残虐王の出した答え②
とある視点
「はい、どうぞ」
「今日も、たっぷりと白のちからを送りましたっ」
フワドとセイオウは、休む間もなく椀を手渡していた。
「もう、いらしてくれないのかと思いました!」
「ああ、また王子たちの手から受け取れるなんてなぁ」
「ありがとうございます…ありがとうございます!」
炊き出しに並んでいた者たちが、次々と椀を受け取っていく。
「あれ?先生、今日は随分と騎士様の護衛が多いね?」
「そっ、そうかな…!」
リリアンヌが、ぎくりと肩を上げた。
――先生…?
「白のちからを我々にも分けてくださるなんて…ショウレン陛下は、本当に慈悲深いお方だよ」
男はリリアンヌの様子に気付かず、椀を受け取って去っていった。
「兵士さん!そろそろ、次の鍋の用意をお願いしますっ」
セイオウは、すっかり慣れた様子で兵たちに声を掛けている。
「王子様…」
「ああ、こんにちは。あのあと、また腰を痛めてはいませんか?」
「ええ、ええ。本当に、この炊き出しのおかげで――」
フワドも随分と馴染んでいる。
再びリリアンヌに目を向けると、いつの間にか周りに人だかりができていた。
「精霊の申し子様…明後日には、またセスランディアから人が来るんでしょう?」
「本当に…コウランは、どうなっちまうんだい?」
「すまないが、これ以上は近づかないでくれ」
ムーラオがリリアンヌの前に立ち、人々を手で制した。
「大丈夫」
リリアンヌが、その背中からそっと顔を覗かせた。
「コウランはきっと、もっと良くなるから」
「…本当?」
「私ら、奴隷のように扱われない?」
「そんなこと、しない」
リリアンヌは、まっすぐに答えた。
「そんなこと、セスランディアの王は許さない」
「…もう行きなさい」
ムーラオが促すと、人々は名残惜しそうに散っていった。
「……」
リリアンヌは、おずおずと振り返った。
後ろに控える護衛のひとりと、目が合う。
「…えへ」
誤魔化すように、小さく笑った。
―――
「二人とも、ちからの使い方がとても上手になったね」
城へ続く石段の下で、リリアンヌが嬉しそうに言った。
「やっと、こつを掴んだ気がします」
フワドが笑みを浮かべ、とんっと胸を叩いた。
「器のことを考えると、以前よりずっと、ちからを使えるようになったのが分かります」
「でも、無理は禁物だよ?」
「ええ、もちろんです」
「いつかは僕たちも、師匠のように、たくさんの人を治せるようになるでしょうかっ?」
セイオウが、目を輝かせて尋ねた。
「うん。セイオウならできるよ」
リリアンヌは、優しく目を細めた。
「では師匠、また」
「師匠、今日もありがとうございました!」
二人が、揃って一礼する。
去り際、彼女の後ろに控える護衛のひとりにも、丁重に礼をした。
「……」
リリアンヌは去っていく王子たちに、静かに手を振った。
護衛のひとりが、彼女の隣に並ぶ。
「満足したか?」
「満足、していません」
リリアンヌは眉を寄せ、隣を見上げた。
「これがお前の望んだことだろう」
護衛が流れるように腕を差し出した。
「そうです。伯父上に、どうしても見てほしかった」
二人は腕を組み、長い石段を上がっていった。
本物の護衛たちと従者が、後ろからついていく。
その一団から少し距離を置き、数人の武官と兵も続いた。
「王子たちは、この国に必要な存在です…」
リリアンヌが、ぽつりと呟いた。
「この国には、光が必要です」
「…どこかで聞いた言葉だな」
「…?何のお話ですか?」
「なんでもねぇ」
「それに、町の人たちはショウレン陛下を好いています」
リリアンヌは、構わずに言葉を続けた。
「伯父上も、民の言葉を聞いたでしょう?」
「……」
「ショウレン陛下もまた、タッセントの光です。光を奪われれば、民は、より混乱します」
「それが、お前なりの答えか」
レックスは、ゆっくりとリリアンヌに目を向けた。
「…はい。私が直接見て、感じたことです」
リリアンヌも、その目を見返した。
「……」
レックスは何も答えず、そのまま石段を上がっていった。
