護衛の決意
ネウロ視点
アランフォースがブライアンと共に部屋へ入って来た瞬間、空気がすっと冷えた。
「……」
ルイージが、そっと椅子から立ち上がった。
「…アランフォース殿、申し訳ありませんでした」
「いえ、私に謝罪をする必要はありません」
アランフォースは、静かに首を振った。
「陛下がいらした時に、事情をお伝えください」
「…ええ。それは、もちろんですが…」
ルイージは、戸惑ったように口を閉ざした。
「…書状にも記しましたが、簡単に状況をお話ししても?」
ブライアンは扉を閉め、アランフォースへ向き直った。
「ええ、そうしていただけると助かります」
お互い、随分とよそよそしい。
旅の間は、アランフォースが上司だったはずだが。
「タッセントとの話し合いは、まだ折り合いがついていません」
ブライアンは構わずに話を進めた。
「父上が来るまで、恐らく会議は続くでしょう」
今日の会議は、本当に進まなかった。
戦争の責任を巡って、大臣たちは押し付け合いを始めた。
ショウレンは、自分がすべての責任を負うと言い切ったが、誰も認めない。
やがて、毒の研究を進めていたホーレイが槍玉に上がった。
だが、命乞いをしていた時とは打って変わり、娘と孫を持ち出して大臣たちを脅し始めた。
ホーレイは、第一王妃の父親らしい。
つまり、第一王子オウワンの祖父だ。
リリアンヌにちょっかいを出した、しょうもない王子――
「その間、リリアンヌは大人しく部屋で待つことはないはずです」
ブライアンは、話を続けていた。
「ええ。このあと王子たちと共に、ショウレン陛下へ城下町に出る許可を求めるつもりのようです」
「…はぁ?」
アランフォースの言葉に、ルイージが声を漏らした。
「…王子たち?」
ブライアンの眉が、ぴくりと動いた。
「第二王妃の子です。二人とも白のちからをお持ちです」
「…!ああ、なるほど…!」
「それが、どうして王子たちと城下町へ行くことに繋がるのです?」
思わず、口を挟んだ。
「…理由は話されていなかった」
アランフォースは、ちらりとネウロへ目を向けた。
「…リリアンヌは、王子たちが処刑される可能性に気付いたか」
ブライアンがすぐに呟いた。
「ええ」
「……」
王子たちが処刑されるかもしれない。
それが、城下町へ出ることとどう繋がる…?
アランフォースとブライアンには、もう分かっているようだ。
彼女のことは、千里眼でも読み切れない時がある。
あれほど分かりやすく、嘘も下手なのに。
隠していることが多すぎて、かえって見えなくなる。
「ブライアン殿下。第一王妃の息子は何をしたのです」
アランフォースが、ふと尋ねた。
「…私が十分、脅しました」
「何をしたのです」
「…リリアンヌの部屋に単独で向かい、二人きりになろうとしました」
ブライアンが溜息混じりに答えた。
「……」
部屋の空気が、一気に張り詰めた。
「…先ほど第一王妃が、オウワン王子をもう一度、あなたとリリアンヌ殿下に会わせたいと話していました」
やがて、アランフォースが静かに口を開いた。
「…あり得ない。二度とリリアンヌに近づけないと、ショウレン陛下が約束したはずです」
「では、第一王妃の独断でしょう」
「命乞いでもさせる気か…?」
ブライアンが、険しい顔のまま呟いた。
第一王妃と第一王子――
ここへ着いた初日に、晩餐会に参加していた。
ちらりと右目で覗いたが、どちらも印象に残るような者ではなかった。
ホーレイは、処刑を免れるために子供たちまで利用するつもりだった。
だから、第一王妃が動こうとした…?
父親のために?
息子のために?
「…とにかく、リリアンヌの件は任せました」
「私に任せるのでしたら――リリアンヌ殿下を、部屋から出しません」
アランフォースの言葉に、再び緊張が走った。
「護衛として、自ら危険に向かうようなことはさせません」
「……」
ブライアンは、黙ったままアランフォースを見つめている。
ネウロは、そっと二人を見比べた。
…これはまた。
いろいろと――
――また、リリアンヌとアランフォースが喧嘩してる
ビッケがそう言って、三人で話していたこの部屋へ飛び込んできた。
ブライアンがすぐに出ていき、そして、アランフォースを連れて帰ってきた。
また、ということは、きっとあの屋根の上でも喧嘩していたのだろう。
アランフォースは――
徹底的に、嫌われ役になることにでも決めたのだろうか。
「…リリアンヌが町へ行くことを、止めないでやってくれないか」
ふいに、ブライアンが口を開いた。
「リリアンヌが動けるよう、お前を呼び寄せた。護衛として、お前を頼りにしている」
その表情には、王太子としての威厳が戻っていた。
「承知いたしました」
アランフォースは目を伏せ、一礼した。
「私はそろそろ戻ります」
それだけ告げ、ブライアンの横をすっと通り抜けた。
扉が閉まる。
「……」
ブライアンが、静かに溜息をついた。
「…なんだ、この空気は」
ルイージは、ずっと困惑していた。
「…そう来ましたか」
ネウロは目を伏せ、小さく呟いた。
リリアンヌのやろうとしていることは、まだ分からないが――
アランフォースの決めたことは、分かった。
彼は、嫌われることを選んだのではなく、
どこまでも、護衛でいるつもりだ。
リリアンヌの味方でいるとは、心に決めているが、
こればかりは――仕方ない。
彼が、どんな表情で大鷹に飛び乗ったか。
言葉とは裏腹に、滲んでいるものが見えてしまっていても。
それを、リリアンヌに教えてやることはできない。




