精霊の申し子の企み
リリアンヌ視点
「だって、そうでしょう?私たちは降伏したのですから。陛下がただでは済まないことくらい、分かっています。大臣たちも、きっと同じでしょう。けれど、息子たちだけはどうか――」
「ウェレリエ王妃、そこまでです」
すかさずムーラオが、低い声で制した。
「あら…私ったら、つい」
ウェレリエが、はっと口元を手で押さえた。
「ムーラオ武官長…どういうことですか?」
リリアンヌは座ったまま、すぐにムーラオを振り返った。
「私の口からは、何もお伝えすることはできません」
きっぱりとした答えが返ってきた。
「……」
ショウレンが、ただでは済まない――?
フワドたちも、処刑を命じられるかもしれない?
…ああ、だから。
『わ、我々がどのような目に遭わされても、構わないとおっしゃるのですか…!』
「そんなこと…あり得ない」
「ほ、本当かしら…?」
ウェレリエは視線を走らせ、リリアンヌとムーラオを見比べた。
「…何もお答えすることはできません」
「でも、フワド殿下たちは、何も悪いことなんて」
「リリアンヌ殿下」
「!」
ひやりとした声に、びくっと肩が跳ねた。
「……」
アランフォースが、静かに首を振っている。
これ以上、この話をするなと言うことだろう。
「リリアンヌ様…私たち兄弟は、どちらもちからを持っています」
フワドが、そっと口を開いた。
「…そうなのですね」
リリアンヌは、ゆっくりと顔を正面に戻した。
でも、今はそれどころじゃない。
「二人とも、白のちからを持っています」
「…!」
はっと、フワドに目を向けた。
「この国に今、白の使い手は、私たち二人しかいません」
「ふ、二人…」
あまりにも――少ない。
「それなのに…私たちは、変紫病に罹ってしまった人を治せなかった」
フワドの声が、わずかに沈んだ。
「…第三王妃のことです。治ったのだから、あなたが気にすることはないのよ」
ウェレリエが、そっと言い添えた。
「僕たちにちからの使い方を教えてくれた方は、亡くなってしまいました」
セイオウが悲しそうに続け、まっすぐリリアンヌを見上げた。
「ですから、リリアンヌ様。どうか、僕たちに白のちからの使い方を教えてくださいませんか?」
「……」
リリアンヌは口を結び、王子たちを順に見つめた。
二人とも、真剣な表情だ。
「…もちろんです」
私の知識が役に立つのなら、いくらでも伝えたい。
ただ――
「…ただ、白のちからは、たくさん使わないと鍛えることはできません」
この国では、王族以外に白のちからを使ってはいけない。
けれどそれでは、できることは増えていかない。
「だから…お二人には、王族以外の方にも白のちからを使ってほしいです」
「…!」
フワドとセイオウが、同時に目を見開いた。
「王族以外へ使うことに…抵抗がありますか?」
リリアンヌは、二人の目をまっすぐ見つめ返した。
「リリアンヌ様、お待ちになって」
ウェレリエが、慌てて身を乗り出した。
「王族以外へ使ってはいけないことは、この国の法で決まっているのですよ」
「ですが、私は使うことを許されています」
「それは…その、このような状況ですからね」
「では、もし私がショウレン陛下に許しをいただけたら、お二人と一緒に、町でちからを使ってもいいでしょうか?」
ひとつ――思いついた。
「まっ、町に、この子たちを出すと?」
ウェレリエの声が裏返った。
「町に行ってもいいのですか…!?」
セイオウの目が、ぱっと輝いた。
「いけません…!あんな危険なところなんて――」
「母上…コウランは、父上が治めている町でしょう?どうして危険と決めつけるのですか」
フワドが、静かに問い返した。
「む、む…」
ウェレリエは小さく口を動かし、言葉を詰まらせた。
「町の状況を知ることも、我々王族の大切な務めだと思います」
フワドの言葉に、思わず深く頷いた。
「リリアンヌ様、よろしくお願いしますっ!」
「ま、待ちなさい、セイオウ!」
はっと、ウェレリエが声を上げた。
「リリアンヌ様。この子たちに白のちからの使い方を教えてくださることは、賛成です。ですが、もし町に出て、この子たちに何かあったらどうするのです…!」
「何かとは、何でしょうか?」
「それは、あれです…怪我とか、何か変な病に罹ってしまったりとか」
「そうなったら、私がすぐに治します」
「…武官長!」
「…リリアンヌ殿。これ以上のことは、陛下への確認が必要となります」
ウェレリエに助けを求められたムーラオが、そっと窘めた。
「ええ、分かっています。勝手に話を進めて、ごめんなさい」
リリアンヌは、素直に頭を下げた。
「リリアンヌ様。父上のところへ確認に行く時、私もついて行ってよろしいでしょうか?」
フワドが真剣な表情で尋ねた。
「…私は、構いません」
ちらりと、ウェレリエを見る。
「あなた…自分からお父様とお話ししようとしているの?」
