王国軍の到来②
リリアンヌ視点
クリョの屋敷から城へ向かう道で、すでに、いつもと違う空気を感じ取った。
ざわざわと、騒がしい。
どこか、落ち着かない。
「セスランディア軍は、全員、城に入ったのでしょうか?」
「いえ、そんな大勢は城内には入れません。多くは町の方に残っているはずです」
ムーラオが隣を歩きながら答えた。
声が、いつもより強張っている。
「ムーラオ武官長…こんな時まで、私についていてくださってありがとうございます」
すぐにでも、ショウレンのところへ行きたかったはずだ。
「いえ…これは、ショウレン陛下たっての希望ですから」
「ショウレン陛下は、どこでしょうか?」
「城の入り口で、レックス国王を迎えているはずです」
「…!」
どきりと心臓が跳ねた。
もうすぐ、城の入り口へ続く大きな石段の下に出る。
脇の門へ差しかかると、そこに立つ兵たちが、門の向こうを覗き込んでいた。
リリアンヌたちに気付き、慌てて向き直って敬礼する。
一行は、その間を足早に通り抜けた。
その瞬間――視界が、一面の黒に染まった。
「…!」
国王直属騎士団の騎士たちが、石段を覆うように並んでいる。
こちらに気付いたのか、一斉に顔を向けた。
「……」
リリアンヌは門の前で足を止め、素早く視線を巡らせた。
石段の上には、出迎えに並んだタッセントの人たち。
ブライアンやルイージもいる。
その周りを、武官たちが取り囲んでいた。
その中に――レックスの姿があった。
ショウレンと向かい合い、何かを話している。
先にショウレンが気付き、こちらを見た。
その動きにつられるように、レックスもゆっくりと振り返った。
長い金色の髪が揺れ、紅い瞳がまっすぐリリアンヌを捉えた。
「…伯父上っ!」
目が合った瞬間、駆け出した。
『必ず、ここに戻ってくる』
行ってらっしゃいも、言えなかった。
ただ、泣き喚くことしかできなかった。
あれから、たった一か月半しか経っていないのに、
まるで、何年も会えなかったかのように懐かしい。
石段に並ぶ騎士たちが、静かに道を開けた。
リリアンヌはその間を、たたたっと駆け上がった。
レックスも、ゆっくりと下りてくる。
「…あ」
石段の中腹で、はたと足を止めた。
さっきまで、怒られるかもと思っていたのに。
しかも…こんな大事な場を邪魔してしまった。
どうしよう。
まさか、いきなり殴られるだろうか。
足を止めても、レックスはそのまま石段を下りてくる。
速度を緩めることなく、軍靴を鳴らしながら目の前までやってきた。
石段に落としていた目を、こちらへ向ける――
「…!」
リリアンヌは体を強張らせ、ぎゅっと目を閉じた。
レックスは――
優しく、リリアンヌを抱きしめた。
「…え」
何が起きたか、分からない。
耳元で、小さく息を吸う音がした。
「…よく頑張ったな」
「…!」
声を聞いた途端、ぽたりと涙がこぼれた。
「お前が、無事で良かった」
レックスは、さらに強く抱きしめた。
「伯父上…っ」
震える手を伸ばし、ぎゅっと背中を握りしめた。
「無事で、良かった…っ」
あの部屋で別れてから、ずっと不安だった。
避けられた未来が、またやってきたのではないかと。
「お前を、迎えに来た」
「…っ…はいっ…」
「言っただろ。必ず戻ると」
「はい…!」
もう――目の前にいる。
私を、抱きしめてくれている。
やっと…未来を、変えられた。
「…だが、お前には、聞くことが山ほどある」
レックスは体を離すと、今度はじろりと睨んだ。
「…はい」
リリアンヌは、目を潤ませたまま頷いた。
「大事な場面に、割り込んだな」
「…ごめんなさい」
本当に、その通りだ。
ショウレンたちを、待たせてしまっている。
「行くぞ」
レックスは振り向くと、エスコートをする時のように腕を差し出した。
「えっ」
「早くしろ」
「私も…?」
リリアンヌは、その腕に手を添えながら尋ねた。
「当たり前だろ。お前が始めたことだ」
レックスは、すぐに石段を上がっていった。
上では、ショウレンが先ほどと同じ場所に立ち、じっとこちらを見下ろしていた。
「ショウレン王、失礼した。俺は、何より姪を優先する癖があってな」
「…そのようですな。感動の再会に、胸打たれた」
ショウレンは目を細め、淡々と言った。
「ショウレン陛下…大変失礼しました」
「貴女は、何も気にすることはない」
リリアンヌへ素早く返すと、再びレックスへ向き直った。
「レックス王、ようこそコウランへ。貴殿を歓迎する」
「歓迎は不要だ。さっさと話を進めようか」
「…!」
思わず、レックスへ険しい目を向けた。
何か言おうとしたところで、視界の端にルイージの姿が映る。
こちらを見て、小さく首を振っていた。
「……」
リリアンヌは口を閉ざし、歩き出した一行に続いた。
ショウレンは、見晴らし台のある広間にレックスを案内した。
いつもはショウレンだけが座る中央の席に、今は三つ椅子が並べられていた。
リリアンヌは、いつもの席に向かおうとして――くいっと腕を引かれた。
「えっ…」
そのままレックスに、三つ並んだ席の中央へ座らされた。
「…え?」
当然のように、レックスとショウレンがリリアンヌを挟んで腰掛けた。
レックスの後ろにエドガーが、ショウレンの後ろにムーラオが、リリアンヌの後ろにアランフォースが立つ。
右側の列には、ブライアン、ルイージ、ネウロ。
その後ろに、国王直属騎士団がずらりと並んだ。
左側にはハラが座り、その横に真っ青な顔の大臣たちが続いた。
そちらの後ろには、武官たちが並ぶ。
広々としていたはずの広間が――騎士と武官で埋まった。
「……」
知っている人ばかりのはずなのに。
どうして、こんなに圧迫感があるのだろう。
いつの間にか、ビッケがいなくなっている。
キリと一緒に、どこかにいるのだろうか。
「…細かい話は、そこにいる息子と宰相が聞いていることだろう」
まっすぐ前に視線を向けたレックスが、静かに口を開いた。
「無条件降伏をすると、言ったな」
いつものように、深く背もたれに身を預ける。
「一体――俺の姪に、何をさせた」
すでに張り詰めていた空気に、ぴりっと緊張が走った。
「無条件降伏を選ぶほどの何かを、こいつにさせた。違うか」
「…伯父上」
「お前は黙っていろ」
「……」
すぐに、口を固く閉じた。
「リリアンヌ殿の白のちからにより、町を救ってもらった」
今度は、ショウレンが口を開いた。
「我々が起こした不始末を、リリアンヌ殿がひとりで解決した。それほどの恩を受けたからこそ、無条件降伏を選んだ」
「…!」
リリアンヌは、ぱっとショウレンを見た。
「決して、戦争を止めたかったわけではない」
ショウレンは前へ視線を向けたまま、静かに首を振った。
「そうだな。俺としても、この国を潰しきる良い機会だったんだがな」
レックスは肘掛けに手を掛け、鼻で笑った。
「その機会が失われ、残念だ」
「……」
二人の王以外、誰ひとり声を上げない。
「お前らの不始末を、俺の姪に押しつけた罪は重い」
レックスは、大臣たちを順に見やった。
大臣たちは、目を逸らすように一斉に俯いた。
「覚悟はできているんだろうな」
「……」
リリアンヌは黙ったまま、眉を寄せた。
このレックスを――知っている。




