抗いの先
リリアンヌ視点
「今日は、随分と機嫌が良さそうですねぇ」
ネウロが、ふふっと笑いかけた。
「へっ…そうかな」
リリアンヌは、小さく肩を揺らした。
「ネウロやルイージ宰相と、久しぶりに会えたからかな」
「ええ。本当に、久しぶりな気がしますね」
「…ルイージ宰相、本当に――」
「もう、謝罪は結構ですから」
言い切る前に、きっぱりと遮られた。
「まもなく、セスランディアから応援が来ます。それまでに片づけておきたいだけです。お気になさらず」
「でも…お疲れの顔をしています」
「元来、私はこういう顔です。それに、私の話はどうでもいいでしょう」
ルイージは、困ったように眉を寄せた。
「あなたは、まもなくセスランディアに帰ることになる」
「…そうですね」
リリアンヌは、きゅっと表情を引き締めた。
セスランディアの文官たちが来るのは、四日後と聞いた。
それまでに、レックスはショウレンたちの刑を決めるはずだ。
…もう、時間はわずかしか残されていない。
せっかく貰った機会だ。
絶対に、活かしてみせる。
「…また何か、あなたは無茶をしそうだ」
ルイージが、小さく溜息を漏らした。
「…無茶は、しません」
誤魔化すように、茶を一口飲んだ。
「無茶は、ですか」
ネウロまで、すかさず口を挟んだ。
「だから、殿下は機嫌が良さそうなのですね?何か、陛下に許可を貰った」
「…ちから、使ってないよね?」
「それくらい、使わずとも分かりますよ」
「……」
どうしてみんな、こんなに人の考えていることが分かるのだろう。
私なんて、誰が何を考えているのか、ちっとも分からないのに。
不意に、アランフォースとビッケが同時に顔を上げた。
二人の視線が、扉へ向く。
アランフォースがさっと扉を開け、廊下へ顔を出した。
「ここです!」
「ど、どうしたの?」
リリアンヌは慌てて立ち上がった。
「……」
ネウロの右目が、すっと光った。
「エドガー団長か…?」
ルイージが、扉へ視線を向けて腰を浮かせた。
「えっ、エドガー団長?」
エドガーの声がしたのだろうか。
レックスは今、ブライアンと一緒にショウレンと晩餐会をしているはず。
…まさか。
レックスの身に、何かが――
「緊急事態だ」
エドガーが、開かれた扉から現れた。
「伯父上に、何かあったのですか…!?」
「リリアンヌ殿下をお連れする。全員、ただちに城の食堂へ向かえ」
エドガーは答えず、素早く室内を見渡した。
「殿下を危険に晒すことは、絶対にしない」
最後に、その視線が窓に向いた。
「説明は、移動してから」
つられてそちらを見た途端、手を掴まれた。
キリが窓辺にいたのが、ちらりと見える。
「!」
次の瞬間には、目の前の景色が変わっていた。
エドガーの、転移だ。
ここは――初日に晩餐会をした食堂だ。
騎士たちが、誰かを取り押さえている。
その傍らには、険しい表情のブライアンが立っていた。
「父上ぇ…!」
悲痛な叫び声に、リリアンヌは、はっと振り向いた。
床に――ショウレンが倒れている。
「…ショウレン陛下!」
口元も、服も、血に染まっている。
顔は真っ白だ。
「…!」
考えるより先に、右手を突き出した。
食堂いっぱいに、白い光が広がった。
「……」
光が収まっても、ショウレンは動かない。
「ど、どうなったの…」
セイオウが、震える声を漏らした。
「父上…」
フワドも、跪いたままショウレンを見つめている。
「……」
ショウレンの目が――ぱちりと開いた。
「よ、良かったぁ…」
張り詰めていた力が、一気に抜けた。
リリアンヌは、王子二人の間にへなへなと座り込んだ。
「…どうして」
ショウレンが、戸惑ったようにゆっくりと身を起こした。
先ほどまでの青白さは、もう消えている。
「なぜだ…!」
