渡していく知識
リリアンヌ視点
ショウレンは、城下町へ行くことをあっさりと許してくれた。
きっと、王子たちと一緒にお願いしにいったからだろう。
アランフォースも、あれ以上は何も言わなかった。
翌日は、町の療養所へ向かった。
建物の前まで来ると、いくつもの天幕が目に入った。
その中では、兵士や白い頭巾をかぶった女性たちが炊き出しの準備をしている。
並べられた大鍋からは湯気が立ち上り、女性たちが長い柄杓で中身をゆっくりとかき混ぜていた。
天幕の間を抜け、建物へ入っていく。
王子たちを囲むように歩く武官たちは、迷うことなく奥の部屋へ向かっていった。
「わ…!すごい」
部屋に入るなり、リリアンヌは壁際へ寄った。
乾燥した草や実の入った瓶が、壁を埋めるようにずらりと並んでいる。
「薬草ですね」
フワドが隣で呟いた。
「ええ、そう」
見覚えのあるものばかりだ。
それにしても、すごい量――
白の使い手が少ない分、薬に頼ることが多かったのだろう。
「ええと…」
室内には、白い頭巾をかぶった人が大勢いる。
薬草を選り分ける人、薬を包みに分ける人――みんな、忙しそうだ。
リリアンヌは、一番近くで、乳鉢の中身をすり潰していた女性に歩み寄った。
「あの」
「へっ…はい…!」
女性が、びくりと振り返った。
「作業中に、ごめんなさい。薬を作る方…なのかな?」
「はい。私は薬官です」
「今は、どんな薬を作っているの?」
「え…あ、ああ、これは腹の痛みを和らげる薬です」
薬官は、はっと乳鉢に目を落とした。
「一昨日から、腹を痛める者が相次いでいます。長くまともに食事を取れなかった者たちが、急に食べ始めたせいかと」
「そうなのね…」
リリアンヌはしばらく黙り込み、ふと顔を上げた。
「私たちも、その薬を作っていいかな?」
「…へ?」
「この…ウーオラの薬草と、リモマックの薬草と――あと、イガララか、オックの実。どちらかだけでも使わせてもらえるかな。もし他にも使っている薬草があったら、教えてもらえますか?」
呆然とする薬官をよそに、リリアンヌは必要な瓶を次々と指さしていった。
「い、いいえ。今おっしゃったもので、合っています」
「あ…やっぱり、薬官以外の人が薬を作ってはいけないのかな」
「そんなことは、ありませんが…」
薬官は戸惑った様子で、リリアンヌと、その背後にいる王子たちを見比べた。
「リリアンヌ様。一体、僕たちはこれから何をするんですか?」
セイオウが、堪らず尋ねた。
リリアンヌは、くるりと二人を振り返った。
「これから一緒に、白のちからを送って薬を作ろうと思います」
「…白のちからを、薬へ送る?」
フワドもセイオウも、きょとんとしている。
「お二人は今まで、白のちからをどんなふうに使ってきましたか?」
「父上に週に一度、白のちからを送ってきました」
フワドが、すぐに答えた。
「白のちからを送りたいと念じると、自分と相手が白く光ります」
セイオウも続けた。
「一度に、どれくらい送れるか試したことは?」
「……」
その問いに、二人は困ったように顔を見合わせた。
「なるほど…」
自分たちが、どれほどのちからを持っているのかも知らない。
…とても、もったいない。
「ええと…まず、白のちからを使いたいと願うと、この辺りが温かくなりませんか?」
リリアンヌは、そっと胸元に触れた。
「なります」
「…考えたこともなかったです」
セイオウはすぐに頷き、フワドは首を振った。
「では、セイオウ殿下。白のちからを使っている時、その温かさが少しずつ外へ流れていくような感覚はありますか?」
「…外へ?」
セイオウが、ぱちぱちと目を瞬いた。
「私は、その温かさが白のちからだと思っています。使えば少しずつ減って、なくなりそうになると、それ以上は使えなくなる」
「温かさが、減っていくのですか?」
「はい。使い続けて、急に体が苦しくなるところが今の限界です。限界近くまで使うことを繰り返していると、少しずつ使えるちからも増えていきます」
