王との駆け引き
リリアンヌ視点
「お前らは、もういい」
「!?」
「もういいとは…!?」
「まさかっ…」
「誰が発言しろと言った」
レックスの一声で、大臣たちは再び口を閉じた。
「退出しろという意味だ。出て行け」
「なっ…!」
「そんなっ…」
「か、勝手すぎる…!」
「……」
大臣たちが口々に声を漏らすなか、ハラだけが立ち上がった。
中央に座る三人に向かって一礼し、静かに広間を出ていく。
大臣たちも戸惑いながら腰を上げ、ハラに続いた。
何人かはレックスに向かって口を開きかけたものの、結局、何も言わずに出ていった。
レックスもショウレンも、大臣たちが退出するのを黙ったまま待っていた。
「ショウレン王、何か言うことはあるか?」
レックスが、ふいに切り出した。
「いや、何もない。この国の処遇は、すべて貴殿に委ねている」
「俺が残虐王と呼ばれていることを知ったうえで言っているのか」
「無論だ。そのうえで委ねると言っている」
「…あ?」
レックスは、リリアンヌ越しにショウレンを睨みつけた。
「私はリリアンヌ殿を信用している。何も心配していない」
ショウレンも、リリアンヌ越しに睨み返す。
「…お前は、予想以上に余計なことをやったようだな」
レックスの視線が、リリアンヌに向いた。
「……」
リリアンヌはじっとレックスを見上げたまま、何も言わなかった。
「…ショウレン王。身内だけで話す時間を貰えるか」
「無論だ」
ショウレンが立ち上がった。
「この広間を、自由に使ってくれて構わない」
「ここ以外も、自由に使わせてもらうつもりだ」
「…そうでしたな。歩き回る貴殿を、臣下が誤って斬りつけたりせぬよう、周知しておこう」
ショウレンの目が、すっと細くなった。
「そうしてくれ」
レックスはリリアンヌを見下ろしたまま、おざなりに答えた。
「…夕食は部屋に用意させよう。また明日に」
ショウレンはそう言って、広間から出る階段へ向かっていった。
ムーラオも武官たちもそれに続く。
「エドガー」
「はっ。――ゲイソン」
エドガーに視線を向けられ、ゲイソンがすぐに踵を返した。
それを合図に、国王直属騎士団も広間をあとにする。
いきなり、見慣れた顔ぶれだけになった。
「ショウレンの反応は、面白くないな」
騎士たちが出ていくなり、レックスが口を開いた。
「お前な…あまり煽るなよ」
ルイージが苦い顔で返した。
「ブライアン殿下からの書状で、事情は知っていたんだろう?」
「先に喧嘩を売ったのは、あっちだ」
「もう、無条件降伏しただろ」
「そうじゃねぇ」
「はぁ?」
「どこまで話は詰まってる」
レックスは、ブライアンへ目を向けた。
「まず、無条件降伏を父上たちに知らせると同時に、レイセントにも早馬を出しました。王都から、文官たちを呼び寄せています」
ブライアンが素早く答えた。
「それで」
「この国の法律や信仰、文化については、一通り確認しました。セスランディアとは大きく異なりますが、今のところ、特に問題になるものはありません。王都から人が到着次第、法律もセスランディアに合わせて整えていくつもりです」
「それから、セスランディアとタッセントを繋ぐ橋を急ぎ造らせることになった。ナブラン砦とガーデラ砦の間に、ひとつ」
今度は、ルイージが答えた。
「…それで」
「病の影響で、首都コウランは物資の行き来が滞っている。このままでは国が立ち行かない。急ぎ、元に戻す必要が――」
「誰に戦の責任を取らせるか、決めているのか」
レックスが、ルイージの言葉を遮った。
「……」
ルイージもブライアンも、ぐっと口をつぐんだ。
「どこまで処刑するつもりだ。そこはまだ、話を進めていないのか」
「…今、ここでは」
ルイージが、ちらりとレックスの隣へ目をやった。
「…ネウロに協力してもらい、何があったのかは調べ終えています」
ブライアンも、同じところへ視線を向けた。
「黙り込んで、どうした」
レックスが、隣へ顔を向けた。
「…黙っていろって、言われました」
リリアンヌは、小さく口を尖らせて答えた。
「不満そうだな」
「…国同士のことに、口を挟むつもりはありません」
「じゃあ、その顔はなんだ」
「もともと、こういう顔です」
「文句があるなら、早く言え」
「伯父上は、誰を試しているのですか?」
リリアンヌは、ぱっと顔を上げた。
「……」
「一体、何をしようとしているのですか?」