怒号が、食堂に反響した。
「飲めば、すぐに死ぬ毒だぞ!なぜ生きている!」
騎士たちに取り押さえられた男が、声を張り上げていた。
「それを俺に飲ませようとしたのか」
「…!」
はっと顔を上げる。
ショウレンの向こうに、レックスが立っていた。
「いい度胸だな。あとで、ゆっくり話を聞いてやる」
「!」
男の顔が、さっと強張った。
「今は死なせるな。ルイージとネウロが来たら、尋問させろ」
「はっ」
「離せ…!くそ!」
騎士たちが、暴れる男を引きずるように連れ出していく。
「僕…また、治せなかった」
小さな声がすぐ傍から聞こえ、そちらへ顔を向けた。
「すぐに、白のちからを送ったのです。でも、父上の顔色は戻らなかった」
セイオウが、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「セイオウがいなかったら、間に合っていなかったもの」
リリアンヌは、安心させるように頭を撫でた。
「よく頑張ったね」
セイオウが、すぐにちからを送ってくれたからだ。
そうでなければ――私が来るまで、もたなかったかもしれない。
「師匠のおかげです。考えるより先に、体が動きました」
フワドが、深々と頭を下げた。
「フワドも。偉かったよ」
同じように、優しく頭を撫でる。
「師匠…!私は、来年成人です」
フワドの顔が、真っ赤になった。
「あっ…ごめんなさい」
慌てて手を引っ込めた。
つい、孤児院の子たちのように触れてしまった。
「本当に…ちからが強くなったのだな」
ショウレンは呆然として、息子たちを見比べていた。
「ショウレン陛下…何があって、こうなったのですか?」
「……」
リリアンヌに答えず、レックスをちらりと見上げた。
「伯父上、何があったのですか?」
「…そいつが自分で死のうとした」
レックスが短く答えた。
「ショウレン陛下…!」
リリアンヌは眉を寄せ、ショウレンを睨みつけた。
「どうして、そんなことをしたのですか」
「…レックス王の酒に毒が入っていると証明するには、飲むのが手っ取り早いと思った」
「なっ…」
なんて、無茶を――
「いくら二人が、白の使い手だとしても…!そんな無茶は、やめてください」
「……」
「目の前の人を助けられないことほど…つらいことはありません」
自分の代わりに死んだ御者のことは、二度と忘れられない。
目の前で誰かが死に…助けられない。
「二度と、命を粗末にしたりしないで…!」
そんな思いを、この二人にはさせたくない。
「…そうだな。すまなかった」
ショウレンは、素直に謝った。
「…リリアンヌ。君は、もう戻ろう」
ブライアンが、肩をぽんと叩いた。
「…先ほど、連れていかれた男性は」
「お前はもう、何も気にするな」
レックスが素早く遮った。
「でも…」
「リリアンヌ。助かった」
「……」
もう、何も教えてくれそうもない。
「…はい」
リリアンヌは、きゅっと口を結んで頷いた。
差し出されたブライアンの手を取り、立ち上がる。
ふと見ると、すぐ傍にアランフォースが立っていた。
いつの間に来ていたのだろう。
「…じゃあ、フワド、セイオウ。また明日ね」
食堂を去る前に、王子たちを振り返った。
「え?」
「明日?」
フワドとセイオウが、きょとんと目を瞬いた。
「…伯父上」
リリアンヌは、じとっとレックスを見つめた。
「これから言う予定だった」
「もう、約束しましたからね?」
「分かってる」
ひらひらと手を振られ、追い払われてしまった。
「ショウレン陛下も、また」
リリアンヌは最後に、床に座ったままのショウレンへ一礼した。
「…もう、無茶はしないでくださいね」
「……」
ショウレンは一瞬何か言いかけて、口を閉じた。
代わりに、小さく手を上げた。
「…そうだな。また」




