに残り、処断を待っています」
ブライアンは、レックスの顔をじっと見つめた。
ハラ――
大臣たちの中で唯一、セスランディアに協力的だった人物。
「リリアンヌは、そいつの顔を覚えているんだろ」
「覚えているどころか…彼を、人として好いています」
ブライアンが、少し言い淀みながら答えた。
行きの案内の時から、リリアンヌはハラに親しみを持っていた。
ハラもまた、初めから彼女に悪い感情を持っていなかった。
「それなら、生かすしかないだろ」
「……」
何とも言えない、呆れ混じりの沈黙が落ちた。
「お前らが一番よく分かってんだろ」
レックスは、自分の左肩を軽く叩いた。
「あいつを、この国で異形の存在にする気はねぇ」
「セスランディアでも、させる気はありませんよ」
ブライアンがすぐに言い返した。
「あいつは一度、ここで“枷”に呑まれかけた。そう言ったな」
「…ええ」
「もう、二度目だ」
レックスが胡坐を解き、身を乗り出した。
「三度目も、戻ってこられる保証はない」
「……」
三人は、一斉に口を引き結んだ。
レックスが戦争へ行くと告げた時とは、まるで違う。
あの時は、リリアンヌの体の中の黒い塊が、喜ぶように跳ね回っていた。
今回は、黒い靄が彼女の白い光に広がった。
そして左肩から溢れ出し、瘴気となった。
思い出すだけで、背筋が寒くなる。
よく、あそこから戻ってこられたものだ。
ビッケたちがすぐに駆けつけたのも大きかったのだろう。
自分の目に何が見えたのかは、まだ誰にも話していない。
だが、リリアンヌ自身は分かっているのだろう。
あれ以来、感情の中に、焦りが滲んでいるのだから。
静まり返る室内に、遠く、廊下を歩く足音が響いた。
少しして、扉がノックされた。
「伯父上、リリアンヌです」
「入れ」
レックスが答えると、扉が開き、アランフォースが姿を見せた。
その後ろから、リリアンヌとビッケが入ってくる。
リリアンヌは伏せていた目を上げ――足を止めた。
「…あれ」
先客がいるとは思っていなかったらしい。
「お疲れ様です」
ネウロは、軽く手を振った。
ブライアンとルイージも、それぞれ手を上げる。
「ええと…時間をずらした方が良かったですか?」
「いい。座れ」
いつも通りの偉そうな態度に戻ったレックスが、隣の椅子を指さした。
「はい」
リリアンヌは素直に腰掛けた。
「結論から話す」
「…っ」
ぎくりと肩を揺らした。
何の、と言わなくても分かっているのだろう。
「セスランディアは、タッセントと同盟を結ぶことになった」
「…は、はい…?」
レックスの言葉に、まったくぴんと来ていない様子だ。
「タッセントは、そのまま残す。セスランディアが国を治める気はない」
「…!」
「誰も、処刑しない」
レックスは――真っ赤な嘘をついた。
「本当に…!」
リリアンヌの瞳が、一瞬で潤んだ。
「ただし、法はセスランディアに寄せて変える。コウランが立ち直るまでは、セスランディアの兵を残す」
「はい…っ」
「立ち直れば、兵はすべて引き上げる。そのあとは同盟国として、互いに戦争をしないと誓う」
「はい…!ありがとうございます…!」
「お前のためじゃねぇ」
レックスは頬杖をついたまま、呆れたように続けた。
「これ以上、セスランディアの土地を広げる気は俺にはない。面倒ごとが増えるだけだ」
「タッセントが、同盟国…」
リリアンヌは小さく呟き、嬉しそうな顔をレックスに向けた。
「ショウレン陛下も、そのまま王を続けるのですね?」
「当たり前だ。あいつには、これから死ぬ気で働いてもらう」
「…ふふっ」
「笑いごとじゃねぇ」
「いえ…伯父上は、ショウレン陛下と随分仲良くなられましたね?」
「命を救われたからな。礼に、友人くらいにはなってやろう」
レックスは、ふっと笑ってみせた。
「……」
ネウロは、心の中で盛大に苦笑した。
これこそ――茶番だ。
タッセントを同盟国にした理由は、分かり切っている。
精霊の申し子の名を、さらに知らしめるためだ。
その名を利用しながら、リリアンヌが望んだ以上の形にまで持っていった。
確かに、“枷”のためにはこう着地するしかなかったのかもしれない。
…だが。
レックスから滲む感情は、あまりにも薄い。
企みがあることには気付けても、その奥までは見えない。
それでも、ここへ来てからは彼らしからぬ行動が目立った。
リリアンヌを、抱きしめてみせたのも。
三週間近くも、彼女を手元に置いておいたのも。
――まさか。
「……」
ネウロは、そっと顔を上げた。
レックスの視線は、まっすぐこちらを捉えていた。