上まで辿り着くと、腕を解いた。
「お前は、今日はもう部屋に戻れ」
「…まだ時間があるなら、明日も」
「明日は、帰る準備でもしていろ」
「伯父上…」
リリアンヌは、動かなかった。
「…あとで話をする」
「…分かりました」
「先に戻ってろ」
レックスは短く言うと、護衛を従えて城の中へ入っていった。
「…お疲れ様でした」
リリアンヌは、その背中にぺこりと頭を下げた。
ほかの者たちも見送ると、アランフォースとビッケと共にその場を離れた。
「……」
レックスは、黙って歩いていく。
まるで自国の城かのように、階段を上がり、見晴らし台のある広間へ向かった。
そのあとを、ひとりの武官とひとりの兵士が追う。
「…俺の姪は、可愛いだろ?」
室内へ入るなり、レックスが口を開いた。
橙の髪をした護衛――エドガーも、そのあとに続いた。
「一生懸命考えて、お前らを救おうとしている」
中央の席まで進み、どさっと腰を下ろした。
「本気で、あんなことで救えると思っている」
ふっと、目を細めた。
「馬鹿で、可愛いだろ?」
「……」
その言葉に、入り口で立ち止まっていた二人のうち、ひとりが動いた。
「…馬鹿かは、分からないが」
ムーラオの隣に立つ者が、ゆっくりと兜を外す。
「彼女の考えは、単純で美しいな」
ショウレンは、外した兜を静かにテーブルへ置いた。
「だが…それでは、国は成り立たない」
敗れた国の光を、勝った国が徹底的に叩き潰す。
それが、戦争だ。
それが――この世の条理だ。
「まったくもって、その通りだな」
レックスは、薄く笑ったままだ。
「だがな…俺は、それでお前らを処刑しないことにした」
「…?」
ショウレンは、訝しげな顔をレックスへ向けた。
「リリアンヌの願いを聞き入れて、お前らを処刑しないことにした――そういうことにしてくれないか」
「…どういうことだ」
息子二人のことを言っているのか。
「そもそも俺は、お前を処刑する気は一切なかった」
「…はぁ?」
思わず、低い声が漏れた。
「先代のような愚王なら別だが、お前は使える」
「…俺をどう使う気だ?」
「あいつの言う通り、国には必ず光が必要だ。だが、その光はお前らじゃねぇ。リリアンヌだ」
「…?」
まだ、意味が分からない。
「精霊の申し子がコウランを救い、さらに、タッセントの王族まで救った」
レックスは、淡々と言葉を続けていく。
「精霊の申し子がタッセントの王と手を結び、戦争から平和へと導いた」
「…まさか」
ショウレンは、はっと目を見開いた。
「セスランディアは――タッセントと同盟を結ぶ」
「…っ」
後ろで、ムーラオが息を呑む気配がした。
「…ぬるすぎる」
心の声が、そのまま口を衝いて出た。
長年、喧嘩を売り続けた国と、同盟を結ぶ――?
多くのセスランディアの民を殺し、白の使い手を虐殺した国と、同盟を結ぶ?
「そうだな。だが俺は、精霊の申し子の名に傷がつくようなことはしたくない」
「……」
ひとり大臣を無残に処刑しておいて、何を言っているのか。
「今朝の処刑を見て、無能な重鎮どもは去っていっただろうな」
レックスが、考えを読んだかのように言った。
老臣どもは、我先にと城から逃げ出した。
ユンファも、娘を残してオウワンと共に去ったという。
兵には、止めるなと命じてある。
「お膳立てはしてやった。お前がやることは、分かるな」
レックスの目が、まっすぐこちらに向く。
「……」
言葉が、出ない。
俺は――読み間違えていた。
リリアンヌも、
レックスも、
セスランディアという国も。
これが――大国の王。
初めから、駆け引きに負けていた。
「…は」
口から、失笑が漏れた。
「同盟国という名の…精霊の申し子の従属国ということか」
そうとしか、聞こえなかった。
「分かってるじゃねぇか。さっさと国を復興して、リリアンヌの手柄だと広めろ」
「…それを、俺ならできると」
だから、生かすというのか。
「死なせて楽になどしてやらねぇよ」
大国の王の言葉が、無慈悲に落ちる。
「死ぬ気で、国を立て直せ」