ウェレリエは、目を潤ませてフワドを見つめていた。
「私たちのことでしょう?人に頼んでどうするのです」
「まあ…本当、あなたは立派になって…」
「僕も、行きます」
セイオウがまっすぐ手を上げた。
「……」
リリアンヌは、今度は後ろを振り向いた。
「…のちほど、陛下にお会いできるか確認しておきます」
ムーラオが、諦めたように言った。
「ありがとうございますっ」
リリアンヌとセイオウの声が重なった。
王子たちと話しているうちに、思ったより時間が経ってしまった。
そのあとは、地下で病に罹っていた人たちの様子を見て回り、
借りている棟まで戻ってきた頃には、すっかり遅い時間になっていた。
ムーラオは「陛下へ確認後、また参ります」と告げ、そのまま去っていった。
その背を見送り、棟の中へ足を踏み入れる。
「…一体、何を考えているのですか」
すぐに、後ろから冷やかな声が飛んできた。
「…どれのお話でしょうか?」
リリアンヌは立ち止まり、そっと振り返った。
「王子二人との話です」
アランフォースは、無表情で見下ろしていた。
「城下町へ一緒に行くことですね」
「ここはセスランディアではありません。なぜ、勝手に話を進めようとなさるのです」
「ショウレン陛下の許可がなければ、行きません」
「その前の話です。あなたが城下町に出れば、より混乱が起こると話したばかりでしょう」
「王子たちがいれば、話は別でしょう?」
「別ではありません。王妃のおっしゃる通り、王子たちに何かあったら、あなたは責任を取れるのですか」
「コウランの城下町は、危ないところではないです」
「たった数日いただけで、なぜ言い切れるのです」
「私が歩いても、危険はありませんでした」
「…あなたの危険に対する基準は、随分と低くなってしまったようですね」
アランフォースの目が、すっと細くなった。
「……」
少し離れたところにいたビッケが、さりげなくその場を離れた。
「私は、考えなしに言っているわけではありません」
リリアンヌは、アランフォースを見上げたまま言葉を続けた。
「私は…その、やりたいことがあって――」
「そのやりたいことのために、他国の者たちにまで迷惑をかけていることが分からないのですか」
「…分かっています」
「この国は今、降伏したばかりです。片づけるべき問題はいくらでもあります。あなたに構っている暇などありません」
「分かっています…!」
つい、声が強くなった。
「でも、私がやろうとしていることは、意味のあることだから」
王子たちが、城下町へ出ることも。
白のちからを、鍛えることも。
ちゃんと、考えがあって言ったことだ。
「…考えていることは、分かっています」
静かな声が落ちた。
「…え?」
「あなたがなぜこのような行動をしているかは、分かっているつもりです」
「…それなら、どうして止めるの?」
リリアンヌは、ぐっと眉を寄せた。
「あなたがすべきことではないからです」
アランフォースは迷いなく返した。
「私のすべきことって、何…?」
「陛下が来るまで、大人しく部屋で待っていることです」
「言ったはずです。私は、止まりません」
声が震えそうになるのを、ぐっと堪えた。
「大人しく部屋で待っているなんて…絶対に、嫌」
「アランフォース…!」
言い切ると同時に、入り口からブライアンが飛び込んできた。
「あのような呼び方をして、申し訳ありませんでした。来ていただいて助かりました」
「……」
アランフォースはリリアンヌから目を離し、ブライアンへ向き直った。
「ブライアン殿下、こちらこそ助かりました」
「…!」
ブライアンの表情が、わずかに強張った。
「…話があります。隣棟へ来ていただけますか」
「ええ、分かりました」
アランフォースは淡々と頷いた。
「君は、部屋でキリ殿とビッケと待っていてくれ」
ブライアンの後ろから、ビッケがこちらへ戻ってきた。
「分かりました」
ムーラオが戻ってくるまでは、まだ時間もあるだろう。
ブライアンとアランフォースに見送られ、部屋へ戻っていく。
ビッケが扉を閉めたところで、リリアンヌはくるっと振り返った。
「ビッケ、今日はたくさん頑張ってくれてありがとう」
「…何が?」
ビッケが、きょとんとした顔を向けた。
「何がって…朝から、鷹をアッシカルまで飛ばしてくれたこと」
思わず、くすっと笑った。
「おかげで、アランフォースが合流してくれたから」
「…呼んで、良かったの?」
「どうして?」
「…ずっと、怒られてるだろ」
「…それは、仕方のないことだから」
リリアンヌは、力なく微笑んだ。
「それに、私だって言い返してる」
「…ショウレン王に許可を貰ったら、本当に城下町に行くの?」
「もちろん」
「何のために?」
ビッケはぎゅっと眉を寄せた。
「あれだけ言い争ってまで行きたい理由って…何?」
「…絶対に、後悔しないため」
リリアンヌの瞳には、強い意志が宿っていた。




