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セスランディア王国物語  作者: あきよし りん
第十七章/隣国タッセント
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不安な日々

ビッケ視点



「ありがとうございます、フワド王子」


「セイオウ王子、感謝します」


「先生、この間はありがとうございました」


人々は次々と礼を言いながら、椀を受け取っていった。



「体調は、変わりないですか?」


「今回は、たっぷりと白のちからを送りましたっ」


「だいぶ顔色が良くなりましたね」


リリアンヌたちが、いつものように声を掛けて手渡していく。



王子たちと炊き出しを始めてから、一週間が経った。



「もう隣領まで、セスランディア軍が来ているらしいぞ」


「何万人も向かってきているんだろ…?」


療養所の壁際で、ひそひそと話す声が耳に届いた。



「どうせ、死ぬ運命だったのよ」


「最後に王子たちにたっぷりちからを貰って、幸せな気分のまま殺されるのさ」


天幕の端で炊き出しのスープを食べている女たちが、囁き合っている。



「どうなっちまうんだろな、コウランは…」


「ここだけじゃないだろ。タッセントは、これからセスランディアに奴隷扱いされることになる」


「今のうちに、逃げるか」


「他の町に行ったって、結局は変わらないだろ」


「だが、見せしめにコウランの民が殺されるってことは…」


不安げな声が、あちこちから聞こえてくる。



「……」

ビッケはリリアンヌたちを目で追いながら、ぴくりと耳を動かした。



本当に…どうなるんだろう。


戦争は止められたけど、結局、タッセントは負けたことになる。


無条件降伏なんて、初めて聞いた。


でも、ルイージたちが言っていた通り、これからのことをセスランディアが決めるなら――


昔の獣人族みたいに…この国の人たちも、奴隷にされるのだろうか。



オレは、リリアンヌと一緒にいる時のレックスしか知らない。


言葉は乱暴だけど、リリアンヌには優しかった。


でも、それはあいつだからだ。


喧嘩を売ってきた国を、あの国王が許すとは思えない。



「はいっ、どうぞ!」


「お気を付けて」


目の前の王子たちも、処刑されるかもしれない――



二人ともこの一週間で、目に見えて白のちからの使い方がうまくなった。


リリアンヌの教え方は、独特だ。


器なんて、考えたこともなかった。



「セイオウ、疲れていない?」


「大丈夫です、師匠!」


リリアンヌは、何か考えがあって炊き出しに来ている。


後ろにいるアランフォースもムーラオも、それが何なのか分かっているみたいだ。


オレには…まだ、分からない。



―――



「師匠、ありがとうございました」


城前の長い石段の下で、いつものように、王子たちがリリアンヌに頭を下げた。



「二人とも、お疲れ様でした。また明日も、よろしくね」



「…リリアンヌ殿ぉ!」


不意に割り込んできた声に、三人ともそちらへ顔を向けた。


石段の脇の門から、見覚えのある男がこちらへ駆けてくる。



「……」

すぐさま武官たちが動き、フワドとセイオウの前に立った。



「…オウワン殿下」


リリアンヌが呟いた瞬間、周りの空気がひやりと凍りついた。



…あれだけ、ブライアンに脅されたのに。


ある意味、怖いもの知らずだ。



「リリアンヌ殿、お久しぶりですっ!」



「オウワン王子。貴方は、御父上からリリアンヌ殿に近づくことを禁じられているはずです」

ムーラオが静かに一歩前へ出た。



「武官の分際で、私に指図をするな」

オウワンが、苛立たしげに睨みつけた。



「陛下の命令です。今すぐ屋敷へお戻りください」



「リリアンヌ殿!先日は失礼いたしました!ですが、あれくらいのこと、笑って許してくださいますよね?」

オウワンはムーラオの言葉には構わず、その向こうにいるリリアンヌへ声を掛けた。



「この二人とは、毎日会っていると聞きました。でしたら私にも、またお話しする機会をいただけませんか!」



「ええ、いいですよ」

リリアンヌは、あっさりと頷いた。



「…!?」

ビッケは、思わずリリアンヌに目を向けた。


ムーラオも、驚いた顔で振り向いている。



「…!では――」