さっきから、レックスは思ってもいないことばかり言っている。
きっと、不始末を私に押しつけたなんて思っていない。
私が勝手に動いたことを、絶対に知っているのに。
「…お前の嫌いな、駆け引きだ」
レックスが、ふっと口角を上げた。
「…誰と?」
「王都から人が来るまで、ひと月近くはかかりそうだな」
レックスは答えず、再びブライアンに顔を向けた。
「早ければ、そのくらいにはなるかと」
ブライアンが頷いた。
「なら、それまでゆっくりするか」
「はぁ?」
ルイージが、くっと眉を寄せた。
「お前…状況が分かっているのか?いや…分かっているよな」
「その間に、お前はタッセントの大臣どもを手伝って、少しでも早く国を立て直せ」
「……」
「ブライアン。お前は、この国についてもっと学べ」
「…父上は何をされるつもりなのですか?」
ブライアンが、慎重に尋ねた。
「俺はそうだな、リリアンヌと話でもしている」
「ええっ?」
リリアンヌは、ぎょっと目を丸くした。
「レックスお前、一体何を考えているんだ」
ルイージがすかさず口を挟んだ。
「そもそも、お前らは俺に文句が言えるのか?」
「……」
レックスの言葉に、全員がぴたりと口を閉じた。
「俺は、お前らに王都を護れと言ったはずだ」
レックスは、ブライアン、ルイージへと順に視線を移した。
「伯父上…!みんなを巻き込んだのは、私です」
リリアンヌは、弾かれたように身を乗り出した。
「そんなことは分かっている」
「それなら、罰を受けるのは私です」
「お前はあとだ。先に、こいつらだ」
「伯父上…!」
思わず、悲鳴のような声が漏れた。
「私が、無理やり話を聞きました。私が、無理やり巻き込みました!」
「リリアンヌ、言っただろう。ここへ来たのは、私の意思だ」
「そうですよ。庇う必要はありません」
ブライアンとルイージが、それぞれ言った。
「ルイージ。お前は、この国を立て直すまでセスランディアに帰ってくることを禁ずる」
レックスは構わずに続けた。
「…!」
リリアンヌは、小さく息を呑んだ。
「これから来る者たちと共に、この国の法をすべて見直せ」
「御意に」
ルイージは、迷いなく応じた。
「伯父上…!ルイージ宰相は、セスランディアに必要な方です…!」
法すべてを、見直すなんて。
何か月、の話ではない。
何年も、かかってしまう。
「その間、セスランディアの政務はどうするつもりなのですか…!」
「こいつはすでに、政務を放棄して王都を出てきている」
「でも…っ」
「ブライアン。お前は町にいるセスランディアの兵をなんとかしろ」
レックスは今度は息子に目を向けた。
「十万ほどを連れてきた。町の復興に使うなり、タッセントの別領へ派遣するなり、好きにしろ。とにかく早く振り分けろ」
「…それだけでしょうか」
「さっき言った通りだ。この国についてさらに学べ。セスランディアの役に立ちそうなことを見つけてみせろ」
「分かりました」
ブライアンが頷いた。
「あの…僕は」
ネウロが、そっと手を上げた。
「お前らには、王都にいろと言った覚えはねぇ。勝手に――いや、待て」
レックスは、ふと言葉を止めた。
「ネウロ、俺に協力しろ」
「協力?何をです?」
「その目を貸せ」
「…伯父上――」
「リリアンヌ。お前の従者を呼べ」
「お呼びでしょうか」
「!」
見晴らし台のところに、ビッケが立っていた。
その後ろの欄干には、キリが平然と座っている。
「お前の鷹を使わせろ」
「かしこまりました」
ビッケはぴしりと一礼した。
「伯父上!ビッケは、私の従者です!私が無理やり連れて――」
「お前への罰は、これらを受け入れることだ」
「…っ」
ぐっと、言葉を呑み込んだ。
「お前がこいつらを巻き込み、結果、罰を受ける羽目になった。それを受け入れろ」
レックスは、ゆっくりとリリアンヌに視線を向けた。
「罰を覚悟のうえで、ここへ来たんだろ」
「……」
「お前は、まず俺に、ここで起こったことをすべて話せ」
「……」
「おい、聞いてんのか」
「…ショウレン陛下たちは、どうなりますか?」
「あ?」
「どこまで処刑するつもりか…決めているのですか?」
リリアンヌは、じっとレックスを見つめた。
「…セスランディアから人が来たら、俺は帰る」
レックスが静かに答えた。
「それまでに決める」
「…ひと月近くあるということですね。分かりました」
リリアンヌは、静かに頷いた。