ラジャタ村での感覚を思い返す。
「私はそれを、ちからの器と呼んでいます。…勝手にですけれど」
「私は…でも、その温かさを感じたことがない」
フワドが悲しそうに呟いた。
「フワド殿下。一緒にやってみましょう」
リリアンヌは、そっとフワドの傍に寄った。
「目を瞑って、白のちからを使いたいと願ってください」
「…はい」
「どこか、温かくなるところはありませんか?」
「……」
フワドの眉間に、深く皺が寄る。
分からないみたいだ。
「ん~…」
…それなら。
「フワド殿下…お手に触れてもいいでしょうか?」
「えっ!?」
フワドが、ぱっと目を開けた。
「ごめんなさい。こちらでは、異性に触れてはいけないのですよね。でも、少し試してみたいことがあって」
ふと、シルヴィアやアイラ様と一緒に白のちからを使った時の感覚が蘇った。
もしかしたら、あれなら――
「…分かりました」
フワドは小さく息を吐くと、両手を差し出した。
「では、もう一度目を瞑ってください」
その手をそっと握り、リリアンヌも目を閉じた。
「白のちからを使いたい――そう願ってみてください」
「…はい」
フワドに合わせて、白のちからを使う。
「…!」
繋いだ手が、びくりと動いた。
「そのまま。願い続けてください」
離れかけた手を、そっと握り直した。
「はい…」
「……」
意識を、繋いだ手の先へ向ける。
その先――フワドの胸の辺りに、白い光がある。
自分の送るちからが届き、二つの光がぐるりと混ざり合った。
――見つけた。
「フワド殿下。今、どこか温かいですか?」
「…胸の辺りが」
「はい。そこです」
リリアンヌは目を開け、ゆっくりと手を離した。
「一度分かれば、きっと大丈夫。もう一度、願ってみてください」
「…あ」
フワドが、すぐに自分の胸元に触れた。
「すごいっ、兄上!」
セイオウが、嬉しそうに声を弾ませた。
「では、実際に白のちからを使ってみましょう」
三人で、空けてもらった作業台を囲んだ。
台の上には、薬療院で見慣れた石の乳鉢と乳棒、篩が並んでいる。
「ええと…やっぱり、まずはイガララの薬草からかな」
ひとつの瓶を手に取ると、フワドが興味深そうに身を乗り出した。
「リリアンヌ様は、薬草にもお詳しいのですね」
「セスランディアでは、白の使い手も毎日、薬を作っているんです。彼女たちに教えていただきました」
蓋を開け、乾燥した薬草を乳鉢へ移していく。
「では、白の使い手は薬官も兼ねているのですか?」
「いいえ。薬を専門に扱う人たちは、別にいます」
「それでも、白の使い手も薬を?」
「ええ。薬を作る時に白のちからを込めると、効き目がずっと強くなるんです」
「そんな使い方もあるのですね…」
「…まったく知らなかった」
背後から聞こえた声に振り返ると、薬官たちまで話を聞いていた。
「白のちからを込められるのは、薬だけなのですか?」
セイオウが、興味津々に尋ねた。
「例えば、今炊き出しで作っているスープに白のちからを送ったら、どうなるのですか?」
「残念ながら、スープに送っても効き目はありません」
懐かしい。
私も幼い頃、シルヴィアに同じようなことを尋ねた。
「白のちからは、薬草がもともと持っている効能を高めてくれます。だから、なんでも好きなように効かせられるわけではないんです」
「その薬草に、傷が治りますようにと念じても意味がないということですね」
フワドがすぐに頷いた。
「薬草に送る時は、難しく考えなくて大丈夫です。これを飲む人が、元気になりますように。そう願いながら、白のちからを込めます」
リリアンヌは乳棒を手に取り、薬草をゆっくりと挽き始めた。
「飲んだ人の痛みが、和らぎますように。どうか、元気になりますように…」
手元から、白い光が溢れ出す――
「光が、強い…」
「…すごい」
両脇から、フワドとセイオウが乳鉢を覗き込む。