「オウワン殿下も、炊き出しの手伝いに行きましょう」



「…は?」

リリアンヌの言葉に、オウワンの表情が一気に変わった。



「フワドとセイオウとは、毎日、城下町へ炊き出しの手伝いに行っています。オウワン殿下も一緒に行きませんか?」



「…なぜ、私がそんなことをしなくてはいけない?」



「なぜ?町の状況を知ることは、王族の大切な仕事でしょう?」

リリアンヌが、こてんと首を傾げた。


…こいつが、こうやって相手の言葉を繰り返す時は。



「……」

フワドとセイオウは、武官たちの向こうで、じっと二人の成り行きを見守っている。



「そ、そんなことより、私と茶会でも――」



「そんなことより?今、どんな状況かお分かりですか?」


やっぱりだ。


リリアンヌは、怒っている。



「…私に、挽回の機会をくださらないと?」



「いいえ。ですから、一緒に炊き出しへ行きましょうと言っているんです」



「そんなこと、私の仕事ではないっ!」

オウワンが怒鳴りながら、一歩リリアンヌへ近づいた。



「オウワン王子。それ以上はいけません」

ムーラオが、さらに体を入れて遮った。



「邪魔だ、武官長!どけ!」



「いいえ。これは、貴方のために言っています」


どことなく、焦っている。



「…リリアンヌ殿!」

オウワンが、また一歩近づいた。



「そんなくだらないことより――」


その瞬間。



――ぞくりと、全身の毛が逆立った。


後ろからだ。



「…ひっ、ひぃぃっ…!」

オウワンがリリアンヌの後ろを見上げ、その場にどすんと尻餅をついた。



「…っ」

ビッケも反射的に、前へよろめいた。



振り返れない。


アランフォースが、どんな顔をしているのか――見られない。



「…?」

リリアンヌだけが、困ったようにオウワンを見ていた。



「…だから言ったでしょう」

ムーラオが小さく呟いた。



「オウワン王子を運べ」



「はっ」



「…あ、あ…」


真っ青になって震えるオウワンは、もう何も言わず、武官たちに連行されていった。


その姿が門の向こうへ消えると、ムーラオは静かにリリアンヌへ向き直った。



「…申し訳ありませんでした」



「いいえ。ムーラオ武官長、ありがとうございました」



「オウワン兄上が、申し訳ありません」


「師匠を怒らせるなんて…ごめんなさい」



「二人が謝ることは、何もないです」

リリアンヌはフワドとセイオウに答えながら、眉尻を下げた。



「本当に、手伝いに誘ったつもりだったのだけれど…断られちゃった」


どうやら、本気だったらしい。



二人に別れを告げ、ムーラオと共に棟へ向かっていく。


棟の入り口でムーラオが去った途端、ずっと黙っていたアランフォースが口を開いた。



「第一王子とは、二度と会わないという話だったでしょう」



「でも、話しかけられて無視はできません」



「いいえ。あの場は、武官長に任せるべきでした」



「…分かりました。ごめんなさい」

リリアンヌは素直に謝ると、部屋の方へ向かっていった。


扉をくぐり、振り返る。



「ではアランフォース、また明日お願いします」



「何かあったら、必ず呼んでください」



「はい、分かりました」


それ以上、どちらも何も言わなかった。


アランフォースは無表情のまま一礼し、去っていった。


しばらくして、遠くで扉の閉まる音が微かに聞こえた。



「…今日も、いっぱい体を動かしたなぁ…!」

リリアンヌは、ぐっと両腕を上へ伸ばした。



「ね、ビッケ。今日の夕食は、何だろうね?」


また、無理して笑っている。



「……」


どうして…こいつは、こんなに息苦しそうなんだろう。


戦争を止める目的は、終わったはずなのに。



こんな状態で、レックスたちが来たらどうなるのだろう。


どんな決断が出ても、こいつは耐えられるのだろうか。


また、あの瘴気が襲ってきたら――



初めて触れた瘴気は、最悪だった。


寒気がして、知らない感情が次々と込み上げてきた。


あの時はなんとかなったけど、次もそうとは限らない。



あんなものと、こいつはずっと戦っている。


それなのに、まだ何かと戦おうとしている。



こいつは、怖くないのだろうか。


オレは――こんなにも、怖いのに。



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