やがて光が止むと、リリアンヌはそっと乳棒を置いた。
挽いたものを皿へ移し、新しい薬草を乳鉢へ入れ直した。
「では、フワド殿下からやってみましょうか」
「…はい」
場所を譲ると、フワドが緊張した面持ちで乳棒を手に取った。
「リリアンヌ様と、同じようにすればいいのですね?」
「ええ、そうです。さっき感じた胸の温かさを、半分くらい使うつもりで」
「…分かりました」
フワドが、乳棒をゆっくり動かした。
ほどなく、その指先がふわりと白く光る。
二度、三度と薬草を挽いたところで、光がふっと消えた。
「…できたっ」
その額には、じわりと汗が滲んでいた。
乳鉢の中を確かめ、リリアンヌは嬉しそうに目を細めた。
「ちゃんとできています」
挽いた薬にも、白い粒がきらきらと混ざっている。
「僕もやりますっ」
新しい薬草を乳鉢へ入れると、セイオウが乳棒を掴んだ。
「元気に、なりますように…飲んだ人が、良くなりますように…」
口に出すと、すぐに手元が白く光った。
彼の方が、感覚で掴むのがうまい。
フワドは、教えたことを覚えるのが早い。
二人とも、優秀だ。
「……」
不意に、セイオウの額から汗が噴き出した。
「無理をしては、駄目…!」
リリアンヌは慌てて、セイオウの手から乳棒を抜き取った。
「…はぁっ、はぁ…っ」
「手を、貸してください」
乳棒を脇へ置き、その手を握った。
すぐに、白のちからを送る。
セイオウの器は…
…大丈夫そうだ。
リリアンヌは小さく息を吐き、そっと手を離した。
「…無理をしては、駄目です」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「…いっぱい使えば、もしかして治るかなって。…ごめんなさい」
セイオウが眉を下げた。
「どれだけ白のちからを込めても、薬だけで治すことはできないんです」
思わず、苦笑がこぼれた。
昔の私と、本当にそっくりだ。
「それなら…体調の悪い人に、直接白のちからを送った方がいいのではないでしょうか」
フワドが、不思議そうに尋ねた。
「でも、これで十人分の薬はできました」
リリアンヌは作業台に向き直り、三人で挽いた薬をひとつの皿にまとめていった。
「あとは…これを篩に掛けて、包みに――」
「これをスープに入れたら、どうなりますか?」
「…えっ?」
手を止め、隣を見た。
「炊き出しのスープに混ぜたら、みんなに薬を飲んでもらえますよね。効き目は薄くなってしまうのでしょうか?」
セイオウが、純粋な目で尋ねた。
「…効き目が薄くなるかは、分かりませんけど」
そういえば、貧民区の人たちも、そうやって薬を飲んでいた。
「…でも、スープの味が変わってしまうかな」
この薬は、かなり独特な匂いがする。
ただ、あの大きな鍋にこれくらいの量なら、もしかしたら――
「あの…今、表で作っているのは薬膳スープです」
ずっと様子を見ていた薬官のひとりが、おずおずと口を挟んだ。
「先ほど使われた薬草も、あのスープに入れて煮込んでおります」
「あ、そうだったの…!」
薬膳スープなら、話は別だ。
「それなら、もしかしたらスープに直接白のちからを送っても、効くかもしれませんね」
フワドが、はっと顔を上げた。
「確かに…薬草が入っているのなら、できるかも…」
「では、これからスープに白のちからを送りに行きましょう!」
セイオウが、勢いよく声を上げた。
「今日は、もう駄目です」
リリアンヌはすぐに首を振った。
「無理だけは、禁物です」
「……」
少し離れたところで、ビッケが何か言いたげに身じろぎした。
「それでは…今日はこれで終わりですか?」
セイオウが残念そうに言った。
「この薬をスープに入れて、終わりですか?」
「いいえ、違います」
リリアンヌは姿勢を正し、二人に向き直った。
「これからお二人には、大事な役目をお願いします」
「大事な役目…?」
王子たちは、同じように首を傾けた。




